須藤元気

2008年07月15日

須藤元気、結婚パーティーへ


本日(14日)は、都内ホテルにて、
須藤元気クンの結婚パーティーに出席。

本人に会ったのは、昨年のDVD収録時以来、
結婚してからは初めての対面。

会場には、五味隆典、宇野薫、菊田早苗、高阪剛ら選手たちと、
谷川P、前田日明、TV関係者をはじめとする、
興行・中継関係者が多数。

ほとんど、知り合いもいなかったけど、
4年前のラスベガス取材時に一緒だった、
元気クンのスパーリングパートナーや
3年前の『幸福論』出版時にお話を聞いた、
元気クンのご両親にご挨拶して過ごす。


和やかに進む雰囲気の中、僕は、
初めて元気クンに会ったときのこと、
ラスベガスで、数日間過ごしたときのこと、
四国のお遍路を旅したときのこと、
新宿の安酒場で、日本酒を呑んだこと、
……さまざまなことを思い返していた。


その後、現役を引退し、ベストセラー作家となり、
そして、30歳になり、結婚もし、
今度は映画監督、小説家としての新しい生活が始まる。


つくづく、多才で多忙で多面的な人だ。
新しい人生、新しい生活を期待して待ちたい。
本当に、おめでとう! 幸せな結婚生活を!





shozf5 at 02:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2007年06月30日

須藤元気、DVDが完成した!


今日、取材先から戻ってみると、
僕宛に、一本のDVDが届いていた。


それは、以前から何度か、このブログでも触れている、
須藤元気のDVDだった。


元気クンDVD










このDVDは「格闘技」に特化した内容で、
過去の名場面集と、元気クンの引退後に行われた、
宇野薫とのスペシャルマッチ(+α!)、そして、
都内各地で行われたインタビューとで構成されている。


僕は、このインタビュー部分を担当した。
彼の取材を始めてすでに4年ほど経っているので、
そうしたことを再確認するインタビューとなった。


それでも、まとまって話を聞くのは、
引退後では初めてだったので、
「今の心境」や「自身にとってのベストバウト」
など、お約束の質問もなかなか面白かった。


後ほど、ゆっくりと見てみようと思う。
発売は、7月4日予定。
もし、よろしければ、ぜひ見てみてください!
……宣伝で、スミマセン(笑)。





shozf5 at 19:05|PermalinkComments(3)TrackBack(0)

2007年06月16日

須藤元気の長い一日


先日、触れたように7月に須藤元気のDVDが発売される。
今回のDVDは彼の「格闘家」としての側面に
スポットを当てたもので、多くの試合が収録されている。

その制作のお手伝いをしたこともあって、
僕自身、最近彼の試合のビデオを見ることが多い。

いろいろな名シーンが思い出されるが、
僕にとって、忘れられないのは、
2004年4月2日にラスベガスで行われた、
マイク・ブラウンとの一戦だ。

僕はこの試合をラスベガスで見た。
その試合当日は朝から元気クンと一緒だった。
その顛末を書いたのが、下の文章だ。

この日、彼は「引退後の生活」を饒舌に語った。
今から思えば、そのほとんどが実現していることに、
改めて驚かされる思いだ……。


04.05


須藤元気の長い一日

TEXT:SHOICHI HASEGAWA

プロローグ
広大な砂漠に突如として現れた、大歓楽都市・ラスベガス。人口甘味料と人口着色料を過剰なまでに散りばめたような、このギャンブル・タウンで、2004年4月2日、須藤元気はオクタゴンの中にその身を預けた。金網の中で繰り広げられるUFCのラスベガス大会、須藤元気対マイク・ブラウン。4月2日、それは須藤元気にとって、実に長い長い一日となった……。

7:00
元気の宿泊するホテル「マンダレイベイ」のフロントで待ち合わせをする。セコンド二人を伴い、ここ数日のいつものコースをいつものように散歩に向かう。しとしとと降る生憎の雨のため、ホテル間を結ぶトラムと呼ばれるモノレールに乗り、終点のホテル「エクスカリバー」で下車。過度に華美な周囲の街並みとどんよりと暗く澱んだ空が実に対照的だ。

7:15
小雨の中、傘もささずに、いつものコースを歩き、いつものスタバに入る。階下を見下ろせる奥まった一角に陣取り、これもいつものように、須藤元気は、ゆったりとソファに身を沈める。そして、セコンド陣と、とりとめのない話に終始する。試合のシミュレーションは前日までに十分してある。今は、とにかく頭から「闘い」の二文字を消し去ることだ。試合開始までには、まだまだ時間がある……。

