取材・インタビュー……

2010年12月14日

「アオダモという木について」

古田プレート (2)

※2003年夏・当時ヤクルトの古田敦也が植樹したアオダモの苗木。

先週、新刊『イチローのバットがなくなる日』が発売された。
これは、「アオダモ」というバット材が消えゆく現状を、
アオダモにかかわった男たちの視点でたどっていく物語。

アオダモという木は、60年から70年かけて、
ようやくバットに適する太さに成長する広葉樹。
しかし、バット材以外には使い道がない。

かつて「皆伐」と呼ばれ、何でも伐採する時代には、
住宅材や家具材など、他の材を伐採する際の
ついでに、アオダモはとても安価で入手できた。

しかし、環境意識が高まり「択伐」と呼ばれ、
必要なものを、必要な量だけ伐採する現在では、
逆に、アオダモは高価な材となってしまっている。
そのため、アオダモ製バットの値段も高騰した。

バット材にはアオダモの他にメイプルやアッシュという木がある。
メイプルやアッシュは、ともに北米・カナダからの輸入材。

国産のアオダモは数も少なく、その上高いため、
今では日本プロ野球はほとんどがメイプルが使われている。

アオダモに関係する人たちは、ほとんどが、
経済的に苦しい状況を強いられている。
それでも、彼らはアオダモ供給を続けている。

――それは、なぜか?

一流プロ野球選手たちがアオダモを好むからだ。
その代表格が、マリナーズのイチロー選手だ。

だからこそ、アオダモ関係者はみな、

「日本のプロ野球のため」
「イチロー選手のため」


との思いで、頑張り、そして疲弊していった。

2003年夏に初めて取材して、以来7年。
いろいろな方にお話を聞いたものの、
2008年には2人の男が亡くなっていった……。

そんな男たちの奮闘と苦闘の物語です。
どうぞよろしくお願いいたします。

アオダモ伐採

※2003年夏・アオダモを伐採中の職人さん。

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2010年12月13日

美輪明宏氏インタビュー!

ああ正負の法則
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いよいよ、現在取り組んでいる単行本も大詰め。
さらに、今週はロングインタビューが3本。
いずれも緊張と興奮のインタビューとなった。

昨日(12日)は、美輪明宏さんをご自宅でインタビュー。
テーマは「宗教」、特に「法華経」について。

事前に氏の著作を数冊読み込んでいったものの、
付け焼刃でどうにかなるテーマではないので、
率直な疑問点と知りたいことを質問した。

氏の著作にも書かれていたことだけれど、


「宗教は企業、信仰は心の鍛錬」


と言い切り、金もうけに走る宗教団体に対する、
歯に衣着せぬ批判は、聞いていて気持ちよかった。


テレビで見るオーラは、やはり圧倒的で、
耳に心地よい独特の声が気持ちよかった。
かなり緊張したものの、いい時間を過ごせた。


今年は、長州力、桂歌丸、笑福亭鶴瓶、AKB48……、
個人的に会いたい人に話を聞く機会に恵まれた。

これで、今年の「緊張インタビュー」は打ち止めかと思いきや、
来週も、さらに憧れの人のインタビューがもう1本。

原稿の大詰めとともに、残りの取材も頑張ります!





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2010年12月01日

笑福亭鶴瓶師インタビュー!

いよいよ12月――。
月明け早々、楽しい取材依頼が2本同時にやってきた。
今年も残り1カ月、ラストスパートで頑張ります!

さて、昨日(30日)は、笑福亭鶴瓶師匠インタビュー。
本当は芸談を聞きたかったのだけれど、
今回のテーマは「俳優・鶴瓶」ということだったので、
芸談は封印したものの、所々で芸の話になり嬉しかった。


取材にあたって、彼の主演作『ディアドクター』『おとうと』を見た。
『ディアドクター』は、実にいい映画だった。
公開当時の宣伝文句「その嘘は、罪ですか。」は、実に名コピー。

「人は 誰もが 何かになりすまして 生きている」

も、実に意味深な名コピーだと思う。

で、山田洋次監督作の『おとうと』。
公開当時、「山田は今作で寅さんの最期を描こうとしたのでは?」と
多くの人が発言したのも無理もないほど、
映画・寅さんをイメージさせつつ放蕩者の生涯を描いた。

『男はつらいよ』の渥美清、
『馬鹿が戦車でやってくる』のハナ肇、
そして『おとうと』の笑福亭鶴瓶。

合理化が進む世の中で、極力無駄を排除する流れの中で、
彼らの存在する理由ははたしてあるのか?
「不用者」「落後者」の烙印を押された人間は
この社会に存在してはいけないのか?

