スタジアムでビール!

2016年03月05日

1980年ヤクルトスワローズファンクラブ特典が!

IMG_3457


『ベースボールマガジン』誌で、「長谷川晶一のヤフオクゲッター」という連載をしている。元々、趣味だった「ヤフオク漁り」をテーマに、僕がヤフオクでどんなものをゲットしたかを連載しているのだけれど、先日、ヤフオクでゲットしたものが涙モノだった。このアイテムは連載では触れないので、このブログでぜひともご披露したい。

もう、しつこいぐらいに書いていて恐縮だけれど、僕は2005年から12年間にわたって、全球団のファンクラブに入会し続けている。しかし、そもそも僕のファンクラブ歴は36年前にさかのぼるのだ。

1980年、小学校4年生。10歳になる年のことだった。この年僕は初めて、ヤクルトスワローズファンクラブに入会した。その顛末は、拙著『プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!』のP46に記してあるので、お手持ちの方は、ぜひ確認していただければ幸いです。

さて、ここで僕は次のように書いた。

このときの特典は今でもハッキリ覚えている。ヤクルトの帽子とウインドブレーカー、それに「チームの歴史」が細かく書かれた青い手帳が付いていた。


……そう。今回、ヤフオクで見つけたのがこの手帳なのだ!

販売時の「開始価格」は100円。すでに1名入札中だった。僕はすぐにウォッチリストに登録し、終了日時を待つことにした。僕は大抵の場合、ウォッチリストに登録した上で、ライバルの動向を探りつつ自らの入札をしているので、これはいつものパターンだった。

問題なのは、その終了時間には僕は香港滞在中で、おそらく監督やスタッフたちと酒宴を開いている時間帯だということだった。香港と日本とでは1時間の時差もある。日本時間と香港時間を勘違いしてはいけない。絶対にミスしてはいけない。絶対にゲットしたいのだ。

ということで、当日。やはり、その時間帯は監督や選手たちと、ホテルのバーにいた。価格は100円のまま。ということで、300円で入札。すると、ライバルはさらに値を釣り上げてくる。

これは、のんびりとジントニックを呑んでいる場合ではない。その場にいた監督たちに、「実はどうしてものっぴきならない事態になりました。少し時間をください」と、スマホをしまい、その場でiPadを取り出して徹底抗戦の構えを見せた。

それから20分ぐらいたっただろうか? ようやく敵が折れた。お互いの攻防の証である「入札履歴」は53。僕としては100の大台になり、いくらになろうとも、絶対に下りるつもりはなかった。落札価格は3400円。戦前の予想では、これをほしがる人はほとんどおらず、せいぜい200円程度か、その逆に、「どうしてもほしい」という僕のような人間との争いになり、数万円に上昇するか、そのどちらかだと思っていた。という意味では、予想は外れたけれど、3400円なら十分、お買い得だった。

無事に落札した後に呑んだジントニックがいかにおいしかったことか!そしても帰国から数日後、ついにブツが届いた。

丁寧な包装を解くと、そこには「オマケです」と書かれて、1981年ファンクラブの募集案内のチラシまで入っていた。何ていい出品者なんだろう。ちなみに、当然僕は81年のファンクラブにも入会しているけれど、この年の手帳は真っ赤だったのをよく覚えている。子ども心に、「何でカープの色なんだろう?」と疑問に思ったことをよく覚えている。

ブツは実に保存状態がよかった。そして、その中身は涙なしでは読めなかった。この年に来日、好成績を残したものの1年限りで日本を去った、パラーゾの姿が涙で滲む。

……こういうことがあるからヤフオク漁りはやめられない。実は昨晩も、2点ほど超レアアイテムをゲットしたのだが、それはまた別の機会に。



shozf5 at 18:56|Permalink

2016年01月04日

パ・リーグ6球団福袋をすべて購入してみた!