9:10
「格闘家を辞めたら何をするか?」で話が盛り上がる。すでに、格闘家としての終焉をイメージしている須藤元気にとって、それは夢と希望にあふれた未知なる世界への新しい探検なのだろう。実に具体的に、そしてビビッドにその構想を語る。「今しかできないこと、今のこの年だからできることをしたいんです」、熱を帯びた力強い口調が印象的だ。わずか8時間後に闘いを控えている男だとは、私にはとても思えなかった。

10:05
スタバでの談笑は実に3時間にも及んだ。空はあいかわらずどんよりとしているが、雨は小降りになっている。来た道と同じコースでホテルに戻る。「これからちょっとだけ、身体を休めます」。元気は静かにそう語ってエレベーターへと乗り込んだ。遠くで大量のコインを吐き出す、スロットマシンの音が絶え間なく聞こえてきている。

14:00
私は、一足先に、試合会場であるマンダレイベイのイベンツセンターに入る。前日に下見をしておいた控室。扉には「GENKI SUDO」の文字が。中に入ると、そこは物音ひとつしない静寂に包まれている。部屋の大半を占めるブルーのマットが静かにその存在を主張している。主なき部屋。1時間後に、この部屋の主役はやってくる。試合まであと3時間。

14:58
須藤元気がセコンド陣とともに、控室にやってくる。その表情は険しく、直後に闘いを控えた者のそれに変貌を遂げている。荷物を置くとすぐにブルーのマットに寝転がる。そして、三人がかりでストレッチを始めた。静かだった会場にもにわかに活気がみなぎり、大きな荷物を運ぶ台車の音、大声で何やらがなりたてる英語の叫び声が聞こえてくる。

15:40
入念なストレッチのあと、元気を指導してきた、木口道場の木口宣昭とともにスパーリングを始める。組み合った相手の腹に、ヒザを打ち込む動作を何度も何度も繰り返している。「いい感じですね、昨日、一回アガって逆によかったですね」。私は、前日の軽量で、これまでにないほどピリピリしていた元気の顔がふと頭をよぎった。

16:00
ミットを使って、パンチとキックの練習を始める。「右を打たなきゃやられないね」と言いながら元気は、左のパンチとキックを、一つ一つ確かめるように丁寧に繰り出す。そして、実戦形式の5分1ラウンドのスパーリングを始める。「ボディパンチっていうのは効くかもな」、「サイドからボディだな」、「左で打てば(相手の)レバーだな」。一つ一つの動きを口に出して、確認を繰り返す元気。試合開始まであと1時間あまり。

16:18
大会公認のオフィシャルカメラマンがやってくる。試合直前と直後の写真を撮影することになっているという。それを聞いた元気は少し、困惑の表情を浮かべた。「試合後ならいいけど、今はちょっと…… 断っちゃダメですか?」。しかし、2〜3分で済むとの話で元気は撮影に応じた。

16:30
Tシャツを着替え、トイレで用を足し、元気は試合用のウェアを身にまとう。場内も開場し、観客たちの声や足音が控室にも聞こえてくる。試合開始の息吹がそこかしこにあふれてきている。

16:55
レフェリーが控室にやってきて、反則技の説明を始める。それを終えると、元気は酸素を吸入しながら、小さくつぶやく。「あと、1時間後には終わってるんだな」、「アウェイでやってるんだから、次、日本でやるのはラクだよな」。それは自分に言い聞かせるように、何度も何度も続いた。

17:00
場内が暗転し、七色の光が客席を縦横無尽に駆け巡っている。それを映し出す、控室のモニターを元気は何も言わずに見つめている。時折、目を閉じ、考え込むそぶりを見せる。そして、目を開き、静かに話し始める。「幸せですね。ケンカしてお金がもらえるんだから。変な仕事ですよ」。自嘲気味に微笑んだ、その目は決して笑っていなかった……。

17:14
進行係の大柄な黒人が慌しく、控室に入ってきて大声で叫ぶ。「One minute!」。さぁ、いよいよ出番だ。「ヨシ!」とも「オシッ!」とも聞こえるようなことを叫ぶと元気は勢いよく立ち上がった。控室に残った私は、大きくなる観客の歓声と小さくなる元気の背中とを、ただただ感じていた。

17:23
先に入ったマイク・ブラウンの待つオクタゴンへ元気もリングイン。歓声がひときわ大きくなる。静かに両手を合わせている元気。闘う者の殺気を漲らせながらも、その表情はなぜかとても穏やかに見えた。この日の朝、元気が話していた言葉がよぎる。「殴り合いだけで勝負が決まる闘い方はしたくない」。どんな闘いが、これから繰り広げられるのか?