これは山田洋次が一貫して描き続けてきたテーマだ。


さて、カメラワークも、せりふ回しも、風景描写も
まるでデジャヴのように『男はつらいよ』を想起させる。
さすが、「山田組」のチームワークは固い!

姉の家に入りづらくて、家の前を行ったり来たりするシーンは、
鶴瓶自身が「まんま寅さんでしょ」と言う通りだった。

「トラジスト(寅さんマニアの意の造語)」として、ひと言。

かなりわかりづらいけれども、
終末ホスピスの談話室でテレビから流れているのは、
映画『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』の「メロン騒動」シーン。
寅さんファンなら、誰もが知っている爆笑場面。

画面が映っていなくても、寅さんの甲高い声で、


オレのはどうしたの? オレの!

という台詞だけでもあの場面を思い出しておかしくなる。
ちなみに僕のiPodにはこの場面が入っている(笑)。


劇中にわざわざこのシーンを選ぶということは、
山田監督にとっても会心の爆笑シーンなのだろう。

映画は、鶴瓶の弟役は適役だったけれど、
姉役の吉永小百合が聖女過ぎて、感情移入しづらかった。
あの役をもしも倍賞千恵子が演じたなら、
僕は最初から最後まで号泣しっ放しだっただろう。

ラスト近く「ピンクのリボン」がキーとなるのだけれど、
鶴瓶のひと言によって、より深みのある演出が加わったのだという。

映画って生き物だし、わずかなシーンの挿入や削除で、
大きく意味合いが変わるものなのだと痛感した。


で、そのまま渋谷に行き。
お世話になっている編集者と鮨屋で打ち上げ。
そのまま渋谷で3時過ぎまで痛飲。
けれども、今朝はノーダメージ。

ということで、今日は原稿を書き続けるのみ。
さてさて、残り1カ月、みなさん頑張りましょー!



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2010年10月22日

2010高橋ユニオンズOB会へ!

全員集合

ここ数日、怒涛の勢いで原稿を書いている。
12月上旬に発売される新刊なのだが、
詳細が確定したら、改めてお知らせします。

と言いつつ、その合間に取材もいろいろ。

昨日は、東京ヤクルトスワローズ伊勢孝夫コーチにインタビュー。
ご存知の通り、今年のヤクルト大躍進の大大大立役者。

シーズン途中から打撃コーチに就任し、
そこからヤクルト打線は大爆発をする。

そこで、一体、何があったのか?

ヤクルトファンとして、ぜひ聞いてみたく、
編集者に頼み、インタビューを実現させてもらった。

たとえば「前田健太対策」について話を聞いた。
これだけ狙い球を絞る指示をしていれば、
打者は打席内での迷いが相当減るだろう。
そんなことを感じさせてくれるインタビューとなった。

これから秋季、春季キャンプで野村ID野球を復活させるという。
ぜひぜひ、来季のヤクルト打線に大いに期待したい。


さて現在、伝説の番組『プロ野球ニュース』の
ドキュメントを書こうと、今、取材中。

佐々木信也氏、中井美穂氏、番組製作者に話を聞いた。
明日は佐々木信也・関根潤三・土橋正幸という、
僕にとっては「夢のトロイカ」、ゴージャスな鼎談取材を行う。
こちらも、編集者にお願いして実現した夢の企画だ。

