2012年12月26日

W杯3連覇への道・その7【それぞれの大会前夜】

W杯3連覇への道・その7【それぞれの大会前夜】
取材・文/長谷川晶一


開会前夜ミーティング (2)

現地時間8月10日に予定されていた初戦のベネズエラ戦は、 ベネズエラのビザ発給が遅れたために入国も遅れ、その結果「日本対ベネズエラ」は15日に順延されることが決まった。カナダ入国早々のハプニングだったが、選手たちの間には大きな動揺は見られなかった。しかし、その結果、日本チームは9日間で9連戦を戦うという、超過密日程を強いられることとなった。

現地時間8日にカナダ入り、9日に時差調整を兼ねて簡単な練習を行い、10日の大会初日に開会式のみの参加。「早く試合がしたい」とウズウズしていた10日の夜。翌日に初戦を控えたマドンナジャパン20名たちは思い思いの夜を過ごしていた。

23時を過ぎた頃だった。新谷が選手たちに声をかける。「これからミーティングをするから、みんな集まれ」大会前夜、深夜ミーティングが始まろうとしていた。

まず、清水稔コーチ(元三菱重工神戸監督)が口火を切る。

「これからの9日間。みんな頑張ってほしい。いい流れは、いい動きから。これを忘れずにいてほしい」

続いて、新谷博監督(元西武など)が口を開く。

「大会にも、1試合にも《流れ》というものがある。いい流れを引き寄せるには、ネガティブなことを考えたり、口にしたりしてはダメだ。全員がプラスの考えをもって、プラスの行動をしなければダメなんだ」

選手たちは神妙な顔で、その言葉を噛みしめていた。

直井断髪式

選手宿舎となった、アルバータ大学学生寮10階。そのラウンジで人垣ができていた。輪の中心にいたのは、神妙な顔をして正座している直井友紀(侍)とバリカンを手に満面の笑みを浮かべている中島梨紗(侍)だった。中島はおかしくてたまらないといった様子で、バリカンを巧みに操りながら三本の線を刻んでいる。鏡を手にしながら直井は笑う。

「一応、三連覇の願いを込めて、三本のラインを入れてみました。まぁ、自分に気合いを入れるっていう意味です。似合いますか?」

チーム一のムード・メーカ―である直井の周りにはいつも笑顔が絶えなかった。

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ラウンジにバットを持って現れたのが萱野未久(シリウス)だった。前日の全体練習終了後もずっとバットを振っていた萱野は試合前夜も、バットを手放すことがなかった。カナダ入りする前から、京都アストドリームス・佐々木恭介監督(元近鉄など)から、フォーム改造の指導を受けていた萱野はバットのヘッドを意識したスイングを続けていた。時刻は深夜0時になろうとしていた。

新谷監督厨房に!

一方、新谷監督は厨房に立っていた。他国の試合を視察に訪れていたために、宿舎に戻ってきたのは22:40過ぎだった。すでに食堂は閉まっていて食べるものは何もなかった。新谷監督をはじめ、清水コーチ、そして協会スタッフたちは空腹を覚えていた。「仕方ない、今日はオレが作るか!」宿舎に戻る前に、みんなでスーパーに買い出しに出かけていた。新谷は言う。

「家では料理なんかしませんよ。 学生時代以来です。長谷川さん、これ書かないでくださいね。女房が見たら、“あんた料理できるなら、少しは手伝いなさいよ”って怒られるから(笑)」

新谷は、スモークハムを焼き、砕いたにんにくのチップをまぶした白身魚のソテーを作りみんなに振る舞った。それをワインとともにいただく。お世辞ではなく、それはとても美味しいものだった。

翌日に先発することになる小西美加(大阪ブレイビーハニーズ)は大きな鍋にポトフを作って、みんなに振る舞った。

初戦の相手はオランダ。日本の実力と比べれば、かなり格下であることは間違いない。緊張感よりも、和やかな雰囲気で時間が流れていく。日本の初戦は11日13:30から。いよいよ、9日間の激闘が始まろうとしていた――。

マドンナジャパン 光のつかみ方――世界最強野球女子
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shozf5 at 10:53│ 今日も元気に女子野球! 
PROFILE
SHOICHI HASEGAWA 
1970年5月13日・東京生まれ。
ノンフィクション・ライター
日々、旅をして、人に出会い、
話を聞き、それを文章にする。
そんな日々の雑感です。
長文になると思います。

ちなみに、上の写真は、
モハメド・アリ@北朝鮮です!
(07年3月1日付参照のこと・笑)
shozf5@gmail.com


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