昨年末の、楽天福袋先行予約から始まり、年明けの新春初売りセールまで。ひたすらパソコンのの前で球団公式ネットショップにアクセスをして、無事にパ・リーグ6球団の「新春福袋」を購入

そこにどんな意味があるのか? それは問わないで下さい(笑)。もちろん、この閉塞した現代社会に風穴を開ける意義などないことは重々、承知しています。今春発売する次回作に詳しくは書きますが、無事に購入できたことにホッとしています。

すべての商品が届くのは今月中かな? 月末までのささやかな楽しみができた。それにしても、せっかく年末に大掃除したのに、今年もまた段ボールの山ができていく……。

ソフトバンク福袋

【ソフトバンク】8900円(税込)+送料500円

日本ハム福袋

【日本ハム】5000円(税別)+送料0円
※日本ハムだけ税別(消費税・400円)

ロッテ福袋

【ロッテ】5000円(税込)+送料0円

西武福袋・5000円

【西武】5000円(税込)+送料525円

オリックス福袋

【オリックス】6000円(税込)+送料670円

楽天福袋

【楽天】5000円(税込)+送料400円




shozf5 at 12:12|Permalink

2015年11月09日

1980年2月23日〜12球団ファンクラブ評論家Ⓡの原点〜

FullSizeRender


昨年、プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!』(集英社)という本を出版した。

タイトルの通り、2005年から2014年にかけての10年間にわたって、全球団のファンクラブに入会してみた顛末をまとめたバカバカしい内容のものだが、思いのほか話題になって多くの人に読んでもらうこととなった。

さて、お手元にある方は、ぜひ46ページをご覧になってほしい。そこには、「僕とファンクラブの35年闘争(笑)」と題されたミニコラムがある。

ここでは、僕が初めてヤクルトのファンクラブに入ったのが1980年であること。そして、そのきっかけは当時購読していた『朝日小学生新聞』に掲載されていた「ファンクラブ特集」を見て、母が入会を勧めてくれたことを記した。


今日、来年発売する新刊の資料を集めるために朝から国会図書館で調べ物をしていた。必要な資料をある程度見つけた後に、ふと『朝日小学生新聞』のことを思い出した。拙著で書いたように、この記事が掲載されたのは「80年の開幕前」であることは間違いない

ということで、1980年1月からの『朝日小学生新聞』を請求して、この記事を探してみることにした。1月1日の元日号から始まり、丹念に記事を拾っていく。この年開催予定のモスクワ五輪について、前年に話題になった機動戦士ガンダムの記事などが続き、そして2月23日7面、ついにその記事が見つかった!

この記事を目にした途端――自分でも驚くほど鮮やかに――9歳当時の情景が脳裏に浮かんできた。特に深く考えることなく、ヤクルトファンクラブに入会した僕は、まだ小学校3年生だった。そこから35年が経ち、45歳の中年男性となった(笑)。

まさか大人になって、全球団のファンクラブに11年間も入会し続け、特許庁に出向いて「12球団ファンクラブ評論家Ⓡ」で登録商標を取得するとはまったく思ってもみなかった(笑)。国会図書館の片隅で、僕はしばしの間、感慨に浸っていた……。











shozf5 at 23:07|Permalink

2012年07月14日

「プロ野球を支えた男」からの貴重な贈り物

DSC_0424


土曜日の午前中、ノンビリと眠っていると、
大きな段ボールの宅急便が届けられた。
差出人は、以前取材したご老人だった。

「彼」は、1931年生まれで今年で82歳になる。
プロ野球コミッショナー事務局員として
その生涯を、プロ野球発展のために捧げてきた。

第3代目となる内村祐之コミッショナーを尊敬し、
今でも「歴代コミッショナーでは内村さんが別格」と慕う。

内村コミッショナー主導の下、
『オフィシャル・ベースボール・マガジン』を創刊し、
長年にわたって、一人で執筆を続けてきたのも彼だったし、
1965年の第一回ドラフト会議を取り仕切ったのも彼だった。