ちなみに土橋、関根氏は、80年代、僕が中、高校生の頃、
「ヤクルト暗黒時代」に監督を務めていたお2人。
……あぁ、あのときのオレに教えてあげたい。

(大人になったら、両監督にゆっくりお話を聞くことになるよ)と。

はてさて、どうなることやら? 楽しみで眠れない。

……おっと、CSで『プロ野球ニュース』が始まった。
あっ、関根さんが生放送で出演している。
明日の昼間の取材、よろしくお願いします(笑)。



さて、ようやく本題。


本日(22日)は、1年ぶりに高橋ユニオンズOB会に出席。
もちろん、僕はOBではない(笑)。

けれども、取材を通じて知り合った方々が一同に会するということで、
図々しくも参加させていただき、昼から楽しく酒を呑んだ。

この会の終了後には、ずっとお話を伺いたかった、
河内卓司さんにお時間をいただき、お話を聞いた。

今年90歳になった河内さんのお話もまた刺激的だった。
「最後の早慶戦」出場者であり、
「最初の日本シリーズの最初の打者」でもある河内さん。

戦時中のこと、ユニオンズ時代のこと、
特定の試合についても記憶が鮮明で、
本当に楽しい時間を過ごさせていただいた。

高橋ユニオンズ取材、まだまだ続きます。
11月に入ると、また新たな展開が始まりそうです。

さて、現実逃避をやめて、再び原稿に取り掛かります!









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2010年10月18日

少しずつ、少しずつ……

駅・STATION

週末も地道に取材をしつつ、並行して新刊原稿を書いていた。

16日には、ついに念願かなってお2人の方にお会いした。
両者はともに、高橋ユニオンズのオーナー高橋龍太郎氏のお孫さん。

お1人は79歳、もう1人は69歳。
お二方ともお元気で、話も楽しかった。

さらに、当時の資料がきれいな形で保存されていたのにも感激。
それらの資料を拝見しつつ、

「まだまだ自宅にはたくさんありますよ」

とのことなので、今度、ご自宅にお邪魔する約束をした。

それにしても……と改めて思う。

僕にとっては、遥か彼方にあった、
昭和29、30、31年のできごとなのに、
当時の関係者に会って話を聞いていくうちに、
少しずつ、少しずつ、身近なものとなりつつある。

まだまだ取材が足りないのはわかっているけれど、
最初は、霧の中だったにも関わらず、
今では、おぼろげながら当時の景色が見えつつある。


たとえば、特急「はと」「つばめ」での遠征風景。

3等席は普通車、2等席はグリーン車、1等席は展望車。
他球団の選手たちが2等席に座っているのに、
ユニオンズの選手たちは3等席で移動していた。

背もたれが直角で、座っているだけで腰が痛くなる木の座席。
それに揺られて、東京から大阪までは8時間の行程。
途中、豊橋でいなりずしの弁当を買って、
みんなで仲良く移動している様子……。

そんな光景が少しずつ頭に浮かびつつあるのが嬉しい。


……さてさて、現実逃避はやめて、
そろそろ原稿にとりかかろう……。




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2010年10月15日

所属年数1年、出場試合0の元プロ野球選手

雨上がりの黒蝶

昼下がりの軽井沢は涼しくて気持ちがよかった。
本日は、軽井沢の別荘で元プロ野球選手の取材。

現在74才の、その方が高橋ユニオンズに在籍していたのは、
1954(昭和29)年、彼が18才のときのわずか1年だけ。
試合出場経験は「0」。2軍の試合で2試合を投げただけ。

その年のオフ、19才になったばかりで
球団から解雇通告を受け、以来55年が過ぎた。

長い人生の中のわずか1年。
それでも、その記憶はヴィヴィッドなままだった。

たとえ、わずか1年だけの在籍であっても、
たとえ、わずか1試合の出場経験さえなくても、

「私は、確かにプロ野球選手でした」

という、彼のプライドが僕の耳に心地よく響いた。

……それにしても、聞けば聞くほど、
高橋ユニオンズというのはメチャクチャな、
だからこそ、魅力的なチームだったと再認識。

ぜひ、いい形で連載を終え、いい形で書籍化したい。





shozf5 at 19:08|PermalinkComments(3)

2010年10月07日

現「国民的アイドル」&元「チャイドル」取材!




