2015年01月22日

大豊泰昭氏からのラストメッセージ

大豊氏一本足


1月18日、中日ドラゴンズなどで活躍した大豊泰昭氏が亡くなった。51歳という若さだった。

一昨年秋、僕は大豊氏にインタビューをした。テーマは「一本足打法について」。王貞治氏はもちろん、片平晋作氏、駒田徳広氏など、一本足打法に挑戦した方々に会って、一本足打法とは何なのか? なぜ、今ではあのようなフォームの打者はいないのか? そんなことを尋ね歩いていた。

大病を患ったことは聞いていたけれど、目の前に現れた大豊氏の痩せ細った身体に言葉を失った。現役時代の偉丈夫なイメージとはほど遠く、それはまさに病人そのものだったからだ。

それでも、大豊氏は饒舌だった。話しているうちに、身振り手振りを交え、さらに静かに立ち上がると一本足打法の極意を実演を交えて伝授してくれた。「体調はあまりよくない」と聞いていたから、内心ではハラハラしていたけれども、一度、構えに入ると見事にビシッと決まったのが、本当にカッコよかった。

波乱万丈の野球人生に加えて、ときおり交えるユーモア。歯に衣着せぬ毒舌などがバランスよくミックスされていて、お話はとても面白かった。ただ、ときおり見せる、寂しそうな発言が切なかった。

大豊氏


ハッキリとは明言しないものの、「外国人が外国で暮らすことの厳しさ」、「閉鎖的な日本野球界の弊害」をにじませる発言も、ちらほらと漏れてきた。


最新刊『プロ野球、伝説の表と裏』にも書いたけれど、彼が漏らしたこんなセリフが胸に刺さる。


「台湾からやってきた僕が世の中で認めてもらうためにはホームランしかなかった。みんなを満足させられるのはホームランだけだった。僕は14年間で277本のホームランしか打っていません。でもね、僕のホームランはその一本、一本が涙と汗と血の結晶でした。一本のホームランを打つことに必死でした」


一本足打法修得は、本当につらく厳しい道のりだったという。大豊氏は「生まれ変わったら二本足で打ちたい」とも言っていた。それでも、一本足打法のおかげでホームラン王も獲得できたことも大豊氏は重々、承知している。

長時間に及んだインタビューの後、彼はなおも話し続けてくれた。たわいもない雑談もまた絶妙な話術で時間の経つのを忘れさせてくれるほどだった。

この雑談の中で、自費出版で写真集を作ったことを聞いた。「一部、購入させて下さい」と頼むと、「お金はいいよ」と大豊さん。そんなわけにもいかないので、お支払いすると「押し売りしたみたいでゴメンね」と笑顔。

そして、大豊さんは言った。

「実はね、こんなものを書いてみたんですよ……」

そこには、きれいな字で大豊さんの「打撃理論」がまとめられていた。

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感心して読んでいると、僕にひと言、「よかったら差し上げますよ」と言った。

A4六枚、すべて直筆による力作だったために恐縮していると、「ぜひ、もらって欲しいんです」と笑顔になった。

今となっては、どうしてそんなことを言ってくれたのかわからない。原稿を書く際の参考のためだったのか、それとも、書籍化を希望していたのだろうか?

文章の最後には、こう記されている。

「さぁ……、自分の感性と慣性を磨こう。自分の能力を信じて努力する。夢は簡単に実現できないが、あきらめと中途半端だけはやめよう。厳しく、楽しく、頑張ろう」

努力の人が、静かに逝った。早すぎる死を悼んで、合掌。






shozf5 at 16:40│ 忘れられぬインタビュー 
PROFILE
SHOICHI HASEGAWA 
1970年5月13日・東京生まれ。
ノンフィクション・ライター
日々、旅をして、人に出会い、
話を聞き、それを文章にする。
そんな日々の雑感です。
長文になると思います。

ちなみに、上の写真は、
モハメド・アリ@北朝鮮です!
(07年3月1日付参照のこと・笑)
shozf5@gmail.com


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