僕が、「ドラフト会議を創った男」、「プロ野球を支えた男」と、
彼のことを評すると、当の本人はいつも首を振る。

「私は事務局員としての仕事を全うしただけです」

と、淡々と語る。

2003年、出版社を辞してフリーの道を選んだとき、
僕は、北鎌倉の彼の自宅に何度もお邪魔して、
1950〜80年代のプロ野球の話を聞き続けた。

彼の記憶は鮮明で、事務局の法規部長として、
ドラフトなどさまざまな制度の策定に関わってきただけに、
実に筆まめで、多くの資料を保管していた。

僕は、彼の話に夢中になった。
フリーになった直後で、仕事もなく、時間はたくさんあった。

それから、断続的に彼の自宅に行き、
お互いの近況報告をしながら野球話をした。

その彼からの貴重なプレゼントだった。
彼が執筆した『オフィシャル・ベースボール・ガイド』など、
今では入手困難な書籍や資料、数十冊が入っていた。

さっそくお礼の電話をすると、彼は言う。

「私が持っているより、あなたが持っていたほうがいいから」

何とも、温かい気持ちになった。

彼からお預かりした貴重な資料の数々。
ぜひ、今後の執筆にきちんと役立てたいと思う。

まだ実現していないけれども、いつか必ず、
彼の人生、彼の仕事をきちんと形にしたい、
……そんな想いが、さらに強くなった。


DSC_0425





shozf5 at 20:49|Permalink

2012年05月17日

温故知新連載3【ヤクルトファンブック・1983〜1985編】

さらに調子に乗って、第3回は【1983〜1985編】です!

1983


さて、1983年版
おぉ、前年までの若松勉から表紙の座を奪ったのは、
期待のルーキー・荒木大輔だ!!!


この年の僕は、中学に入る年だ。
丸坊主の野球部員で、先輩のケツバットがヘビーだった頃。

さて、この年の大注目が、井本隆の入団だった。
ファミリー体質で、なかなかトレードをしないと言われていた
ヤクルトが、鈴木康二朗、柳原隆弘を放出してまで獲得

言わずと知れた「近鉄のエース」の獲得!
僕のアドレナリンは出っ放しの垂れ流し状態だった


ちなみに、井本のプロフィール欄を見ると、

「1ヵ月のこづかいは、50万円」と書いてある。

ちなみに、同時期に移籍入団した倉持明は、

「1ヵ月のこづかいは、3万円くらい」とある。

倉持明は、現AKB48、チームAの倉持明日香のお父さん
このプロフィール欄には、家族の実名も掲載されているが、
彼女は89年生まれなので、この名鑑には載ってない、残念!

……さて、井本だ。
結局、この年の井本はまったく活躍しなかった。
記録を調べてみると6勝14敗、防御率5・46。
50万円使ってもいいから、活躍してよ。

後に、暴露本出版で騒がれた記憶がある。
興味ゼロ。僕は読んでない。

移籍前後に女性問題で騒がれたことしか、
僕の印象に残っていないよ。エミーだか、エリーだよ。
で、鈴木、柳原は、近鉄で活躍したんだよ、確か


おっ、ボビー・マルカーノの加入もこの年だ!
ベネズエラ出身で、阪急から移籍。
でも、ピークはもう過ぎていたよな。
後に39歳の若さで亡くなる。ニュースで知ってショックだった


1984


続いて1984年版

この年は、中央に若松勉、左にルーキー・高野光、
右に、松岡の後のエース・尾花高夫が配されている。

前年表紙の荒木はどこに行ったかと思えば、表4にいた。

1984b


やっぱり、爽やかだなぁ。やっぱり、斉藤佑樹の先輩だ。

ドラ1で高野光、他に橋上秀樹、池山隆寛が入団したのがこの年。
後に高野の訃報に接したときは、本当にショックだった……。

次のページを見ると栗山英樹、桜井伸一がいた!
まさか、日ハムの監督になるとは誰も思わなかったよなぁ。
桜井さんは、現役引退後、中野のジムでよく一緒になった(笑)。


おっ、これは!

小川&荒木


誌面で見ると小さくてわかりづらかったけれど、
スキャンして拡大してみたら、やっぱり間違いない。

女性アイドルに扮しているのが、荒木大輔。
学生服姿の親衛隊中央は、小川淳司だ!


まさか、このコスプレイヤー2人が、
20数年後に監督とヘッドという関係になるとは!!



1985


今回のラストは1985年版

この年は、広沢克己、秦真司、青島健太、
乱橋幸仁、後に審判に転身する柳田浩一らが入団


前年の池山に続き、広沢が加入し、秦や橋上など、
黄金の90年代への、かすかな光が見え始め……ないな、まだ


読み物企画では、選手たちの家族がたくさん登場している。
松岡弘の家族も紹介されているのだけれど、
奥さん、長女、次女、見事にみんなメガネだ!

目の悪さは遺伝するものなのだろう。

おぉ、松岡のグラブはスポルディングだったんだ。
あれ、立野の名前が違っている?
……調べてみると、前年までは「政治」
この年からは「正士」だ。一体、何があったんだろう?

