2016年01月10日

角富士夫氏に36年前のお礼を伝えに行く!

角富士夫氏

僕がヤクルトファンとなった決定的な試合。それが80年4月26日、神宮球場での対阪神戦。初めてヤクルトファンクラブに入会した10歳になる直前のこと。

それまでも何度か野球観戦に連れられていたようだけど、あまり記憶がない。でも、この日初めて家族全員で神宮に行き、そのまま赤坂のホテルにみんなで泊まってすごく楽しかったことをよく覚えている。

この試合で若松勉は4打数2安打。その雄姿に一気にファンになった。そして、もう一人のヒーローが角富士夫。4対4の同点の場面でサヨナラホームランを放ったのが角さんだった

「あの試合のことはよく覚えていますよ。打席に入る前に武上監督から“狙っていけ”って言われてね」

現役生活20年、通算1521試合に出場。それでも、36年前の試合のことをよく覚えていた。プロ野球選手のインタビューをしていると、いつも「よく覚えているなぁ」と感心することが多いけど、角さんもまた当時の心境を生々しく語ってくれた。

荒川博監督から始まり、広岡達朗、武上四郎、土橋正幸、関根潤三、野村克也監督の下で20年間のプロ野球生活を送った。広岡監督率いる78年の初優勝にも貢献し、80年代の低迷期も味わい、野村監督の下で2度の優勝も経験した。

「ヤクルトには二つの流れがありますよね。《野村監督以前》と《野村監督以後》と……」

高校卒業後、現在に至るまでスワローズ人生ひと筋の角さんの話は、今度の新刊執筆に向けて大いに参考になった。36年前のサヨナラ試合。あの試合がなければ、僕はこんなにヤクルトに夢中になることもなかっただろう。「あの試合があったから、今があります」、そんな思いを込めて「ありがとうございました」と伝えた。

「いやいや(笑)。でも、そう言ってもらえると本当に嬉しいです」

ヤクルトOB、現役選手取材、まだまだ続きます。


shozf5 at 09:12│ ヤクルト書籍関連 
PROFILE
SHOICHI HASEGAWA 
1970年5月13日・東京生まれ。
ノンフィクション・ライター
日々、旅をして、人に出会い、
話を聞き、それを文章にする。
そんな日々の雑感です。
長文になると思います。

ちなみに、上の写真は、
モハメド・アリ@北朝鮮です!
(07年3月1日付参照のこと・笑)
shozf5@gmail.com


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