執筆、執筆、執筆……

2016年03月11日

新刊『このパ・リーグ球団の「野球以外」がすごい!』発売!

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かねてより進めてきました、3月25日発売の最新刊、『このパ・リーグ球団の「野球以外」がすごい!』(集英社)、いよいよアマゾンでの予約が始まりました。

表紙デザイン、そして版元を見れば、賢明なる読者諸兄はすでにお気づきであろう。そう、2年前に出版した『プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!』(集英社)のパート2的な位置づけである。

まさに「柳の下の泥鰌」を狙ったものと思われるだろう。それは半分正解であり、もう半分は不正解である。というのも、この本の出版経緯が少々、変わっているからだ。

この本は、僕が企画したものでも、出版社が企画したものでもない。では、誰が企画したのか? 以下、本書まえがきからの抜粋を読まれたし。


 (FC本の)出版から一年が経ち、世間がカラスコマスクの中年男のことなどすっかり忘れたある日、僕の下に連絡が入った。
「ぜひ、お会いして、お願いしたいことがあるのです……」
 指定された場所に行くと、数名の男性が待っていた。彼らはみなパ・リーグの球団関係者だった。拙著の内容に不満があるために、僕を呼び出してつるし上げにするのではないかと少々、身構えた。
「FC本、拝読させていただきました。我々球団職員にとっても、とても参考になる意見ばかりでした。つきましてはお願いがあります……」
 男性の話を要約すると、「どうかパ・リーグをテーマに本を書いてほしい。とは言っても、無理して褒めなくてもいい。実際に球場に行って見たこと、感じたことをありのままに書いてほしい」というものだった。
「本当にいいんですか? ダメなものはダメと書きますよ。そもそも僕はヤクルトスワローズの大ファンなんですよ!」
「構いません!」
 そこまで言われれば書き手としても本望だ。やってやろうじゃないか。こうして、半年にわたってパ・リーグ球場を行脚する日々が始まった――。



……そうなのだ、本書の端緒はパ・リーグそのものからの依頼だったのだ。何という器のでかさなのか! ということで、昨年6月から半年間にわたって、札幌、仙台、千葉、埼玉、大阪、博多行脚の日々が始まった。

その間、編集者はもちろん、パ・リーグ各球団の担当者にもまったく何も告げずに、ほぼ隠密裏に行動し、抜き打ち検査的に、全80項目ほど、いろいろなことを比較した。

ボブルヘッドの相似度、選手プロデュース弁当、チアリーダー、マスコット、コラボ&限定アイテム、スタッフたちの対応力、通販力、OB活用度、レジェンドやヒストリーのリスペクト度、球場、トイレ、イベント……。

スポーツビジネスの最前線を行く、パ・リーグの「現在」を、一ファンの視点で綴ってみた。もちろん、自分の主観満載だし、パ・リーグ各球団による原稿チェックなど何も行っていない。発売後、怒られるかもしれないけど、それはそのとき考えよう。

期せずして、スポーツビジネスの現状と課題が浮き彫りになったのではないかと、ひそかに自負している。3月25日、プロ野球開幕日の緊急発売です。224ページ、まさかのオールカラー! どうぞよろしくお願いいたします!




Amazonでの予約が始まっています。どうぞよろしくお願いいたします!



こちらも、絶賛発売中です。よろしくお願いいたします!



shozf5 at 21:46|Permalink

2016年03月06日

『ギャルと「僕ら」の20年史』好評発売中です!

昨年末に発売された、『ギャルと「僕ら」の20年史 女子高生雑誌Cawaii!の誕生と終焉』(亜紀書房)が、ジワジワと各種媒体で採り上げられています。

週刊プレイボーイ……現役カリスマギャルみちょぱさんとの対談

ダヴィンチ・ニュース……時代を築いたギャル雑誌の終焉

読売新聞……編集者発

3月15日には、東京・下北沢のB&Bにて、中森明夫さん、松谷創一郎さんとともに「『Cawaii!』とその時代」と題するトークイベントも開催します。

3月末からは、全国約30紙で本書と連動した「ギャル連載」の連載も始まります。引き続き、よろしくお願いいたします。




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2016年01月20日

ファンクラブ界のより良き発展を目指して

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2014年、『プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!』という本を出版した。調子に乗って、特許庁にノコノコと出向き、「12球団ファンクラブ評論家Ⓡ」で商標登録までしてしまった。そんなこともあって、幸いにして多くの方に読んでいただき、その後もファンクラブ関連の仕事が増えた。