調べてみると、前年は登板機会ゼロ。
ちなみに、この年は登板2試合のみで、そのまま引退だ。
スリムで柔らかいフォームで、新人年は活躍したのになぁ……。


※こうやって見ていくと、この第3回【83〜86年】は、
僕自身の中学3年間にピッタリ重なるんだけど、
生観戦だけでなく、テレビ観戦もぐっと減って、
日々の日刊スポーツと週べでの情報収集が多いことに気がついた。

※以上、全3回、76〜85年までのファンブックと、
個人的な思い出でした。長々とおつき合いいただき、
どうもありがとうございました!



shozf5 at 11:30|Permalink

2012年05月16日

温故知新連載2【ヤクルトファンブック・1980〜1982編】

前回の第1回【1976〜1978編】が、意外な反響だったので、
調子に乗って、第2回【1980〜1982編】をお届けします!

1980


前回明記した通り、1979年版は手元にないので、
1年飛ばして、続いては1980年版

さぁ、やはりこの年もイラストで若松勉の単体。
この頃、「ミスタースワローズ」の称号は完全に若松のものだった。

当時、小4だった僕は、若松勉とアントニオ猪木に、
心から惚れていた。心酔、溺愛、寵愛、偏愛……、
何と言っていいかわからないほど、この2人が大好きだった。


……おっ、意外な発見。
76〜78年までは、右閉じ左開きだったけれど、
この80年以降は、左閉じ右開きにマイナーチェンジ!

この年からは、「ケンカ四郎」・武上四郎が監督に就任

この年の「三本柱」は、松岡弘、鈴木康二朗、安田猛
そして、「第二の三本柱」として紹介されているのが、
寮長・梶間健一、PL・尾花高夫、そして、後頭部直撃・井原慎一朗

「後頭部直撃」とは、キャッチャー・大矢の二塁送球が低すぎて、
しゃがんでいた井原の後頭部を直撃した、
80年代に何度も繰り返された「珍プレー」のことです。

ルーキーは、大川章に岩下正明片岡大蔵は期待外れだった。
で、助っ人は快足自慢のスコット、とにかく足が速かった。

そして……、アレ、アレ?
この年、パラーゾがいたのに、載ってないぞ。

と思ったら、後半のカラーページに載っていた。
パラーゾは、後にメジャーで指導者として活躍するんだよな。
マリナーズでコーチをやっているのをみて、すごく嬉しかった(笑)。

この年、角富士夫のサヨナラホームランを生で見た。
阪神のピッチャーは池内豊だった。
なぜ覚えているかというと、図工の課題で、
この試合の絵を描いて、表彰されたから(笑)。


で、この年は広島に大差をつけられての2位。
……さぁ、ここからヤクルト暗黒時代の幕開けだ(笑)。

1981


続いて1981年版
おぉ、ようやく表紙がイラストから写真に変わった。

ちなみに、表4(裏表紙)は武上監督の「ヤクルトタフマン」広告
キャッチコピーは、「ここ1番にこの1本」!
このテレビCM、よく覚えてる。

中西太コーチとともに出演し、「辞書には載ってません」、
「乗ったよ」と辞書の上にタフマンを乗せるやり取りだった。

期待のルーキー・竹本由紀夫、散々だったよなぁ。
そして、最大の誤算はヤクルトに復帰したマニエル

この年、開幕前に「シーズン1号はいつ?」クイズがあって、
全然出ないで、まったく尻すぼみ企画になっちゃったんだよな。


この年のチーム最年長は、神部年男か。
おっ、48ページには、野村克晃が出ている。
後の団野村さん。プレーを見た記憶は全然ない。

img150



1982


さぁ、続いて1982年版

この年のルーキーは、宮本賢治だ! 当時はニキビが多かった。
そして、現監督・小川淳司の入団もこの年。

まったく活躍しなかったけれど、森長隆もこの年入団か……。
オレ、この年のファン感謝デーでこの人にサインもらったなぁ。
アレ、どこに行っちゃったんだろうなぁ……。

この年の外国人は、ラリー・ハ―ロー、デビッド・デントン

ハーローは開幕戦でのズッコケタイムリーエラー、
デントンは、ド貧乏のボロボログラブのテスト生

今の僕には、この程度の思い出しかない。


前年に盗塁王を獲得した青木実が、大きく掲載されている。
セカンド盗塁シーンの連続写真は、なかなか美しいフォーム。

特集企画には「角富士夫選手の追っかけレポート」が。
これを読むと、角は自動車免許を持っておらず、
池尻大橋から表参道経由で外苑前に「通勤」しているという




……さぁ、連載3回目は【1983〜1985年版】です!