ここ数日、インタビュー三昧の日々。
昨日は、AKB48の高橋みなみさんと板野友美さん取材。

目の前に対峙する2人は、
ステージやテレビ画面から見ていたより、
ずっと小柄で華奢な印象で驚いた。

やはり、「現役アイドルの風格」が、
彼女たちを実際の身長よりも大きく見せていたのだろう。

今回、聞かなければいけないテーマがあったのだけれど、
取材前半に、それを聞き終え、取材後半は、
ずっと取材を続けている「アイドルとは何か?」という質問をした。

さすがに「国民的アイドル」と言われているだけあって、
その発言は、キラキラして眩しいほどだった。

高橋さんいわく「アイドルとは元気を与えられる人」、
板野さんいわく「アイドルとは輝いている人」とのこと。

確かにAKB48は、
「多くの人に元気を与え、輝いている人」の集団だ。


すべてにおいて如才なく、ハキハキと質問に答え、
なおかつ取材者である僕への気遣いを見せる点にも、

(さすが、売れている人だけあるなぁ……)

と2人の受け答えには感心した。

つくづく、「人は年齢ではないな」と思う。
若くてもしっかりしている人はいるし、
年をとっていてもちゃらんぽらんな人もいる。
そんなことを感じた次第。


で、そのまま中目黒に移動。

毎月恒例の「元アイドル」取材をした。
15回目の今回は、元祖「チャイドル」吉野紗香さん。
こちらは2時間のロングインタビュー。

12歳で「チャイドル」として話題になり、
順調な芸能生活を送っていた彼女は、
17歳のときにテレビで他のアイドルの暴露話をして、
世間からの大バッシングを受けた。

今回のインタビューでは、バッシング渦中のことを
振り返ってもらうのが第一の目的だった。

――騒動から11年。

彼女は、当時の心境を淡々と振り返ってくれた。
取材終了後、彼女に何度もお礼を言われた。

最近になって、ようやくあの当時のことを
振り返る余裕が生まれていたという彼女。
少しでも心のつかえが取れたのだと嬉しいのだけれど。

それ以外にも「芸能界で生き抜く方法」や、
「個として生きていく覚悟」など、
男前の発言の数々にはとてもしびれさせてもらった。

楽しみに、原稿に取りかかることにしよう。

さぁ、今日はこれから別件の取材だ。
今日も頑張りますです。









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2010年10月01日

AKB48インタビューを控えて……

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……柄にもなく緊張している。
実は来週、AKB48のインタビューをすることになった。

毎月「元アイドル」へのロングインタビューを続け、
一編の物語を綴っているし、旬の女優や歌手への
インタビューも何度も行っているにもかかわらず、
なぜだかAKB48に対しては、緊張を覚えている。

メンバー2人に短い話を聞くだけなのに、
長州力以来の緊張を覚えてしまっている自分がおかしい。

自分でもどうしてだかわからないけど、
ここ最近、マイナーなテーマばかり取材していたせいか、
あまりにも眩しすぎる旬のアイドルに臆しているのか(笑)。


ということで、狂ったようにAKB48関連本を読んでいる。
また、映像資料も集めて見まくっている。


(やっぱり旬の人たちの輝きは違うなぁ〜)


他の原稿を書きつつ、そんな思いも抱きつつ、
僕は届いたAKB48本を読みあさるのです。





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2010年09月22日

長渕剛氏との1枚

長渕氏と

本日(21日)、新刊の打ち合わせで軽く呑む。
八海山をいい感じで呑んで、0時前に帰宅。

で、ちょっと思うところがあって、
資料部屋で昔の本を探していたら、
自分でも忘れていた懐かしいものを見つけた。

それは、僕がインタビューをしているときの写真。
野球選手やアイドルやミュージシャンなどさまざま。
同席したカメラマンが撮ってくれた写真ばかり。

格好をつけるわけじゃないけど、
いずれも、断り切れずに写したものばかりで、
自ら望んで撮った写真は一枚もない。
僕は写真を撮られることは好きじゃない。


でも、やはり記録に残しておくということは面白い。
写真を見ながら、インタビュー時のことを色々思い出した。

で、印象的だったのが、上に挙げた一枚。
2005年の日本武道館での長渕剛ライブでの一コマ。
僕は長渕さんの隣で緊張した面持ちで写っている。

でも、よく見てほしいのは、僕以外の人もみな緊張している点。
右端に写っているのは、プロレスラーの金丸義信氏。
やはり、彼も緊張した面持ちでたたずんでいる。

とにかく、決死のライブを見た直後だけに、
気安く声をかけられる雰囲気ではなかったのだ。
ここで白い歯でも見せようものなら、
絶対に怒られ、殴られ、蹴られそうな雰囲気だったのだ。