17:26
静かに試合がスタートした。金網に押し込められ、左足をとられる。その後、両者グラウンドに引きずり倒し、倒される。しかし、そこからは元気のペースだった。ガード・ポジション、三角絞め、腕ひしぎ、と流麗なリズムで、1R3分31秒・腕ひしぎ三角固めで勝利。試合前の発言通り、力まかせではない、技の勝利。極めて勝つ、という元気の理想通りの勝利だった。

17:30
対戦相手のマイク・ブラウンに、そして四方の観客に、合掌をしながら丁寧にお辞儀を繰り返す元気。そして、彼を支援するガルシア・マルケスによる、手作りの旗が元気の手で観客にアピールされた。国連の全加盟国の国旗があしらわれたその大きな旗には元気の生涯のテーマである『WE ARE ALL ONE』の文字が大きく刺繍されていた。

17:35
控室に戻ってきた元気の顔は晴れやかだった。「今回はちょっとピリピリしすぎました。これで(前回UFCで負けた)トラウマが消えました」と言いシャワーを浴びる。セコンドの一人が「五日間のケアが大変でした。もう自由にさせてもらいます」と私にいたずらっぽく笑う。

18:03
大会に出場する他の国の選手が元気を祝福しにやってくる。各国の国旗があしらわれた元気の旗を見て、ベラルーシの選手が「うちの国の旗がない」と言うと、元気はそんなはずはないという風に旗を広げながらも、“If no flag,I will make it again.”(もしなかったら、もう一度作り直します)と丁寧に答えている。実際は、ベラルーシの国旗もあり事なきを得たが、元気の誠実な人柄がその一瞬に実によく表れていた。

18:08
「じゃあ、試合でも見に行こうか」とセコンド陣と連れ立って、元気は試合会場に再び戻る。「じゃあ、また後で会いましょう」と立ち去る元気の背中は、1時間前に見た背中と同一人物のそれとは思えないほど実に軽やかだった。

エピローグ
全試合終了後、出場選手立会いの記者会見が開かれた。その場で、関節技で勝利を収めた者だけに贈られる『TAP OUT』賞をこの日ただ一人受賞する。そして、会見終了後、控室に戻ると、『WE ARE ALL ONE』の旗が何者かに盗まれていることが判明する。この長い一日の最後に、本当に残念そうに「きちんとしまわなきゃダメでしたね……」と肩を落とす、須藤元気。しかし、外国人スタッフに囲まれ、すべての面において勝手の違うアウェイで、元気は実に見事な勝利を収めたのだ。それで十分ではないか。旗はまた作ればいいのだ。

――そして、23:10。
スタッフたちと別れる。こうして、須藤元気の長い長い一日が終わった。









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2007年06月14日

原稿を書く喜び!

本日は取材の予定も試写会の予定もない。
ということで、早起きして朝から原稿の執筆。

……恥ずかしながら、台湾から帰国後、
ここ最近、原稿らしい原稿を書いていない。
せいぜい1500字程度の短いものばかりなので、
本日は、リハビリがてらの原稿書きといった塩梅。

今、取り組んでいるものは10000字程度のものなので、
400字詰原稿用紙25枚。
リハビリにはちょうどいい分量かもしれない。

取材テーマも面白く、インタビュー自体も面白かったので、
楽しんで原稿を書いている。
現在、ちょうど半分ぐらいを書き終えた。

締め切りまでは、まだ1週間ぐらいあるので、
本日、ほぼ完成させた後、少し寝かせて、
醒めた頭で、何度か推敲して完成させたい。

先週があまりにもヒマすぎて、今週はボチボチで、
来週もヒマだから、こんなときこそ
ゆっくりじっくりと原稿に取り組みたい。

なんだか、久々に「原稿を書く喜び」
浸っている、曇り空のそんな昼下がりなのです。


そうそう、7月に発売される新刊
須藤元気クンのDVDについても
もう少しで詳細が発表できると思います。


……さてさて、続きにとりかかります。







shozf5 at 15:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2007年04月28日

ひとり大空に、叫ぶ 〜須藤元気の3年間〜


ここ数日の間、久しぶりに須藤元気氏の取材をした。
振り返れば、ここ4年の間、食事をしながらだったり、
練習の合間だったり、ときには旅先だったり、
断続的に彼に話を聞き続けている。