そして2014年以来、各球団のファンクラブ担当者に会いに行き、今取り組んでいること、今後の展望、そして課題や問題点などを聞いている。これまで、巨人、DeNA、楽天、日本ハム、そして西武と5球団を訪れた。拙著では好き勝手に、「この球団はここがいいけど、ここがダメだ」と書いた。

ということもあって、対面して話をするのは意外と気が重い。出会った瞬間に、「てめぇ、この野郎、勝手なことばかり書きやがって」と胸倉をつかまれるのではないかという不安がある(多少、誇張)。少なくとも、FC担当者にとっては、決していい気分ではないだろう。

ところが、実際に各球団のFC担当者に会ってみて、話を聞いていると、決まって最後にこう言われた。

「今日は、厳しいことを言われてお叱りを受けるのではと覚悟していました」

……なるほど、彼ら彼女らも緊張していたのだ(笑)。確かに、好き勝手なことばかり書いて、しかもそれがマスクをかぶった中年男だとなれば、僕よりも彼らの方の緊張の方が大きいだろう(笑)。そう気づいてからは、各球団事務所を訪問することの緊張が、ずいぶん軽減された。

今年、某球団のFCが大きく改善された。その担当者から、こんなことを言われた。

「うちの上司があの本を読んで、“FCをもっともっと改善しろ!”と言われました。その結果、やりたかったことがいろいろとできるようになりました。どうもありがとうございました」

この球団だけではなく、一昨年よりも昨年、去年よりも今年と、各球団のFCは目覚ましく改善されている。そこに、何かしらあの本の影響があるのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。

12球団すべてのファンクラブに入会するという馬鹿げたことを始めて、世間からは白い目で見られもした(笑)。それでも、多少はいい効果を生み出しているのかもしれない。そんなことを考えながら、12年目のシーズンが始まろうとしている。昨日、中日FCの特典グッズが届いた。


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2016年01月19日

僕にはありあまる、ボブルヘッドがありあまる

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本日は拙宅にて、編集者、デザイナー、カメラマンとともにバタバタしながらぶっ通しで7時間ほど撮影をした。仕事場に積み上げられた十数個の段ボールを一つひとつすべて取り出して、テーマごとに並べながらひたすら撮影しまくる。

先日、お知らせした3月末発売の新刊の撮影で、これから急ピッチで原稿を仕上げていく。来月はプロ野球キャンプ取材もあるし、海外取材も決まっている。バタバタしているのは相変わらずだけど、今回の本は書くべきことが決まっているし、肩に力が入らずに楽しんで書けるタイプの原稿なので、そんなに心配はしていない。

手元のボブルヘッドを、一体一体、「ああでもない、こうでもない」と並べながら、カメラマンとデザイナーが格闘している横で、僕は未開封のTシャツを一枚ずつ取り出していく。Tシャツだけで30枚以上はある。これから数年はTシャツに困らないはずだ(笑)。その横では、編集者が20枚近いレプリカユニフォームを一枚ずつ丹念にチェックしている。いい大人が夢中で、一心不乱に物事に取り組んでいる姿はなかなか心地いい。

この感覚、以前も感じたことがあるな……)

ある種の既視感に襲われて、すぐに気がついた。2年前の今頃、大の大人が集まって、バカみたいに大量の野球グッズに囲まれながら撮影をした。そう、プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!の撮影だった。

年賀状用写真


2年経っても、まったく成長のない自分に嘆息しながら、それでも前を向いてやるしかないのだ。ということで、もうすぐ発売されます。タイトル、発売日などはまた改めて。どうぞよろしくお願いいたします!






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2016年01月13日

3月末発売の次回作・いよいよ始動!

