高橋がなり

2007年03月20日

平成の百姓一揆を! 〜高橋がなり〜


志村けんの取材の興奮冷めやらぬまま、
昨日の夜は、久しぶりに高橋がなり氏の取材をした。

05年には、毎週のように会っていたけれど、
氏のSOD引退、農業への転進を機に、
しばらくの間、連絡は取っていなかった。


――先週末、氏の広報氏から連絡があった。


「農業の件で連載をするのですが……」


聞けば、農業専門誌での連載が決まったという。
僕は、農業に関してはまったくの門外漢だ。
でも、それでも構わないという。

多少の不安はありつつも、
久しぶりにがなりさんに会いたいという
気持ちの方が強く、のこのこと出かけて行った。

久しぶりにSODの会議室で対面したがなりさんは、
以前と同じ風貌で、以前と同じパワーで、
以前と同じように、がなり始めた。

独特のレトリックを用いて、僕のリアクションが鈍いと、
さらなるレトリックでたたみかけるように話し続ける。

がなりさんの農業への転進の理由というのは、
端的に言ってしまえば、こういうことだ。


「AVの世界の成功法則は農業でも通じるはずだ」


「制作」した作品が「流通」を通じて「消費者」に渡る。
この流れの途中に有象無象が群がり、各々が搾取をする。

現状では、その過程で適正価格は失われ、
「流通」だけが儲かる歪んだ仕組みができあがっている。

そんな現状に、風穴を開けるべく立ち上がった。
さまざまな方策と、そのための資金を準備して。


順風満帆に進まないであろうことは、本人も自覚している。
それでも、かつての「虎」は、
平成の百姓一揆の首謀者たらんとしている。


「僕は今は“虎”じゃないです。“猫”です」


もちろん、「猫」で終わるつもりなど毛頭ない。
「猫」から「虎」への成長過程。
僕は、これから、その成長の記録を見続けるつもりだ。

本当に、いつも刺激的な道を歩む人だと思う。





shozf5 at 02:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2007年03月14日

すべての今日は成功に通ず〜堀之内九一郎


かつて、『¥マネーの虎』という番組があった。
ギラギラとした野望に燃えた出演者たちが
その夢を実現させるべく、自ら温めてきたプランを
「虎」と呼ばれる成功者たちにプレゼンし、
何とか「虎」たちの金を引き出そうという生臭い番組だった。

以前、男性誌の編集者をやっていたころ、
僕自身も、この番組の影響を受け、
何人かの「虎」たちに取材をし、特集を組んだこともある。

その後、僕は03年の夏に会社を辞め、
04年より本格的にフリーとして活動を始めた。


――あれから丸3年。


僕は、なぜだか「虎」たちと縁がある。


以前にも書いたように、04年の春から、
僕は『フロム・A』誌で高橋がなり氏の連載を始めた。

AV会社の風雲児の話は面白く刺激的だった。
毎週のように、彼に会い食事をし、いろいろな話を聞いた。
それがきっかけとなって、彼の単行本を書いたり多くの仕事をした。


そして――。


それからしばらくして、旧知の編集Hから、

「堀之内九一郎氏の雑誌連載をやるんで、
 取材、執筆をお願いできないか?」

という依頼を受けた。

『¥マネーの虎』という番組で、個人的に興味を持っていたのが、
先の高橋がなり氏と「ホームレスからの成功」を謳う、
蠕験菫聾房卍后λ拉憩盒絨賚沙瓩世辰燭里如
僕は迷うことなく連載を引き受けた。

それからしばらくの間、定期的に彼に会い、
話を聞き、それを原稿にまとめる日々が続いた。


がなり氏とはまた違う、アクの強い堀之内氏。
表面上はまったく異なる人物像なのだけれど、
それでも根底にある、鋭さ、繊細さ、力強さは、
共通するものがあった。
成功者の放つ、独特の光彩は実にまばゆかった。


