『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』関連

2011年10月28日

明日は、高橋ユニオンズOB会だ!

2010ユニオンズOB会

『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』が発売されて約一ヵ月。
いろいろな方にご感想をいただき、本当に感謝しています。

さて、明日は一年に一度の高橋ユニオンズOB会
僕は一昨年の09年から参加させてもらっているけれど、
明日も、もちろん参加させていただく予定。

ここんとこ、ちょっと体調が悪かったけれど、
明日は万難を排して、参加するつもり。
そして、無事に出版できたお礼を改めて言いたい。

そして、編集部に作ってもらった「ユニオンズTシャツ」を着て、
ぜひ、みんなで記念撮影をしたい。

今年もお二人のOBが亡くなられてしまったけれど、
お二人を追悼しながら、思い出話をぜひ拝聴したいと思う。

明日が楽しみで仕方がない。


最弱球団 高橋ユニオンズ青春記最弱球団 高橋ユニオンズ青春記
著者:長谷川 晶一
白夜書房(2011-09-21)
販売元:Amazon.co.jp
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2011年10月27日

『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』書評です!!

諸事情あって、自宅にいる時間が少なく、
何だか、気ぜわしい日々を過ごしている。

とは言え、この間、地味に原稿を書き続け、
来春発売の新刊もいいペースで進んでいる。

その一方で、先月発売した
『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』
余韻も、まだまだ噛みしめているところ。

最弱球団 高橋ユニオンズ青春記
最弱球団 高橋ユニオンズ青春記
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本書は、いろいろなところでご紹介いただいている。

先週はTBSラジオで取り上げられて、
今朝もCBCラジオでご紹介いただいたとのこと。
その他、書評としてもいくつか取り上げていただいている。

ということで、以下四つご紹介します。
ぜひ、ご覧いただければ幸いです。


ノンフィクションはこれを読め!「HONZ」


「エキレビ」


「NEWSポストセブン」


「熊式。」


ホントにありがたいことです。ぜひ、ご覧ください!!

今後も、更新頻度は落ちると思うけど、
ボチボチ更新していきます。よろしくお願いいたします。




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2011年10月01日

『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』制作日誌、更新しました!

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『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』制作日誌、更新しました!

今回は、正式入団からわずか三週間でチームが解散。
一試合も出場することのなかった当時19歳の少年。
現在、74歳になった西本道則氏から届いた手紙について書きました。

「発売から10日後、1通の手紙が届いた……」

よかったら、ぜひご覧ください!



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2011年09月29日

『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』制作日誌、更新しました!!

田村満氏 (2)

『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』制作日誌、更新しました!!

今回は、「1イニング7与四球」というワースト記録を作った、
ある投手に取材した際の出来事を書きました。


「ワースト記録とともに生きる日々……」


よかったら、ぜひご覧ください!


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2011年09月24日

『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』制作日誌更新しました!!

小田野柏氏手帳

『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』制作日誌、更新しました!!

「古い手帳から教えられたこと……」

よかったら、ぜひご覧ください!!



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2011年09月21日

『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』PV完成しました!



本日21日、拙著『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』発売です。
ということで、先日完成したネットCM用のPVを公開します!

企画を思いついてから、取材開始、雑誌連載、
そして書籍化決定後の追加取材&大幅加筆。
出版社や編集者の人たちから多くの激励を受けたこと。
そのすべての行程にさまざまな思い出がいっぱいあります。

取材を通じて知り合った70代後半〜80代の元選手たち。
みな「それぞれのその後」を生きつつ、
約60年前の青春の日々を熱く語ってくれました。

執筆中に亡くなってしまった方もいます。
妻に先立たれ、施設に入った方もいます。

完全に歴史に埋もれてしまった高橋ユニオンズというチームを、
何とかきちんと掘り起こすことができないか、
目の前のご老人達の青春を描くことができないか。

そんな思いで書き上げた一冊です。
ホントに地味なテーマかもしれません。
……いや、地味なテーマです(笑)。

それでも、ぜひお手に取っていただければ嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。

最弱球団 高橋ユニオンズ青春記
最弱球団 高橋ユニオンズ青春記
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2011年09月19日

『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』、ネット発売開始!

最弱球団 高橋ユニオンズ青春記
最弱球団 高橋ユニオンズ青春記
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9月21日、拙著『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』が発売されます。
アマゾンなどのネット書店ではすでに発売中とのことです。

現在、書店発売前にもかかわらずアマゾンの野球本ランキングで、
2位を記録中。瞬間最大風速だとは言え、ありがたいことです。

ちなみに1位は、先日このブログで紹介した『野球部あるある』!
知人の本とともに、上位にランキングされていて、素直に嬉しいです!