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本日、担当編集者、デザイナーさんと打ち合わせ。次回作の概要がほぼ固まる。早く書きたくてウズウズしていた。ようやく、執筆の時間が訪れそうでワクワクしている。

昨年、年明けと同時に半年で書下ろし新刊を4冊書き上げた。あまりにも疲れたため、「今年はもう何も書きたくない」と思っていたところ、「ひたすらパ・リーグだけを見るという仕事をしませんか?」と依頼を受けた。しかも「札幌でも、博多でも、時間の許す限り、何度でも行っていいですよ」という魅惑の依頼。

もちろん、お受けすることにした。ということで、手元のノートを見ると、6月19日のロッテ戦から始まり、10月25日の日本シリーズ第2戦まで、実に51試合もパ・リーグの試合を見続けた。もちろん、空いている時間には神宮でヤクルト戦も見ていたから、昨年は本当に野球漬けの日々だった。

その間、球団グッズをしこたま買い続けた。現在、僕の仕事部屋には大きめの段ボール箱が12個ある。さらに、選手プロデュース弁当をたらふく食い続け、球場ビールをたっぷり呑み続けた。そして、各球団のマスコット、チアたちと、いつもの覆面姿で写真を撮り続けた。

その行動に何も意味はないことは理解している。けれども、「無意味の中にこそ、真の意味は宿る」と誰かが言っていた。いや、誰もそんなこと言ってないけど、そんなこともあるのではないか?

……ということで、今月中に執筆を始めます。全体の構想はすでに固まっています。今春の開幕時には店頭に並びます。バカバカしい試みに、しばらくの間おつき合いください。どうぞよろしくお願いいたします!



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2015年12月27日

『Cawaii!』と、作家・中島京子の蒼き日々



昨日発売された、最新刊ギャルと「僕ら」の20年史 女子高生雑誌Cawaii!の誕生と終焉』(亜紀書房)では、直木賞作家の中島京子さんから、帯の推薦コメントをいただいた。

私たちは今までどこにも
属さなかった読者を相手に
しているんだなって気づきました


2010年『小さいおうち』で直木賞を受賞する中島京子さんは、雑誌『Cawaii!』の創刊メンバーの一人だ。『Cawaii!』編集部では、僕とはニアミスだったけど、別々の雑誌の編集者として、同時期に同じ会社に在籍していた。


僕が『Cawaii!』編集部に移動した後、創刊編集長と酒を飲んでいたときに、こんなことを言われた。

「長谷川、タヤマカタイって知ってるか?」


突然、何を言うのかと思いながら、僕は答える。

「作家の……、あの『蒲団』の田山花袋ですか?」

読んだことはなかったけれど、受験勉強の記憶をたどりながら答えた。

「そうだ。よく知ってるな。その田山花袋の『蒲団』をアレンジして中島が小説を書いたんだよ」

一足先に会社を辞めた中島さんがアメリカにわたって、帰国後フリーライターになっていることは知っていた。酒場で何度か同席したこともあって、小説家を目指していることも知っていたので、特別驚きはしなかった。

「その小説がかなり面白いんだよ。あれはかなり良くできた作品なんだ」

……そのときは、それで話題が終わった。けれども、あれから二十年近く経つというのに、このときの編集長とのやり取りはハッキリと記憶に残っている。滅多に褒めない編集長が「よく知ってるな」と発言したのが嬉しかったからだろう(笑)。

それから、しばらくして中島さんの作品は『FUTON』と題されて店頭に並んだ



僕はすぐに購入して一気に読んだ。上から目線の発言だけど、見事なデビュー作だと思った。その後、次から次へと話題作を発表し、多くの文学賞を受賞。一気に人気作家の仲間入りを果たした。

そして、2010年。『小さいおうち』が発売されたときにもすぐに買って読んだ。そのときに、「映像化されそうないいお話だな」と感じた。そして、見事に直木賞を獲得。しばらくして、あの山田洋次監督が映画化すると聞き、「当然だよな」と納得したことを覚えている。


今回、『Cawaii!』の物語を執筆するに当たって、どうしても中島さんに当時の思い出を聞きたいと思った。

(ひょっとして、中島さんはあの時代のことを話したくないのかも……)