それにもかかわらず、長渕さんのスタッフが、

「今日の記念に、みんなで写真を撮りましょう!」

と言うので、(いいのかな……)と思いながら撮ったのがこの写真。

「ハイ、チーズ!」と言われたにもかかわらず、
誰ひとり「ピース」も「笑顔」もないのが逆に可笑しい。


でも、実際の長渕さんは「今日はどうもありがとうね」と
みんなと握手をしていて、とても人当たりのいい方だった。

長渕さんのライブには何度も行っていて、
別のライブでも写真を撮ったのだけれど、
それがどこにあるのか、今は見つからなかった。


(あれからもう5年が経ったんだなぁ……)


会社を辞めてフリーになった直後、
長渕さんの桜島でのオールナイトライブに行った。

ライブ終了後、控室で倒れてしまった姿は忘れられない。
久しぶりに長渕剛ライブに行きたくなった。

そんなことを噛みしめながら過ごす夜なのです。








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2010年09月09日

初代タイガー、藤波、浜田、長州、藤原、天龍……。もう贅沢過ぎて、お腹いっぱいです(笑)!

夢の3ショット

昨日(8日)は、後楽園ホールまで、
リアルジャパン・プロレス観戦。
目的は、もちろんメイン・イベント。

試合前には、本日からアメリカに旅立つ、
藤波さんにご挨拶し、ちょっとした打ち合わせ。

さて、そのメインイベント。


『猛虎』初代タイガーマスク
『飛龍』藤波辰爾
『小さな巨人』グラン浜田
      対
『革命戦士』長州力
『風雲昇り竜』天龍源一郎
『テロリスト』藤原喜明



……う〜ん、何という豪華カードだ。
以前、プロレスファンじゃない人から、
「40歳を過ぎて闘うこと」の是非を質問された。

そのときはプロレスファンでありながら、
何て答えていいかわからなかったけど、
プロレスとは、総合格闘技とは違って、
その年齢に応じた闘い方ができる点が
他に比類ない魅力なのだと答えたいかな。

メインは一人一人別々に入場した。
もちろん、それぞれ自分のテーマ曲で入場する。

後楽園ホールに、それぞれのテーマが鳴り響き、
それぞれが入場してくるだけで、
何とも言えない幸福感に包まれた。
……オレ、この世界観好きだなぁ(笑)。




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2010年09月01日

痛みと傷を、力に変えて 〜安原麗子さんインタビュー〜



本日(31日)は、「元アイドル」連載の第14回目取材。
取材のお相手は、元少女隊の安原麗子さん。

現在、80年代プロレスの取材を続けているけれど、
こちらの連載では80年代アイドルの取材が続く。
僕の中で「80年代」というのはひとつのテーマなのかな?
無意識ながら、そっちのほうに興味が向かっている気がする。

さて、安原さんもまた魅力的な人だった。
デビューに30億円という多額な資金を費やし、
少女隊は84年に14歳でアイドルデビュー。

ということは、ほぼ僕と同い年ということになる。
当時の僕は、ヤクルトと猪木に夢中の少年だったけれど、
女性週刊誌の編集者だった父が「少女隊」グッズを、
大量に家に持ち帰ってきたことはよく覚えている。

ということで、当時の楽曲を繰り返し聴いて、
これまでのインタビュー記事を整理して取材に臨む。

彼女の取材ポイントは、明確だった。

ヌード写真集出版の過去を「なかったもの」に封印していたのに、
今では「あの頃があったから今がある」と考えが変わった点だった。


バブルのとば口にあった日本経済の中で、
芸能界がまだ芸能界らしかった頃。

「グリコ・森永事件」や「ソウル五輪」など、
歴史的出来事とアイドルとの奇妙な接点。

「グリコ事件」のために、グリコCMに出演していた少女隊は、
わずか一週間の放送だけで、CMがお蔵入りとなっていた。

また、アジア戦略をとっていた少女隊は、
88年のソウル五輪に向けて「KOREA」という曲を出す。
韓国でも大いに受け入れられていたが、
彼女たちは、当時まだ「日本語禁止」だった韓国で、
(あえて)日本語で歌を歌い大騒動を巻き起こした。