shozf5 at 10:22|Permalink

2012年05月15日

温故知新連載1【ヤクルトファンブック・1976〜1978編】

1976


昨日、資料部屋で探し物をしていたら、
ヤクルトファンブックが大量に出てきた。

1976年版から2012年版までのうち、
欠本は1979、1986、1990年版の3冊。
購入したけれど、何かの拍子になくなってしまったらしい。
それでも、実に34冊、34年分の歴史だ!

で、探し物のことなどすっかり忘れて、
ついつい読み込んでしまうこと数時間。

あまりにも面白く、懐かしかったので、
表紙だけでもこのファンブックをご紹介したい。
ヤクルトファンじゃない人、スミマセン。全3回です!

ということで、連載第1回目は【1976〜1978年版】から

1976年版、表紙は中央に松岡弘、左に安田猛、右に若松勉
写真ではなく、イラストで描かれているが、若松はあまり似てない。

監督は荒川博。大杉勝男は移籍2年目。
助っ人は、ロジャー・A・レポーズ。
そして、チャールズ・F・マニエル
若松、松岡、安田は29歳、大矢は28歳。 
ルーキーは、杉村繁、後の盗塁王・青木実。


そうだ、「ヤクルトの青木」と言えば、
僕の子ども時代は「宣親」じゃなく「実」だった(笑)!

1977


続いて、1977年版
こちらは前年に引き続き、イラストだが、
前年の3人ではなく、エース・松岡弘単体になった。

表紙にサインが描かれているが、これは後年、
大人になってから、松岡さんにサインをしてもらったもの(笑)。

松岡さんは「ずいぶん、古いの持ってるなぁ〜」と言っていた。

前年途中から、監督に広岡達朗が就任
翌78年の初Vの息吹が、少しずつ聞こえ始める頃。

「ライフルマン」船田和英は16年目の35歳。
現コーチの「伊勢大明神」伊勢孝夫は33歳。
両外人は、この年もマニエル、ロジャー。
ロジャー・レポーズは太平洋から74年に移籍。
このとき、来日5年目の36歳。
おぉ、ルーキーは後の戸田寮長・梶間健一だ!


当時の僕は、投手コーチの堀内庄に対して、

「こいつ誰だ? 堀内のニセモノか?」と思っていた。

堀内恒夫しか知らなかった7歳の坊主をお許しください。


1978


そして、ヤクルト初優勝の1978年版
表紙は、やはりイラストで若松勉の単体。
前年に首位打者を獲得したのだから、当然だ。

巻頭も笑顔の若松勉、キャッチコピーは、

「10万ドルの笑顔」

いくら、円安時代とはいえ、「100万ドル」としないところが、
若松らしいというか、ヤクルトらしいというか、実に奥ゆかしい。

「大杉選手のマル秘公開」というコーナーでは、
大杉のバストが112センチであることが明らかに。
その説明文を、ご紹介。

かたせ梨乃ちゃんのバストは92センチ。
 梨乃ちゃんよりも20センチも大きいのだ!


僕は、大杉が112センチであることよりも、
かたせ梨乃が92センチもあることに驚いた


さて、この年の新加入は、デーブ・ヒルトン
ルーキーには、後の横浜監督・尾花高夫
そして、僕が大好きだった「33」鳥原公二
おっ、渋井敬一もいるし、柳原隆弘もいる。
柳原は、後に井本隆とのトレードで近鉄に。
それにしても、井本は期待外れだったなぁ……



引き続き、連載2「1980〜1982年版」に続きます!






shozf5 at 10:47|Permalink

2012年05月14日

ヤクルトキャップのデッドストック発見!