何だか知らないけれど、勝手にそんな不安を抱きつつ、取材のお願いをするとアッサリと快諾していただけた。駆け出しの後輩に対する気遣いだったのかもしれない。

そして、お話を伺うと、当時の生々しい心境が語られ、卓見も随所に発揮された。特に、「あの雑誌は《郊外》を発見したのだと思う」という発言には、深く納得した。

それまでの既存の女性誌が扱っていた、銀座や青山、代官山ではなく、栃木のコなら上野、飯能のコなら池袋など、都内近郊の読者たちのリアルな情報を拾うことで、『Cawaii!』は草の根的な誌面作りが可能になった。「それが読者たちの共感を得たのでは?」という発言だった。

他にも、「雑誌」という概念の変容について、現在のSNSと『Cawaii!』との関係について……、本書執筆において、参考になる言葉がたくさんあった。

中島さんにお話を聞いてから、発売までに2年もかかってしまった。「長谷川クンは結局書けなかったのかな?」と心配されていただろう。ようやく完成のご連絡をすると、「ご苦労さまでした。楽しみにしています」とねぎらいの言葉をもらった。

このギャルと「僕ら」の20年史では、若き日の中島さんの迷いや葛藤にも触れた。本書は直木賞作家の蒼き日々の奮闘の物語でもあるのだ





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2015年12月26日

今年は書きに書きまくって、5冊を出版!

2015年も押し迫ってまいりました。年内に書かねばならない原稿もすべて書き終え、つかの間の休息に浸りながら、ノンビリと過ごしています。

さて、今年は書下ろし新刊4冊、以前出版したものの文庫版1冊、合計5冊を出版いたしました。


ここ数年、九州地方を中心に積極的に取材を続けてきたのが、太平洋クラブ、クラウンライターライオンズに関する物語です。

『野球小僧』誌での連載を皮切りに、同誌の休刊によって、他社である『ベースボールマガジン』誌に連載が移って、継続連載したものの、編集長交代によるリニューアルとともに連載中断。出版化を諦めつつあったときに、関係者の尽力によって、またまた別の出版社から何とか出版にこぎつけました。

まるで、西鉄から太平洋・クラウン、そして西武へと短期間で移り変わったライオンズそのもののような経緯だけに、ようやく完成した喜びでいっぱいです。


稀代の名レスラー・三沢光晴氏が亡くなって、今年で七回忌を迎えました。期せずして、生前の三沢さんにお世話になった3人が集まり、「何か三沢さんの物語を作りたいね」と話していたことが、トントン拍子にまとまり、「三沢さんの命日である6月13日までに完成させよう」と一気に取材をし、怒涛の如く書き上げました。

出版をご快諾いただいた三沢夫人、そして三沢さんの最期を看取った医師の取材協力なくしては、この物語は完成しませんでした。アクシデントが起きて、救命治療を施し、息を引き取るまで……。関係者たちの生々しい証言を基に、「あの日」を描き、そして、今もなお多くの人々に影響を与え続ける「あの日からの三沢光晴」を描いた物語です。


女子野球日本代表・マドンナジャパンを追いかけ続けて、早くも10年の月日が流れました。昨年、宮崎で行われたワールドカップ(W杯)にも大会期間中、ずっと代表に密着しました。そしてつかんだ、大会四連覇。マドンナジャパンの強さは本物でした。

けれども、なかなか世間の認知度は高まりません。「何とか力になれないか」と考えていたところ、女子野球関係者から、「ぜひ本を出してほしい」と力強く後押しされて、書き上げたのがこの本です。本書発売後も、選手たちが大会会場で販売してくれたり、本当に感謝、感謝、感謝です。

この本には、マドンナジャパン一人ひとりがどんな思いを抱えて野球をやっているのか、どんな人生を歩んできたのかが書かれています。来年2016年は韓国でW杯が行われます。もちろん、僕もまた帯同するつもりです。


2011年に発売された本書。この本によって、僕の物書きとしての人生は大きく変わりました。地味な題材でありながら、多くの人に読んでいただき、「マイナーなものに光を当てることの意義」を改めて認識した次第です。

そんな思い出深い本が、加筆して文庫化されました。それまで面識のなかった若き編集者から突然、「文庫にしませんか?」と連絡が来たときの喜びは忘れられません

この『最弱球団』があったから、今年発売した『極貧球団』が生まれました。実はこの『○○球団』シリーズ、僕の構想では全三部作の予定です。第三弾の発売はいつになるのか? もうしばらく頑張るつもりです。