いつものように、インタビュー用の年表を作っていて、
自分の中学、高校時代の思い出がよみがえってきて、
今回も楽しく年表作りができた。


「騙し」と「脅し」が混ざったような撮影現場の話や、
うつ病になって、精神に変調をきたした頃の話。

「騙された」とは言いたくないし、泣き言は言いたくないので、
あえて強がったことで、精神を病んでしまっていたのだった。


その状態を救い出してくれた優しい人々とのふれあい。
結婚、出産によって変わった人生観……。


取材のエピソードには事欠かないので、
今回もあっという間のインタビュー終了となった。

思い出したくない話も多かったにもかかわらず、
ご本人もいろいろと話してくれて本当に助かった。

彼女のブログには、この日のことが記されていた。


2010年08月31日(火)取材受けてきました〜


こちらこそ、楽しい時間でした。
どうもありがとうございました。
ホントにこの連載は楽しいなぁ。

※ピンクの衣装で真ん中で歌っているのが安原さん。
デビュー曲の『FOREVER』は、ホント名曲だと思う。


※追記2012.08.24
このときのインタビューに加筆したものが書籍となりました。
私がアイドルだった頃
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どうぞよろしくお願いいたします!




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2010年08月28日

「プロレスの匠」〜長州力の言語感覚〜

藤波・長州

昨日(27日)は、満を持しての長州力選手インタビュー。
ここ最近忘れていた緊張感を伴っての取材となった。

やっぱり、僕ら世代には「長州=キレる人」という
イメージが沁みついてしまっているので、
「絶対に粗相があってはいけない」、でも、
「絶対にこれだけは聞かなくてはいけない」という、
二律背反した思いを抱えた上でのインタビューだった。


結論から言えば、すべて杞憂に終わった。
同席してくれた編集者とも話したのだが、
彼は「天性の詩人」だった。


藤波との「名勝負数え唄」をワインになぞらえたり、
芽が出る前の「逃げた」自分を情感を交えて告白したり、
興行会社の宿命を「ピリオドを打つこと」と言いきったり、
暴露本によってめちゃくちゃになった今のプロレス界を、
「オープンキッチンカフェ」と「田舎の定食屋」で例えたり、
彼独特の言語感覚と比喩にはしびれっぱなしだった。


彼の言う「プロレスの匠」とは、
現在のレジェンドたちを的確に言い表している。


また、話の節々に出てくる藤波辰爾への親愛の情と、
師匠アントニオ猪木への尊敬の念の表明は、
当時の新日本プロレスに熱い思いを抱いていた
すべての新日ファンにはたまらないはず。


年に何回かしかない緊張のインタビューは、
年に何回かしかない大満足の取材となった。

さぁ、今日も、これから別件の取材だ。頑張りますです!




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2010年08月24日

ヘアヌードはしない 〜後藤理沙さんインタビュー〜



先日、後藤理沙さんのインタビューをした。
毎月、行っている「元アイドル」連載の13回目。

彼女は98年、99年のポカリスエットのCMが印象的。
デビュー後、すぐに連ドラ出演、映画の主演が決まり、
順風満帆のデビューを飾った。

しかし――。

彼女は19歳のときに、突然、芸能界を引退する。
地元の福岡に戻って、バーテンダーとなったり、
ダーツ選手として、全国の大会に参加したりした。

そして、22歳のとき「マイナスからのスタート」と、
覚悟を決めた上で、芸能界復帰を決めた。

本人の覚悟以上に、芸能界は厳しかった。
引退前と比べると仕事は激減した。
それでも、地道に活動を続けていた。

一方、私生活では07年に結婚し、09年に離婚。
09年には脂肪吸引、豊胸手術の美容整形を施す。
一時期はホームヘルパーとして週五日働き、
芸能活動は週末だけに限られることもあった。
現在は芸能活動一本に絞って活動することを決めた。