……残念ながら、雑誌での連載は編集長交代により、
中途半端な形で終了することとなった。
それからしばらくの間、堀之内氏との関係は途絶えた。

けれども、別の出版社の編集者を通じて、
再びの依頼を受けた。

「堀之内氏の単行本を作っているのだけれど、
 なかなかうまくいかない。力を貸してほしい」

それまでに取材は続いていたようだったけれど、
僕のわがままで新規に企画を練り直し、
堀之内氏と相談の上、新しい構成を考え直した。

堀之内氏からの指名だったこともあり、
俄然、ヤル気もあったし、何よりも
再び、堀之内氏の話を聞けることも楽しみだった。


そして数ヶ月――。


今朝、宅配便が届いた。
先日校了した堀之内氏新刊の見本だった。

ようやく、取材が終わり、原稿を書き、
そして、今日の見本完成までこぎつけた。

堀之内氏新刊表紙



店頭に並ぶのはしばらく先のことだと思うけれど、
今日は、この本を手にニヤニヤしていたいと思う。






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shozf5 at 11:50|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2007年02月06日

高橋がなりの奮闘、苦闘、そして挑戦

04年から05年にかけて、高橋がなり氏に
集中的に話を聞いていた時期がある。

――高橋がなり。

かつて『¥マネーの虎』というTV番組があった。
独立・起業したい若者が集まり、
「虎」と名づけられた目の前の成功者たちに
自らの企画を必死でプレゼンし、見事認められれば、
「虎」たちから、融資、もしくは無償貸与
を受けられるという生々しい番組だった。

その「虎」のひとりとして異彩を放っていたのが、
高橋がなり、その人だった。

そのころ、僕は会社を辞めたばかりだった。
そして、がなりさんは、自らが立ち上げたAVメーカー、
SOD(ソフト・オン・デマンド)を辞する予定でいた。

会社を辞めるに当たって、彼は最後の仕事として、
「人生相談」という道を選んだ。
最初は『フロム・A』の連載だった。

しかし、せっかちながなりさんは、
「週刊なんてもどかしい。毎日更新したい」と言い、
雑誌連載と並行して、自らのブログでも人生相談を始めた。

このブログは、熱狂的なファンを呼んだ。
なぜなら、がなり氏は「すべての質問に答える!」と
開始早々、大見得を切ってしまったからだ。

なかには悪質な質問もあった。
答えづらい質問もあった。
(↑ちょっと手前味噌の自画自賛だけど……)
それでも、毎日答え続けた。
雑誌連載と、そのブログを書いていたのが僕だった。

結局、すべての質問に答えることができず、
「がなりは、大嘘つきだ!」の批判を受けることとなった。
けれども、10ヶ月にわたって、さまざまな質問に対して
真摯に答え続けた彼の姿は、強く胸に焼きついている。


……長くなったけれど、がなりさんはSODを辞め、
今は毎日、土にまみれて、農業の道に進んでいる。


その戦略の一環として、
先日「農家の台所 くにたちファーム」という
野菜をメインにしたレストランをオープンした。


ようやく時間が空いたので、今日、食事に行った。
がなり氏が自ら選び抜いた野菜料理を食べていると、
本人が登場した。

1年ぶりに見る、がなりさんはまったく変わっていなかった。
ビールを片手に、日本の農業の現状と問題点、
それぞれの野菜のおいしい食べ方と新メニューについて、
滔々と語っている。

その話を聞いていて、僕は既視感を覚えていた。


(世間にあまた存在する「フェチ」について話していたときと同じだ!)


自分の踏み込んだ世界に、とことん邁進して
試行錯誤を繰り返しながら突き進む。
まったく、変わっていないのがおかしかった。

「今、撃ち殺したいヤツが何人もいる!」

と過激なことを言いつつも、
別れ際に「また愚痴を聞きにきてよ」と
恥ずかしそうに話す姿も、以前のままだった。

道は険しいことだろう。
10億円の個人資産で始めたこの事業も、
日に日に、目に見えて減り続けている。
ブログ上で資産公開しているのもがなりさんらしい)

でも、「また何かが始まるのだ」という期待も大きい。
がなりさんがどんな道を進むのか、とても楽しみだ。


「オレは【性欲】を征したんだから【食欲】も征す!」


そんな強気な発言から始まった、新たな挑戦。

さぁ「虎」よ、どう進む?

 


shozf5 at 23:59|PermalinkComments(2)TrackBack(0)
PROFILE
SHOICHI HASEGAWA 
1970年5月13日・東京生まれ。
ノンフィクション・ライター
日々、旅をして、人に出会い、
話を聞き、それを文章にする。
そんな日々の雑感です。
長文になると思います。

ちなみに、上の写真は、
モハメド・アリ@北朝鮮です!
(07年3月1日付参照のこと・笑)
shozf5@gmail.com


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