そして、本日全国発売となったのが、この本です。僕はかつて『Cawaii!』というギャル雑誌の編集者でした。当時、この雑誌は売れに売れまくっていました。女子高生たちは本当にパワフルで、元気に渋谷を闊歩していました。

しかし、僕がこの編集部を去りフリーランスとなった後に、この雑誌は次第に失速を始め09年に休刊します。その知らせを聞いたとき、僕は自分の耳を疑いました。あれだけ元気だった雑誌が休刊するという事実を受け入れることができなかったからです。

そこから、旧知の先輩、後輩たちに話を聞き、この雑誌の生涯と、女子高生カルチャーを描くことを決めました。しかし、思いのほか難航して完成までに6年近くかかってしまいました。

あの雑誌が生み出したものは何だったのか? 女子高生カルチャーとは何だったのか? ギャルはどこから生まれ、どこに行ったのか? そんなことをまとめた本です。



……以上、今年刊行された5冊について振り返ってみました。ジャンルもテーマもバラバラですが、来年以降も自分の気になること、自分が読みたい本を作っていこうと思っています。

来年はすでに2冊の出版が決まっています。数年にわたって、取材を続けているテーマも3本ほどあります。2016年も元気に精力的に頑張っていくつもりです。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!


shozf5 at 19:03|Permalink

2015年12月25日

新刊『ギャルと「僕ら」の20年史』、本日発売です!

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突然ですが、「みちょぱ」って、ご存じですか? 平成10年生まれの17歳。『ポップティーン』の人気モデルで、16歳のときに同誌史上最年少で単独表紙を務めた、現役バリバリのギャルだ。

「街からギャルが消えて久しいけど、どうしてなんだろう?」と思っていたところ、関係者に「かつての正統派ギャルが今も頑張っていますよ」と教えられ、のこのこと会いに行った。

ちなみに、「みちょぱ」とは本名の「美優」と『ワンピース』の「チョッパー」を組み合わせた造語(笑)。

当時16歳の彼女に、当時44歳の僕が単刀直入に聞く。


「ギャルって何ですか?」
「ギャルはどこに行ったんですか?」
「つけま重くないですか?」


僕の幼稚な質問に対する彼女の答えはシンプルで力強い。僕は内心、感動していた。

(何てわかりやすく話してくれるコなんだろう……)

彼女は言う。

「ギャルは見た目だけじゃなくて、中身もギャルマインドじゃなくちゃダメだと思う」

「ギャルマインドって、何ですか?」

「それはね……」

年を食ったバカな生徒に対して、金髪のギャル先生が優しくレクチャーしてくれた。彼女とのやり取りが面白く、内容も示唆に富んでいたので、本日発売の新刊『ギャルと「僕ら」の20年史』において、終章に登場してもらうことにした。

みなさん、「ギャル」って何だと思いますか?


ということで、新刊ギャルと「僕ら」の20年史 女子高生雑誌Cawaii!の誕生と終焉』、本日発売です。どうぞよろしくお願いいたします!





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2015年12月22日

新刊『ギャルと僕らの20年史 女子高生雑誌Cawaii!の誕生と終焉』、いよいよ発売です!

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かつて一世を風靡した女子高生雑誌『Cawaii!』。最盛期には40万部超の売り上げを誇りながら、2009年に休刊に。かつて僕はこの雑誌の編集者でした。20代の終わりから30代の初めにかけて、ギャルとギャル男たちと仕事をしていました。

20世紀末、女子高生カルチャーは百花繚乱の時期を迎えていました。コギャル、チョベリグ・チョベリバ、ルーズソックス、カリスマ、エンコー(援交)……。流行語大賞には彼女たちを取り巻くさまざまなフレーズがノミネートされました。

本書は渋谷発の熱いカルチャーとあの雑誌にかかわった編集者たちの群像劇です。人気読モたちやカリスマ店員たちはもちろん、4人の歴代編集長と、浜崎あゆみから絶大な信頼を得ていたものの、若くして亡くなった天才編集者、そして後に直木賞を受賞する女性編集者、そして若かりし頃の僕自身……。

ギャルカルチャーの物語であると同時に、雑誌カルチャーの物語であり、編集者たちの情熱の物語でもあります。いよいよ、今週末から書店店頭に並びます。どうぞよろしくお願いいたします!