一度、引退し、復帰をした「元アイドル」には、
これまで何人か、話を聞いた。
彼女たちの多くは復帰を機にヘアヌードを発売している。
当然のように、後藤さんにもオファーがあったという。


「雑誌社の人って、みんな私を脱がせようとするの」


あっけらかんと彼女は笑った。そして、言葉を続けた。


「私ね、後悔したくないから脱がないの」


毎回毎回、「アイドルとは何か?」という壮大なテーマを
解明すべく取材&執筆を続けているけれど、
まだまだ、その謎は解けそうもない。

いいことも悪いこともたくさんあったアイドル時代。
狂騒の時代を改めて振り返る彼女たちは、
例外なく美しく、魅力的だ。

ぜひ、これまでお話を聞いた方々の物語を、
きちんとした形でまとめて発表したいと思う。











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2010年08月12日

ロングインタビューが続いています!

DSCN5850


11日は新テーマの取材初日。観光地化した汐留のホテルへ、
90年代のジャイアンツを支えた投手のロングインタビュー。
これから何度か話を聞くうちの初回。
球界の盟主ならではの自負を聞いていきたい。

12日は、藤波辰爾氏の3時間インタビュー。
これで実に8回目。時間にして24時間か。
かなり色々なお話が聞けて毎回楽しみに臨んでいる。

最近、一人の人にじっくりと話を聞く機会が増えた。
少しずつ、理想的な仕事環境ができつつある。

来週に控えた「元アイドル」の資料を整理し、
またまたロングインタビューの準備をしたい。


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2010年08月08日

あれから22年。本日、猪木対藤波の邂逅が!

あぁ、アントンと!


今から22年前、1988年8月8日――。
僕は、当時18歳だったこの日のことを生涯忘れない。


この日、横浜文化体育館で、

チャンピオン・藤波辰爾対挑戦者・アントニオ猪木

両雄の息詰まる闘いが繰り広げられた。


結果は両者徹底的に攻め続けた上での60分フルタイムドロー。
試合終了後、長州力が突然現れて、
猪木を讃えるために、自ら肩車した姿がありありと浮かぶ。

また、この日のテレビ中継を当時プロレス中継から離れていた
古舘伊知郎アナが実況を務めたことも思い出深い。


「藤波〜、猪木を愛で殺せ!」

「2人の猪木が闘っている!」

「もういいじゃないか猪木と叫びたい!」



当時18歳のボンクラ少年は古舘節に大興奮したものだ。

猪木の引退がいよいよ現実のものとなるのか?
悲願の「猪木越え」をついに藤波が達成するのか?

テーマ性も抜群だったし、古舘氏の実況も最高だったし、
試合内容も文句のつけようがないものだった。

僕は昨年猪木氏にインタビューをして一冊の本を書いた。
そして現在、集中的に藤波氏に話を聞いているし、
今月中には、長州力氏にも話を聞くことになっている。

当時の僕が、今の僕の状況を聞いたなら、
絶対に「ウソも休み休みに言え」と信じないだろう。



さて、あの88年8月8日から22年を経た本日。
僕は今日、猪木氏と藤波氏と会う。
しかも、場所はあの日試合が行われた横浜で。


あの2人が久々にゆっくりと話し合う。


そこでは一体、どんな話が展開されるのか?

さっき、藤波さんに電話をかけてみたら、
「楽しみだねぇ〜」と本人も大いに期待していた。


……うーん、興奮して寝られそうにない、寝不足なのに(笑)。
あの日の試合のビデオが手元にある。60分見直してみようかな?





shozf5 at 00:37|PermalinkComments(2)TrackBack(0)
PROFILE
SHOICHI HASEGAWA 
1970年5月13日・東京生まれ。
ノンフィクション・ライター
日々、旅をして、人に出会い、
話を聞き、それを文章にする。
そんな日々の雑感です。
長文になると思います。

ちなみに、上の写真は、
モハメド・アリ@北朝鮮です!
(07年3月1日付参照のこと・笑)
shozf5@gmail.com


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