DSC_0304

探し物があったので、資料部屋を物色。
そしたら、実に懐かしいものが出てきた。

確か1990年代前半だったと思うけど、ヤクルトは
帽子やペットマークをリニューアルすることを決めた。

80年代の超弱小時代を経て、92、93年の
野村克也監督による連覇時代の名残を残す、
このユニフォームが好きだった僕は、
「リニューアルする」と聞いて、残念に思った。

ということで、何を思ったのか、近所の帽子屋を数軒回って、
旧マークの帽子を買い揃えたことを、今思い出した(笑)。

ということで、ただ今、資料探しを中断して、
90年代前半のファンブックを熟読中。

調べてみたら、つば九郎が登場し、
帽子のマークが現行のものになったのは94年だった

94ファンブック


上の写真は94年のヤクルトファンブックの97ページ。
この年のファンブックには、現日本ハム監督の栗山秀樹の
「ティーチャー・栗山のベースボール学園」というコーナーや、
有森也美、佐野史郎、周防正行、小川範子、野際陽子による、
「ヤクルト・フリーク大集合」という企画が。

野際陽子がヤクルトファンだとはまったく知らなかった。
読んでみると、彼女は立教時代に長嶋の同期で、
1リーグ時代の川上、大下をラジオで聞いていたとのこと。
ただ、ヤクルトファンになったきっかけは荒木大輔らしい(笑)。


僕の資料部屋には1976年から2012年までのファンブックがある。
今、確認したところ、79、86、90年の三年分が欠けていた!
探せばどこかにあるかな? いや、元々なかったような気がする。
困った、何としてでも入手したくなってしまった(笑)。

どなたかお持ちの方はいらっしゃいませんか?
お譲り下さる方があれば、ぜひご連絡を(笑)!







shozf5 at 11:37|Permalink

2012年03月06日

2012年版・12球団すべてのファンクラブに入る男!

2012・11球団ファンクラブ特典

毎年、この時期になると僕の仕事場の一角は段ボールの山となる。
というのも、何をとち狂ったのか、僕は
2005年以来、12球団すべてのファンクラブに入っているため、
各球団の「ファンクラブ特典」が、次々と届けられるからだ。

現在では、ごく一部で「ファンクラブ研究家」と呼ばれている(笑)

今年も、例年通り、横浜を除く11球団の特典グッズが届いた。
ご存知ない方のために、申し上げると、
例年、横浜ファンクラブの初動は、かなり遅い。

阪神ファンクラブは、シーズン中の7月に翌年の募集を開始して、
前年12月には、特典グッズが到着するのに対して、
横浜ファンクラブは、年が明けても、何の音沙汰もナシ。

今年の場合は親会社が変わったゴタゴタの影響もあってか、
募集告知がなされたのはキャンプ半ばの12年2月11日のこと。
当然、現時点で特典グッズは到着していない。

2004年の球界再編騒動の折りに「本当のファンサービスとは?」と
素朴な疑問を抱いた僕は、
「ファンサービスを知るにはファンクラブを知ればいい」と、
実に単純な考えの下、翌05年、12球団すべてのファンクラブに入会。

初めは「30過ぎた大人のやることじゃない」と思っていたけど、
実際にやってみたら、これが実に楽しいことに気がついた。

とにかく各球団の個性、そしてファンサービスに対する意識が、
如実にファンクラブに表れているのだ。

詳細は、毎年『野球小僧』(白夜書房)の6月号(5月10日発売)に、
「12球団ファンクラブに入会してみた!」と題して、
8ページの記事を書かせてもらっている。
(たぶん、今年も書かせてもらえるはず・笑)


05年当時と比較すると、各球団の進化は著しい。
たとえば西武は、松坂大輔のポスティングマネーから
5000万円を、翌年のファンクラブに投資した。

それは「松坂革命」とも呼べる革命的なものだった。
特典グッズは、ますます高品質のものとなり、
球場への来場サービスも、一気に充実した。

そういう意味では、ダルビッシュの移籍金を手にした
日本ハムが、来年、「ダルビッシュ革命」を断行するのか?
大いに期待したいところだ。

さて、さて、今年のこの段ボールの中にも、
それぞれが趣向を凝らした「夢と希望」であふれている。

ぜひ、球春の訪れとともに、各グッズを身にまとい、
それぞれの球場に出かけ、うまいビールを呑みたい!














shozf5 at 21:01|Permalink

2012年02月06日

中畑新監督は面白かったなぁ!