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2015年12月10日

12月に、新刊が2冊発売されます!


2009年から取材を始めていた雑誌『Cawaii!』にまつわる物語。ようやく完成、出版の運びとなりました。

ギャルと「僕ら」の20年史
女子高生雑誌Cawaii!の誕生と終焉


かつて、一世を風靡した雑誌『Cawaii!』。95年の臨時増刊発行から09年の休刊までの14年間の物語。あの当時、編集者たちはどんな思いで、この雑誌を作っていたのか? あの当時、本当に元気だったギャルやギャル男たちは何を考えていたのか? 当事者たちの証言からあの時代を振り返りつつ、「ギャルはどこに行ったのか?」を解き明かしました。

以下、アマゾンの「商品紹介」からの抜粋です。

世界共通語「カワイイ」はここから生まれた! コギャル、読モ、ガングロ、ルーズソックス、 アムラー、109、ミージェーン、カリスマ店員、 プリクラ、浜崎あゆみ、板野友美―― “失われた20 年" の記憶をたどる旅!! 初代編集長から4代にわたる男性編集長と、 当時 Cawaii! 編集部員だった著者自身の歓喜と苦悩、 そして女子高生モデルやカリスマ店員の駆け抜けた時代を リアルな筆致で描き出す群像ドラマ!



なぜ、僕が「ギャル」なのか? 実は僕はかつて、この雑誌に少しだけ関わっていました。40万部強の部数を誇っていた全盛時代、20代だった僕もまた、この雑誌の編集部で奮闘していました。だからこそ、後の休刊には言葉を失うほど驚きました。

そこで、かつての先輩、後輩、仕事仲間たちを訪ね歩いて、この雑誌の遺したもの、果たせなかった夢、どうして休刊となってしまったのか……。取材を通じて強く印象に残ったのは、若くして亡くなった「天才編集者」の雑誌にかける執念のような思いでした。彼の遺したページを振り返りつつ、彼が生きた証を記録したつもりです。

そんなことをまとめた物語です。どうぞよろしくお願いいたします。


また、本日から以下の新刊も発売されます。
こちらは、単著ではなく、共著となります。僕は、今季限りで引退した前日本ハム・木佐貫洋氏の物語を書きました。丁寧に受け答えをする木佐貫氏の誠実な態度がとても印象的でした。こちらも、どうぞよろしくお願いいたします。


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2015年06月19日

『2009年6月13日からの三沢光晴』、重版決定!



先週10日に発売された新刊『2009年6月13日からの三沢光晴』(主婦の友社)。おかげさまで、発売前から予約が殺到し、発売3日目となる12日にはすぐに重版、増刷が決定しました

また、多くの方からの反響、感想をいただき、作者としてとても嬉しく思っています。以下、いくつかご紹介させていただきますので、ご覧いただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。


突き刺さる秒針の動きと、その後に息づく人間像――『2009年6月13日からの三沢光晴』を読んで
プロレスライターとして活躍中の鈴木健氏のブログです。こちらからどうぞ。

「2009年6月13日からの三沢光晴」を読んで
プロレスファンにはおなじみのキャスター・三田佐代子さんのブログです。こちらからどうぞ。

人間的な彼らのなんと魅力的なことか/2009年6月13日からの三沢光晴
漁師JJさんによる人気プロレスサイト「多重ロマンチック」です。こちらからどうぞ。


今後も、書評がいくつか掲載される予定です。随時、ご報告いたしますので、引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

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2015年06月16日

『極貧球団 波瀾の福岡ライオンズ』、ついに発売!