人は日々、成長する。
彼の中で、変わったこともあれば、
まったく変わらないものもある。

ここ数日で聞いた彼の話と、以下に掲載する
2年半ほど前の文章。
まったく揺るぎない彼の中の軸と微妙な変化。

僕自身、そんなものを感じながら、
この文章を読み返してみた。


04.09


ひとり大空に、叫ぶ
〜須藤元気の3年間〜

TEXT:SHOICHI HASEGAWA

「引退(やめ)なくちゃいけないかもな……」
自宅で本を読んでいるとき、
友だちからのメールで、初めて「それ」を知った。

2001.9.11――。

試合を一週間後に控えた須藤元気は、次にこう思った。
「ニューヨークに行かなければ……」
ニューヨークを未曾有のパニックに陥れた
同時多発テロから、3年の月日が経とうとしている。

               ※

「憎しみが憎しみを生む世界を終わらせたいという、
自分の中の潜在意識が目覚めたんですかね。
決して、そんな世界なんか望んではいないのに、
ひょっとしたら自分のやっている格闘技というものが、
戦いを助長しているんじゃないのかな、そう思えたんです。
だから自分は引退するべきじゃないのかなって。

でも、今からから思えば、それは辛い格闘技から逃げ出すための
体のいい言い訳だったのかもしれませんね。
格闘家が戦いの無意味さをアピールすることこそ、
意味があるんだと今なら思えるし、格闘技というものは、
人間の闘争本能を解消するためのスポーツなんだって、
今では、正当化できるから……」

               ※

この3年間で、格闘技を取り巻く事情は大きく変った。
立ち技系のブームを築いてきた【K−1】に加え、
寝技も含めた総合格闘技【PRIDE】も大人気を博している。
03年の大晦日には、民放3局で、
別々の大会が生中継されるという過熱ぶりだ。

こうした「格闘技ブーム」の中で、
当然、須藤元気の状況も大きく変わった。
その派手なパフォーマンスと卓越した試合運びで、
会場を盛り上げる男として、
今やビックマッチには欠かせない格闘家の一人となった。

03年の大晦日には、体重差110kgのバター・ビーンを
理詰めで撃破し、年が明けた04年には、
4月にアメリカ・ラスベガスでアウェイでの戦いに
動じることなく勝利を収め、5月には、
格闘技ブームの牽引車でもあった、
あのグレイシー一族のホイラー・グレイシーを
完膚なきまでに叩き潰した。

格闘家として、脂が乗っている時期に、今、元気はある。

               ※

「自分でも成長したなと思いますね。
すべてにおいて淡々とこなせるようになってきました。
勝っても、『ワーッ』って喜べなくなったし、
興奮もしなくなりました。前回のホイラー戦も、
『あぁ、勝った。あっ、目の前にホイス(・グレイシー)がいる。
じゃぁ、対戦表明をしよう』って冷静に考えていましたからね。

何で、そうなったか? 

そうですね、闘いって儚いものなんですよね。
勝ち負けってそのときだけのものなんですよ。
格闘家だっていくら一世を風靡したとしても、
一年間も試合をしないとすぐに忘れ去られてしまいますよ。
『平家物語』みたいですよね。
驕れるものは久しからず、盛者必衰の理ですよね……」

               ※

これまでに何度か紹介したが、
須藤元気は「自分はメッセンジャーとして生まれてきた」と話す。
世間の人に伝えたいものがあるから生まれてきた。
その伝えたい思いこそが『WE ARE ALL ONE』だ。

しかし、同時多発テロを端緒に、アメリカはイラクへ軍隊を派遣した。
さらに、それに追随するかのごとく日本からも自衛隊が派兵された。
この三年間の間に、争いが争いを生み、
多くの人が血を流し、命を落とし続けている。
世の中の状況はちっとも、『WE ARE ALL ONE』ではない。

               ※

「自分の無力さはもちろん感じます。だけど、だからと言って、
今すぐに格闘家を引退しようとは思わないです。
『WE ARE ALL ONE』という考えも、
何としてでも強く訴えていこうとも思っていないです。
【反戦】を強く言えば言うほど、逆に戦争をやりたがる人が
出てくるんじゃないかなという気がするんです。