また、『最弱球団』に関しては、映画の予告編のようなPV
さらに、なぜかイメージソング(笑)まで完成しています!
いずれも、21日以降に正式公開されます。ご期待ください!

また10月にはトークイベントも予定されています。
ほかにも、ラジオCMなどの仕掛けを準備中です。

どうぞよろしくお願いいたします!



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2011年09月14日

高橋ユニオンズTシャツ完成!

ユニオンズTシャツ!

拙著『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』が、9月21日に発売される。
それを記念して、ユニオンズTシャツが作られることになった。

1954(昭和29)年からわずか三年間しかなかったチームが、
57年の時を経て、平成の世の中でグッズ化されるとは!

現在70代後半から80代前半のOBたちに渡して、
今年のOB会は、おそろいで写真を撮りたい(笑)!

読者プレゼントの詳細は、現在発売中の
『野球小僧』10月号(白夜書房)に出ています。
こちらも、ぜひよろしくお願いいたします。







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2011年09月03日

『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』ブログ始まりました!

トンボ集合 (2)


9月21日に発売される『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』。
(最近、このネタばかりでスミマセン……)

発売を控えて、本書のブログが開設されることになった。
で、僕も「長谷川晶一の取材後記」というカテゴリーをもらい、
本書の取材過程や執筆エピソードなどを書くことに。

この『真っ直ぐ、前を』では、もうユニオンズには触れませんので、
なにとぞ、最後の告知のご勘弁を(笑)。

以下、リンクです。

『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』制作日誌

いくつかのイベントやプレゼント企画も控えています。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします!



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2011年08月25日

「最弱」だけど、「最高」! 新刊『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』、9月21日発売!

最弱球団 高橋ユニオンズ青春記
最弱球団 高橋ユニオンズ青春記
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現在、10月発売予定の新刊の執筆作業の追い込み中。
一歩も外に出ずにひたすら資料類と格闘しながら執筆中。

さて、その前に9月21日発売の別の書籍も着々と進行中。
こちらは、およそ三年間、ずっと取材を続けてきたもので、
タイトルは、

最弱球団 高橋ユニオンズ青春記

昭和29年から31年のわずか三年間だけ存在した幻のチーム。
プロ野球の歴史上、ほとんど黙殺されているこのチーム。
まったく記録が残されていないことを知り、取材をスタート。

全国に住んでいらっしゃる当時の選手たちはみな八十歳前後。
彼らの下を訪れ、話を聞くたびに胸が熱くなった。

また、当時の球団経営の帳簿がほぼ完全な形で、
保管されているのが見つかり、静かな興奮に包まれた。

そんな思いを抱きながら取材を続けていたところ、
この本の出版をとても楽しみにしてくれた方が亡くなった。

彼に読んでもらうことはかなわなかったけれど、
それでも多くのOBの方々が、出版を喜んでくれている。

「最弱球団」と揶揄される、ホントに弱いチームだった。
けれども、取材を通じて、僕は断言できる。


「最弱」だけど、「最高」!


もうすぐ発売します。
どうぞよろしくお願いいたします。

















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2011年07月19日

「最弱球団」、締め切り前日・ユニオンズ取材雑記3

佐々木&前川

またまた、すっかりごぶさたしてしまいました。
この間、Facebookでは、ちょくちょくコメントを残していたので、
個人的には「放置したなぁ」という感じはないけど、
10日以上も、ブログを書かなかったのは今回が初めて。

きっと、今後もそんな感じだと思うので、
よかったら、右のバナーから「友達申請」してください(笑)。


さて、この間、ほぼ仕事場にこもり切りで原稿執筆。
もちろん、9月発売の高橋ユニオンズ書籍の原稿。

締め切りは20日なのだけれど、先週12日にはほぼ書き終えた。
で、この一週間はほとんどが推敲作業の繰り返し。

また、最終章に関しては、どうしても追加取材が必要で、
17日・日曜日に三重県・四日市までトンボ帰り。
(ユニオンズだけに!)。

※蛇足ながら、1955年高橋ユニオンズは、
資金不足解消のために、トンボ鉛筆に名義を貸して、
チーム名を「トンボ・ユニオンズ」としました。


5月30日に急死した伊藤四郎氏のお宅に伺い、
ご遺族にお悔やみ申し上げつつ、
生前の思い出や亡くなったときのことを伺った。

さて、残すは、この最終章のみ。
今日は、これから別件の取材が入っているけど、
それを終えたら、ゆっくりと取りかかるつもり。

予定では20日未明には終わるはず。
そしたら、そのままプチ一人打ち上げをします。

これで、ひとまずはひと安心。

でも、すぐに次の書籍の執筆も始まる。
今年の夏は、どこにも行かずにこもりきりだけど、
9月になって、残暑の頃にでもハジケたい(笑)!