先週10日発売の『2009年6月13日からの三沢光晴』に続いて、今週20日には『極貧球団 波瀾の福岡ライオンズ』が発売されます。

こちらは、1973〜76年まで存在した太平洋クラブライオンズ、そして77〜78年までのクラウンライターライオンズ、両チームの6年間を関係者40数名の証言で描いた物語です。

経営母体が脆弱で、「いつ潰れてもおかしくない」という状態の中で、関係者たちは奮闘を続けました。その中で、東尾修、基満男、竹之内雅史、真弓明信、若菜喜晴、永射保、ビュフォード、レポーズ、ハワードら、個性的な選手を多く輩出しました。

話題作りのために、ロッテとの遺恨騒動を演出。当初はうまくいっていたものの、やがて制御不能の混沌とした状態に陥ったこともあれば、アメリカの名将、レオ・ドローチャー招聘をぶち上げたものの、オープン戦が始まっても来日せず、結局、監督就任断念の憂き目を見たこともありました。


弱ければ、弱いなりに思い切ったプレーをしようという選手の矜持。貧しければ、貧しいなりに話題を生み出し、少しでも観客動員につなげたいというフロントの奮闘。「九州の田舎球団」と言われながらも、選手たちはたくましく戦い続ける。


弱く、貧しく、たくましく――。


西鉄ライオンズと西武ライオンズ、二つの名門球団に挟まれた太平洋クラブ、クラウンライター。この苦難の6年間があればこそ、後の栄光がありました。野球史において、ほとんど顧みられることのない6年間にスポットを当てた物語。どうぞ、ご覧下さい!


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2015年06月09日

新刊『2009年6月13日からの三沢光晴』発売です!



早いもので三沢さんが亡くなって、今度の6月13日で6年が経つ。七回忌に向けて、新刊『2009年6月13日からの三沢光晴』(主婦の友社)が6月10日に発売される。

あの日、現場にいたレスラー、マスコミ、そしてご遺族の許可を得たうえで、三沢さんの最期を看取った3人の医師たちに話を聞いて、「あの日の三沢光晴」と、「あの日からの三沢光晴」を描いた。


リング禍が起きた6月13日午前2時、三沢さんは「ある女性」に電話をかけていたことが関係者への取材でわかった。この電話から始まり、三沢さんが亡くなった翌朝までを描いた第一部。

そして、「あの日」から6年が経ち、遺された人々の中に今も息づいている「三沢イズム」を描く第二部。

第一部を聞く場面では、取材をしていて、何度も息苦しくなった。思い出したくない過去を蒸し返す心苦しさもあったし、三沢さんが亡くなる経緯が生々しくもあったからだ。

一方の第二部においては、6年が経つというのに、それぞれの人々の中に有形無形で「三沢の教え」が息づいているのがよくわかった。

本書では「三沢さんの死」を通じて、今も多くの人に影響を与え続けている「三沢さんの生」を描いたつもりだ。

ぜひ、多くの人に読んでもらいたいと心から願っています。どうぞよろしくお願いいたします。


以下、「アマゾン」の内容紹介より。


稀代の名レスラー・三沢光晴がリング上の事故で命を落とした2009年6月13日。当日、会場にいた選手、マスコミ、そして治療にあたった医師の証言から、あの日起こった出来事の真相に迫る。死因は即死とも思われる頸髄離断だったが、ICUでは一度心拍が再開していたという。広島大学病院の救命医があの日のICUでのことを初めて明かす。そして最後の対戦相手となった齋藤彰俊は事故から数カ月後、三沢が生前に残したメッセージを受け取っていた。「社長からのメッセージを受け取って、すべて受け止めて現役を続けるという自分の決断は間違っていないと思えました」という齋藤は「答えは自分で見つけろ」という三沢のメッセージを胸に今も歩み続けている。また、小橋建太、潮豪、丸藤正道、鈴木鼓太郎、浅子覚、西永秀一ら深い関係を持つ人物たちにとって2009年6月13日からの三沢光晴はどう息づいているのか? 

目次

序 章 三沢光晴からの電話

【第一部 2009年6月13日の三沢光晴】
第一章 午後三時、会場入り
第二章 午後八時四三分 バックドロップ
第三章 午後一〇時一〇分 最期の瞬間
第四章 翌朝七時、齋藤彰俊の決断
第五章 それぞれの六月一四日

【第二部 2009年6月13日からの三沢光晴】
第六章 二〇一五年、春――あれから六年
第七章 レスラーたちのそれから
第八章 三沢光晴からの伝言

終 章 オレのマブダチ


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2015年02月13日

『読む野球』第7号、阪急エース陣と中嶋聡の物語!

