ドラフト会議

2009年12月21日

日本女子プロ野球、ドラフト雑感2

ドラフト会議中

本日(21)日、日本女子プロ野球機構による、
第一回ドラフト会議が大阪のホテルで行われた。

ドラフト会議に先だって行われた記者会見では、
加盟2球団の名称が正式に発表された。


・京都アストドリームス
「今日と明日の夢に向かって歩き続けよう!」の意。

・兵庫スイングスマイリーズ
「バットスイング」と神戸発祥の「スイングジャズ」の意。


続いて行われたドラフト会議は、選手30名が全員出席。
本人たちの目の前で、各チームが指名していく。
これは男子にはない、女子だけの試みで、
そばで見ていて、かなり興奮するものだった。

個人的に何度も取材をしている選手たちが、
どのチームに指名されるのか?
日頃から仲のいい、あの選手とあの選手は同じチームになるのか?
いろいろと興味は尽きなかった。

さらに、新しい試みとして秀逸だったのは、
指名が重複した場合には、本人自ら抽選をするという点。

自らの抽選

自ら抽選箱に手を入れて、ひいたボールで、
所属チームが決まるというもので、
これは「自らの運命は自ら決める」という感じで、
潔さとエンタテインメント性が両立していてよかった。


それぞれの選手たちの所属チームは、
連盟の公式ホームページにアップされているので、
ぜひ、そちらを参照してほしい。

今後、写真を整理しつつ、
改めてプロ野球の今後について記していくつもり。
どうぞ、よろしくお願いいたします。




shozf5 at 22:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2007年10月03日

ドラフト会議を作った男



いよいよ、本日(3日)、高校生ドラフトが行われる。
僕はここ数年ドラフト当日を、ある老人の許で過ごしている。

そして、和室に座り、お茶を飲みながら
「彼」と2人でドラフト会議中継を見ている。


「彼」は四十数年前、
このドラフト会議を作った男の一人だ。
理由あって、現在では、プロ野球の世界から遠く離れた。
プロ野球に対する思いも消え去ってしまった。
それでも、僕は毎年、無理を言って、
ドラフト会議中継を一緒に見させてもらっている。


テレビを見ながら、彼はポツリポツリと、
当時のプロ野球を語ってくれる。
コミッショナー事務局員として、
さまざまなプロ野球のシステム作りを成し遂げた、
彼の苦労話は、実に楽しい。


彼の手元にある貴重な資料を見せてもらいながら、
僕は当時のプロ野球に思いを馳せる。

酒好きの僕を気遣って、おいしい肴とともに、
ビールや日本酒を用意してくれてもいる。

心地よい酔いと、プロ野球の黄金期の物語。
目の前に映し出されている「ドラフト会議中継」を肴に、
「彼」と話し合う、至高のひととき――。


残念ながら、本日は取材が「3本!」という、
僕にしては久々の過密スケジュールなので、
彼のところには行けない。

――でも、今晩、
久々に電話してみようと思う。



そんな「彼」のことを書いた文章が、
『Number Web』の【スタジアムの内と外】第5回
にアップされているけれど、ここに採録してみたい。

これは、3年前の原稿だけれど、
状況は今も、何ひとつ変わっていない……。



04.12


ドラフト会議を作った男

うららかな日差しの、秋の北鎌倉。
緑豊かな森林と静かに流れる小川が
心地よい閑静な住宅街の一角。

男は自室でテレビ中継を見つめていた。
この日、40回目のドラフト会議が行われていた。


――40回目のドラフト。


つまり、もう40年も前のことになる。
当時、男はプロ野球コミッショナー事務局の職員だった。
プロ野球の契約金の高騰とともに、
選手を取り巻く「大人」たちの暗躍、
裏でうごめく無数の札ビラが社会問題となった。

このころ、実在の選手をモチーフに、
どす黒い人間の欲望を描く
『あなた買います』なる映画が生まれた。


そんなころ。
男はドラフト会議制定の準備に関わっていた。
これには、契約金の高騰抑止のほかにも、
戦力の均衡化を図る狙いもあった。

各球団との調整や何度も試行錯誤を繰り返し、
1965(昭和40)年11月17日、
ようやく実現に至った第1回ドラフト。

そして、それからおよそ40年経った同日。
今年もまたドラフト会議が行われている。


第1回ドラフトで指名された主だった選手は、
通算317勝の鈴木啓示(近鉄)や
後にタイガースの監督を務めることになる藤田平(阪神)、
ホームラン王、打点王ともに3回獲得した長池徳二(阪急)、
そして現ジャイアンツ監督、堀内恒夫らがいる。


男は黙ってテレビ画面を見つめている。
その手元には、最新の「野球協約」が置かれている。

モニターの中では、野間口貴彦(シダックス)、
那須野巧(日大)、ダルビッシュ有(東北高)らが
続々と指名されている。
その中には、楽天に指名された
一場靖弘(明大)の名前もあった。


「裏金問題を起こさないように、公平なシステム作りを、
という思いでドラフト会議が生まれたのに……
でも、逆指名制度に自由獲得枠、
そんなシステムが導入されれば、
再び問題が起こるのは自明のことです……」


男は静かにコーヒーカップを手にした。


コミッショナー事務局を
定年で退局してから、すでに十数年。

70歳を過ぎた今、「プロ野球の危機」を
目の当たりにするとは思わなかった。


「人身売買」のそしりを受けながら、
何とか実現にこぎつけたドラフト会議とは
一体なんだったのか?

抽選用のクジや資料作りに神経をすり減らし、
指名が予想される選手のプロフィールを何度も確認し、
直前には決まって寝つけない夜を過ごした
あのドラフト会議とは一体なんだったのか?


「ドラフト会議を作った男」。


私がそう言うと本人は断固として否定する。


「私はただ、事務局員として
与えられた仕事をしただけです。
あくまでも組織を挙げて成立させたのであって、
私は事務局員として自分の職務を全うしただけなんです」


第1回ドラフト会議の開催に携わった人は、
ほとんどの者が鬼籍に入った。

制定時の理念を知る者も今や少ない。
さて、この先のドラフトはどうなっていくのだろう?


「事前に談合のようなことが行われるのなら、
ドラフトはもういりませんよ。
でも、もし、残すのならば、選手会の言う
ウェーバー方式の導入がいちばんいいんでしょうね……」


画面には、昨年にひき続き、
今年も一度も使われることのなかった、
真っ白い抽選箱が映し出されていた。





shozf5 at 00:40|PermalinkComments(3)TrackBack(0)
PROFILE
SHOICHI HASEGAWA 
1970年5月13日・東京生まれ。
ノンフィクション・ライター
日々、旅をして、人に出会い、
話を聞き、それを文章にする。
そんな日々の雑感です。
長文になると思います。

ちなみに、上の写真は、
モハメド・アリ@北朝鮮です!
(07年3月1日付参照のこと・笑)
shozf5@gmail.com


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