ひとまずの近況報告でした。



























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2011年07月07日

スタルヒン野球葬の悲劇・ユニオンズ取材雑記2

スタルヒン野球葬請求書 (2)

1957年1月12日午後10時38分――。
史上初の300勝投手・スタルヒンは交通事故で不慮の死を遂げた。
享年四〇。あまりにも早すぎる突然の死だった。

日本帰化を望んだものの、父の犯した殺人事件の影響や、
戦前戦中の混乱期にあって、スタルヒンは終生無国籍のままだった。

戦後、巨人への復帰を願ったものの、
それもかなわず、弱小球団を転々とする。
そしてたどりついた最後の球団が高橋ユニオンズだった。

このチームで彼は史上初の300周を達成した。
それでも、連盟は特別な表彰を行わなかった。

現役続行を望んでいたが、55年オフに引退。
それからわずか一年余りの悲劇だった。

1月20日、史上初の「野球葬」が行われた。
野球界に多大な貢献をした人物だからこその「野球葬」。

先日、当時の資料を整理していたら、
スタルヒンの野球葬に関係する書類が出てきた。


それが、この写真の「スタルヒン野球葬請求書」だ。

差出人は「太平洋野球連盟 総理事 橋本三郎」で、
さらにそこには、
「金 壱萬円也 但し、スタルヒンの野球葬香典」と書かれている。
他に、「花輪代参千円」の請求書も見つかった。

パ・リーグ全球団が平等に経費を負担したのか?
それは現時点では僕にはわからない。

けれども、「野球葬」と言いながら、
実際の経費負担は最後の所属チーム・高橋ユニオンズだったのは事実だ。

自らを「球界の孤児」と自嘲気味に語っていたスタルヒン。
尽くしても尽くしても報われないスタルヒンの思い。
はたしてどんな思いで過ごしていたのか、
そんなことを考えながら、スタルヒンの死について、
先ほど原稿を書き終えた……。




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2011年07月02日

19歳少年の希望と挫折……・ユニオンズ取材雑記1

1957・西本道則氏

……すっかり、ごぶさたしてしまいました。
この間、地方取材を何本かこなしつつ、
新刊の執筆にひたすら励んでいました。

秋から来春にかけて3冊の本が出版される予定です。
いずれも、ここ数年取り組んできたことだけに、
大切に心をこめて取り組みたいと思っています。

で、ここ一カ月は、『高橋ユニオンズ』本のラストスパートです。
3年近い取材もほぼ終了し、膨大な記録の山を整理し、
自分で作った年表を基に、その裏付けをとりながら、
ひたすら書き進めている最中です。

ご存じない方のために、簡単に説明すると、
高橋ユニオンズとは1954(昭和29)〜56(昭和31)年の、
わずか三年間だけ存在したプロ野球チーム
です。

これまでプロ野球70年の歴史において希有な、
「企業」ではなく「個人」が所有したチームで、
オーナーは高橋龍太郎という財界人でした。

しかし、このチームは他球団の寄せ集めばかりで、
本当に弱いチームでした。
さまざまな政治事情や金策が尽きたこともあり、
チームは四年目のキャンプ中に解散してしまいます。

現在、このチームについての資料はほとんどありません。
完全に歴史の中に埋もれたチームとなっています。

何とか後世のために、そしてこのチームに関わった人たちのために、
資料的にも価値があり、さらにエンターテインメントでもある、
そんなドキュメンタリーを書こうと試行錯誤している最中です。

かつての選手たちはみな70代後半から80代になっています。
いずれも、その見た目は、普通のおじいちゃんです。
でも、彼らの口から出てくるのは「スタルヒンは〜」とか、
「西鉄の中西に打たれたボールは〜」とか、
まぎれもなくプロ野球選手の言葉ばかりです。

そのたびに僕は、

「お年寄りにも若い頃があり、青春があったのだ」

という、実に当たり前の感慨を抱いてしまいます。


先日、このチームの「四年目の新人」に会ってきました。
高校卒業直前に希望を抱いてキャンプに参加し、
キャンプ途中に球団が解散してしまった当時19歳の方です。

希望を抱いてプロの世界に飛び込んだところ、
開幕を前にして、自身の所属チームが消滅。
わけがわからないまま他球団に移籍を余儀なくされた少年。

運命の波に翻弄された、当時19歳の少年。
彼は60年近くも前のできごとを振り返った後、
小さな声でつぶやきました。


「僕はラッキーでしたよ」


……僕はこの言葉の真意がわかりませんでした。
すると、彼は言葉を続けます。


「だって、三年しか存在しないチームなのに、
四年目に入ることができたんですからね。
高橋ユニオンズの選手としては一試合も出場していないけど、
僕は、今でもユニオンズOBだと思っていますよ……」



その言葉を聞いて、僕は胸が熱くなりました。
上に掲げてある写真は、解散直前の彼の写真です。

この後に待ち受けている試練など知る由もない19歳の少年は、
実に清々しく希望に満ちた表情でピッチング練習をしています。


この本の取材では、何度も胸を打たれました。
そうしたエピソードを何とか一つの形にしたいと、
現在、試行錯誤中です。
また、随時、経過をご報告します!



