2015年06月09日

新刊『2009年6月13日からの三沢光晴』発売です!



早いもので三沢さんが亡くなって、今度の6月13日で6年が経つ。七回忌に向けて、新刊『2009年6月13日からの三沢光晴』(主婦の友社)が6月10日に発売される。

あの日、現場にいたレスラー、マスコミ、そしてご遺族の許可を得たうえで、三沢さんの最期を看取った3人の医師たちに話を聞いて、「あの日の三沢光晴」と、「あの日からの三沢光晴」を描いた。


リング禍が起きた6月13日午前2時、三沢さんは「ある女性」に電話をかけていたことが関係者への取材でわかった。この電話から始まり、三沢さんが亡くなった翌朝までを描いた第一部。

そして、「あの日」から6年が経ち、遺された人々の中に今も息づいている「三沢イズム」を描く第二部。

第一部を聞く場面では、取材をしていて、何度も息苦しくなった。思い出したくない過去を蒸し返す心苦しさもあったし、三沢さんが亡くなる経緯が生々しくもあったからだ。

一方の第二部においては、6年が経つというのに、それぞれの人々の中に有形無形で「三沢の教え」が息づいているのがよくわかった。

本書では「三沢さんの死」を通じて、今も多くの人に影響を与え続けている「三沢さんの生」を描いたつもりだ。

ぜひ、多くの人に読んでもらいたいと心から願っています。どうぞよろしくお願いいたします。


以下、「アマゾン」の内容紹介より。


稀代の名レスラー・三沢光晴がリング上の事故で命を落とした2009年6月13日。当日、会場にいた選手、マスコミ、そして治療にあたった医師の証言から、あの日起こった出来事の真相に迫る。死因は即死とも思われる頸髄離断だったが、ICUでは一度心拍が再開していたという。広島大学病院の救命医があの日のICUでのことを初めて明かす。そして最後の対戦相手となった齋藤彰俊は事故から数カ月後、三沢が生前に残したメッセージを受け取っていた。「社長からのメッセージを受け取って、すべて受け止めて現役を続けるという自分の決断は間違っていないと思えました」という齋藤は「答えは自分で見つけろ」という三沢のメッセージを胸に今も歩み続けている。また、小橋建太、潮豪、丸藤正道、鈴木鼓太郎、浅子覚、西永秀一ら深い関係を持つ人物たちにとって2009年6月13日からの三沢光晴はどう息づいているのか? 

目次

序 章 三沢光晴からの電話

【第一部 2009年6月13日の三沢光晴】
第一章 午後三時、会場入り
第二章 午後八時四三分 バックドロップ
第三章 午後一〇時一〇分 最期の瞬間
第四章 翌朝七時、齋藤彰俊の決断
第五章 それぞれの六月一四日

【第二部 2009年6月13日からの三沢光晴】
第六章 二〇一五年、春――あれから六年
第七章 レスラーたちのそれから
第八章 三沢光晴からの伝言

終 章 オレのマブダチ


shozf5 at 21:29│ 執筆、執筆、執筆…… 
PROFILE
SHOICHI HASEGAWA 
1970年5月13日・東京生まれ。
ノンフィクション・ライター
日々、旅をして、人に出会い、
話を聞き、それを文章にする。
そんな日々の雑感です。
長文になると思います。

ちなみに、上の写真は、
モハメド・アリ@北朝鮮です!
(07年3月1日付参照のこと・笑)
shozf5@gmail.com


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