山田久志氏 (2)


本日、『読む野球』第7号が発売された。この号でも巻頭企画を書かせていただいたが、今回のテーマは、


中嶋聡〜プロ29年生、その蒼き日々


今年29年目を迎える中嶋聡捕手の阪急時代を中心に、山田久志、佐藤義則、今井雄太郎、山沖之彦各氏に「蒼き時代の中島聡」についてお話を伺い、そして中嶋聡選手本人に、阪急・オリックス時代を振り返ってもらって、30000字の長編物語を執筆しました。

自身の引退試合であり、阪急のラストゲームにプロ2年目の中嶋を指名した山田久志、仰木監督に干されていた中嶋を救ってくれた佐藤義則……。今井雄太郎、山沖之彦、両投手とも、「阪急の仲間として、アイツには頑張ってほしいんですよ」と白い歯をこぼした。

それにしても、山田久志氏さんのお話は面白かった。彼が語る一流選手のダンディズム、ファンへの接し方、いずれも大選手の佇まいにあふれていた。

『読む野球』は、次号に向けてそろそろ動き始めます。これからも、興味深いテーマをじっくりと掘り下げていこうと思っています。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします!



























shozf5 at 14:57|Permalink

2014年12月31日

「1993年の伊藤智仁」――その反響を受けて

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12月5日に発売したばかりの最新刊『プロ野球、伝説の表と裏』(主婦の友社)。発売以来、多くの感想をいただいた。その中でも、特に反響が大きかったのが、第4章「1993年の伊藤智仁だった。

数年前に、『マツコ&有吉怒り新党』の「新三大○○」のコーナーで、伊藤智仁が採り上げられたことがある。詳しくは、こちらのリンクを。

僕も「有識者」の一人として、この番組にちょっとだけかかわったのだけれど、番組スタッフによれば、この回は類を見ない反響を呼んだのだという。僕自身も、周囲から「番組見たよ」とか、「感動的だった」としばしば声をかけられた。


元々僕自身がヤクルトファンであり、伊藤智仁氏と同じ1970年生まれということもあり、「いつか伊藤智仁を書きたい」とずっと思っていた。そして、今回、ついにその願いがかなった。これまでに何度か伊藤さんにインタビューをしてきたけれど、彼が一貫して言い続けていることがある。

「人は僕のことを《悲運のエース》と呼ぶけれども、
 僕は決して《悲運》なんかではない」


1993年前半――伊藤はまるで、夏の日の花火のようにまばゆいばかりの閃光を残して消えていった。後に故障に苦しみ続けて引退していったことも多くのファンは知っている。その姿があまりにも鮮烈すぎたからこそ、人は彼を「悲運のエース」と呼ぶのだろう。

本書の取材において、古田敦也氏は「伊藤のスライダーはすごかった。それは自信を持って言えます。僕が保証します」と力強く語った。

同じく、チームメイトだった石井一久氏も、「僕にはプロでライバルという存在はいなかった。でも、プロに入って一番すごいと思ったのは(伊藤)智さんでした。後にも、先にも、あんなすごいボールは見たことがありません」としみじみと語った。

本書では伊藤本人を含めて、彼とゆかりのある人物8名に話を聞いて物語をまとめた。「どうして、伊藤の雄姿は、今もなお人々の胸を打つのだろう?」、そんなことを胸に秘めながら、原稿を書いた。

2014年も、多くの人にインタビューをして、たくさんの原稿を書き、『プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!』(集英社)を含めて、2冊の本を出版した。これまで、12冊の本を出版してきたけれど、今回の伊藤智仁の物語もまた、ずっと忘れられない物語となりそうだ。願わくば、ぜひ多くの読者にも伊藤の物語を共有してほしい――。そんな切なる願いでいっぱいです。











shozf5 at 11:56|Permalink
PROFILE
SHOICHI HASEGAWA 
1970年5月13日・東京生まれ。
ノンフィクション・ライター
日々、旅をして、人に出会い、
話を聞き、それを文章にする。
そんな日々の雑感です。
長文になると思います。

ちなみに、上の写真は、
モハメド・アリ@北朝鮮です!
(07年3月1日付参照のこと・笑)
shozf5@gmail.com


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