中畑新監督

※練習終了後の囲み取材に答える中畑新監督。
正面で熱心にメモを取っているのは元モー娘。のあの方。


先週はずっと沖縄に取材に行っていた。
日本ハム、横浜、そしてヤクルトを回ってきた。

それぞれ、斉藤佑樹や、乾真大、中村勝、
石川雄洋、国吉佑樹に宮本慎也、ミレッジなど、
見たかった選手がそれぞれのチームにいたし、
新外国人や移籍選手の動きにも注目していた。

でも、やっぱりバツグンに面白かったのは、
横浜DeNAベイスターズの中畑清新監督だった。

以前、一度だけ中畑氏の自宅に行ったことがある。
取材を終えると、彼は突然着替え出した。

真っ白なブリーフ一丁になったときに、
突然、思い出したのだろう。
奥にいた奥さんに向かって、大声を出した。

「おーい、イチゴがあっただろう! 出してやってよ!」

しばらくすると、大ぶりのイチゴが山盛りで出てきた。
そして、「うまいからたくさん食えよ!とか、
「練乳をかけた方がいいぞ!」と、
パンツ一丁のまま熱心に語りかけてくれた(笑)。

それ以来、「中畑清」というと、僕の中では、
「真っ白いブリーフと真っ赤なイチゴ」が浮かぶようになった。


このキャンプでも彼の周りには常に報道陣が群がり、
カメラは、その一挙手一投足を逃さず狙っていた。

その期待に応えるかのように、オーバーアクションで、
選手やファンや報道陣たちにリアクションを見せ続けている。

(相当、疲れるだろうなぁ……)

と、他人事ながら心配していたものの、
昔から彼をよく知る人物と、その日の夜呑んだところ、

「大丈夫、大丈夫、キヨシはあれが素だから」

と一笑に付された。

上に掲げた写真の、囲み取材が始まる直前、
詰めかけた多くの報道陣の姿を見るや、

「オーイ、マネージャー! ヘアメイクを呼んでくれよ!」

と、自らの髪の毛を撫でつけながら大声を出す。
その冗談を受けて、報道陣たちは一斉に笑いだす。

しかし、それは失笑気味の乾いた笑いではなく、
愛情あふれる笑いだったことが、僕には新鮮だった。

早くも担当記者たちの間には、
新監督への親愛の情が沸いているのかもしれない。

そして、この日の夜インフルエンザ感染が明らかになり、
翌日から強制隔離されたというのもやっぱり面白い。

相変わらず、戦力的には苦戦を強いられるだろうが、
今年の横浜DeNAベイスターズには注目したいと思う。


shozf5 at 11:23|Permalink

2011年06月03日

夜もまた神宮へ!

9e531e2a.jpg
ジムで泳いで、鮨屋で軽くつまんで。気がつけばナイターの時間。由規が投げるということで、再び神宮に戻って来ました。夕焼けとヤクルトとビール。最高です!


shozf5 at 19:15|Permalink

神宮バッティングセンターへ!

5184717c.jpg
インタビュー終了後、近くのバッティングセンターへ。今日の相手は楽天・田中マーくん。100キロを60球打ったら、もうヘロヘロ


shozf5 at 13:05|Permalink

朝から、神宮へ!

85869b3c.jpg
今日はヤクルトの畠山選手のインタビュー。これからスタートです!


shozf5 at 10:58|Permalink

2011年06月01日

今日は旧千葉マリンスタジアム!

d97d0a60.jpg
風が冷たく、雨も心配だけど、野球と花火とビールの誘惑には勝てず、馳せ参じた次第。さぁ、どんな試合になるのかな?


shozf5 at 17:39|Permalink

2011年05月21日

いい試合だった!

a1681477.jpg
楽天・田中、ヤクルト・由規。二人ともカッコよかった。
たまたま、僕の後ろの席が由規のお母さん。
知り合いの方に紹介してもらったので、一緒に応援。
結果は残念だったけど、忘れられない一戦となりました!


shozf5 at 01:02|Permalink
PROFILE
SHOICHI HASEGAWA 
1970年5月13日・東京生まれ。
ノンフィクション・ライター
日々、旅をして、人に出会い、
話を聞き、それを文章にする。
そんな日々の雑感です。
長文になると思います。

ちなみに、上の写真は、
モハメド・アリ@北朝鮮です!
(07年3月1日付参照のこと・笑)
shozf5@gmail.com


長谷川晶一著作物
Recent Comments
楽天市場