男がいて女が存在するように、
右があって初めて左が存在するように、
【反対】を強く訴えれば、相手もまた力をつける。
ただ否定するだけだと当然相手も反発しますよね。
『そういう考え方もありますね』ってひと言、言えば、
みんな柔らかくなれると思うんですけどね」

               ※

無力かもしれない。それでも言い続けることしかできないし、
継続することで意味を持つこともきっとある。
だからこそ、須藤元気は
『WE ARE ALL ONE』を唱え続ける。
格闘家としての絶頂期を迎えつつある今、
メッセンジャーとしての歩みを
本格的に始める時期にさしかかっている。

取材の間、ちょうど公開を控えていた、
反ブッシュ映画とも言うべき、
マイケル・ムーア監督の『華氏911』に話が及んだ。

『WE ARE ALL ONE』を信奉する元気は、
ブッシュでさえも世界のために必要な存在であると語った。

               ※

「マイケル・ムーアのやり方は自分も嫌いじゃないけど、
ああいう形だと真の革命はならないんじゃないかな……

もしかしたら、ブッシュさんだって、
今のシステムを壊すための悪役として
出てきてくれたのかもしれないし……。

彼は彼で悪役としてやっていて、
でも、自分では悪だとは思っていなくて、
それを支持する人が半分ぐらいいて……。

問題はそこで人類がどんな選択をするかですよね。
ヒトラーの時は誰も止められなかった。
だからこそ、今、人類はどんな選択をするかが
問われているように思えて仕方がないんです。

でも、『WE ARE ALL ONE』という
メッセージがあれば何かが変わるんじゃないか。
いい方向に向かせることが
僕の使命なんだと思っています」

               ※

それにしても、と改めて思う。
これが今、絶頂期を迎えている格闘家の言葉なのか、と。

その言葉は【最強】を希求し、
【勝利】を求める者のそれではなく、
【平和】を希求し、【一体】を求める者の物言いだった。

それは、まるで思想家であり、平和主義者の使う言葉だ。

取材の三日前にバイクを盗まれたという須藤元気。
しかし、彼は平然と、こう答えた。

「それも必然なんでしょうね。別に動揺はしていませんよ」

これから元気はどこに行くのか? 
その崇高な理想は人々の胸にどう届くのか? 
人類は平和を損なうことはないのか?

               ※

「今は、あのとき辞めないでよかった、
とすら思わないですね。
世の中はすべて必然の流れだと思っているんで、
あのときはやはり、辞めない流れだったんだと思います。

今はただ、『WE ARE ALL ONE』って
大空に向かって叫んでいる状態です。
そうするとチューニングが合った人が
次第に集まってくると思うんです。

一気にみんなにこの思いを広めるんじゃなく、
少しずつ知ってもらう、そのプロセスをも
楽しみたいと今は思っているんです」




shozf5 at 10:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2007年04月26日

本日、16P分の原稿を書いた……


昨日の反省を踏まえて、本日は
終日、原稿を書いていた。
途中で、いくつかゲラを戻して、
とにかくひたすら書き続けていた。

……で、ついに最後の難関、
16P分の原稿を書き終えた。

大幅な直しがなければ、ひとまずは
これで単行本の続きに取り掛かれる。
明日からまた頑張りたい。

と思いつつも、本日(26日)は取材が2件。
午前中は、堀北真希さんの取材。
そして、午後からは須藤元気クンの取材。

元気クンには昨年末の現役引退以来、
初めてゆっくりと話をするので楽しみ。

堀北さんの締め切りはかなり先だし、
元気クンの取材は、以前チラッと触れた
DVDに収録するためのものなので、
原稿を書く必要がない仕事ということになる。

ということで、締め切りに終われることのない
取材を明日は、2件頑張ります!

で、真面目に「女子野球」に再び、
とりかかりますです!






shozf5 at 01:59|PermalinkComments(0)TrackBack(1)
PROFILE
SHOICHI HASEGAWA 
1970年5月13日・東京生まれ。
ノンフィクション・ライター
日々、旅をして、人に出会い、
話を聞き、それを文章にする。
そんな日々の雑感です。
長文になると思います。

ちなみに、上の写真は、
モハメド・アリ@北朝鮮です!
(07年3月1日付参照のこと・笑)
shozf5@gmail.com


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