※今回、あえて「です、ます」で書いてみたけど、
ちょっと気持ち悪いな(笑)。次回から、いつも通り書きます。







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2011年06月13日

高橋ユニオンズ発祥の地へ!

7cfcd33f.jpg
大正11年に開業した東京會舘。
昭和28年12月、高橋ユニオンズはこの地で、
高橋龍太郎オーナーによる球団設立記者会見を行った。

「なぜ、帝国ホテルではなく東京會舘なのだろう?」と
僕は、ずっと不思議に思っていた。

先週の土曜日、馴染みの店で呑んでいたら、
たまたま東京會舘の支配人が隣に座った。
僕の疑問を話すと、その謎はすぐに氷解した。

で、本日、当時の資料を借りて、
彼の案内で昭和20年代の名残りを見て回った。

この写真は大正11年当時から使われているシャンデリア。
おそらく、オーナーの高橋龍太郎も、
この灯りの下で、何度も会合をしたことだろう。

高橋ユニオンズ取材、快調です!


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2011年06月07日

追悼・高橋ユニオンズ・伊藤四郎投手……

伊藤四郎投手

本日の取材前に伊藤四郎氏の死を知った。
先週5月30日の夕方、旅先で亡くなったという。78歳だった。
伊藤さんとの出会いは昨年2月、「高橋ユニオンズ」取材でだった。

僕は『野球小僧』誌において、10年4月号〜11年4月号まで、
『高橋ユニオンズ青春記』という連載を書かせてもらっていた。

1954〜1956年のわずか3年しか存在しなかったプロ野球チーム。
ほとんど記録や資料が残っていないこのチームに興味を持ち、
当時、在籍されていた選手の方々に話を聞き始めた。
その中で、知り合ったのが伊藤さんだった。

伊藤さんのお話は、ずば抜けて面白かった。
若いときには相当やんちゃだったようで、だからこそ、
その武勇伝や失敗話は実に生き生きしていた。


「法律には触れていないけど、悪いことはたくさんしたよ(笑)」


笑顔で、そう語っていた姿がとても印象深い。

当時の資料もきちんと整理されていたし、
記憶も確かだったので、伊藤さんにはずいぶん助けてもらった。

三重県のご自宅にも2度ほど、お邪魔したし、
原稿に息詰まると伊藤さんに電話をして、
抱腹絶倒の思い出話をたくさん聞かせてもらった。

最後にお会いしたのは今年の4月のことだった。
抗ガン治療を続けているとは言いつつも、
その口調は快活そのもので、
まさかこんなに早く訃報を聞くとは想像だにしなかった。


現役引退後は、南海、ダイエーのチーフスカウトとして活躍。
獲得に関わった選手はたくさんいる。

伊藤さんならではの権謀術数スカウト術、
人間の機微を巧みに利用した交渉術について、
現在発売されている『野球小僧6月号』に書いた。
商売人の息子ならではのエピソードは最高だった。

伊藤さんが獲得に関わった選手の一人、
福岡ソフトバンクホークスの斉藤和巳投手が、
自身のブログで実に心のこもった文章を綴っている。


『ありがとうございます!』


文字量の関係で『野球小僧』では触れられなかったけれど、
先日お会いしたときには、斉藤獲得秘話もたくさん聞いた。
獲得後も続く、斉藤選手のお父さんとの交流など、
スカウトの地道な仕事ぶりは、実に感動的だった。



今年の9月、『高橋ユニオンズ青春記』が単行本になる。
連載では書ききれなかったこと、連載中に明らかになったこと、
そして、連載中に見つかった大量の貴重な資料と、
新規取材を交えて、大幅に改訂して出版するつもりだ。

伊藤さんに見てもらうことはかなわなくなったけれど、
それでも、精一杯の力を注いでこれから執筆作業に入る。
近々、伊藤さんの墓前に線香をあげに行こうと思う。
そして、改めて墓前に完成した本を供えさせてもらいたい。

……合掌。ご冥福をお祈りします。












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PROFILE
SHOICHI HASEGAWA 
1970年5月13日・東京生まれ。
ノンフィクション・ライター
日々、旅をして、人に出会い、
話を聞き、それを文章にする。
そんな日々の雑感です。
長文になると思います。

ちなみに、上の写真は、
モハメド・アリ@北朝鮮です!
(07年3月1日付参照のこと・笑)
shozf5@gmail.com


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