2012年05月16日

温故知新連載2【ヤクルトファンブック・1980〜1982編】

前回の第1回【1976〜1978編】が、意外な反響だったので、
調子に乗って、第2回【1980〜1982編】をお届けします!

1980


前回明記した通り、1979年版は手元にないので、
1年飛ばして、続いては1980年版

さぁ、やはりこの年もイラストで若松勉の単体。
この頃、「ミスタースワローズ」の称号は完全に若松のものだった。

当時、小4だった僕は、若松勉とアントニオ猪木に、
心から惚れていた。心酔、溺愛、寵愛、偏愛……、
何と言っていいかわからないほど、この2人が大好きだった。


……おっ、意外な発見。
76〜78年までは、右閉じ左開きだったけれど、
この80年以降は、左閉じ右開きにマイナーチェンジ!

この年からは、「ケンカ四郎」・武上四郎が監督に就任

この年の「三本柱」は、松岡弘、鈴木康二朗、安田猛
そして、「第二の三本柱」として紹介されているのが、
寮長・梶間健一、PL・尾花高夫、そして、後頭部直撃・井原慎一朗

「後頭部直撃」とは、キャッチャー・大矢の二塁送球が低すぎて、
しゃがんでいた井原の後頭部を直撃した、
80年代に何度も繰り返された「珍プレー」のことです。

ルーキーは、大川章に岩下正明片岡大蔵は期待外れだった。
で、助っ人は快足自慢のスコット、とにかく足が速かった。

そして……、アレ、アレ?
この年、パラーゾがいたのに、載ってないぞ。

と思ったら、後半のカラーページに載っていた。
パラーゾは、後にメジャーで指導者として活躍するんだよな。
マリナーズでコーチをやっているのをみて、すごく嬉しかった(笑)。

この年、角富士夫のサヨナラホームランを生で見た。
阪神のピッチャーは池内豊だった。
なぜ覚えているかというと、図工の課題で、
この試合の絵を描いて、表彰されたから(笑)。


で、この年は広島に大差をつけられての2位。
……さぁ、ここからヤクルト暗黒時代の幕開けだ(笑)。

1981


続いて1981年版
おぉ、ようやく表紙がイラストから写真に変わった。

ちなみに、表4(裏表紙)は武上監督の「ヤクルトタフマン」広告
キャッチコピーは、「ここ1番にこの1本」!
このテレビCM、よく覚えてる。

中西太コーチとともに出演し、「辞書には載ってません」、
「乗ったよ」と辞書の上にタフマンを乗せるやり取りだった。

期待のルーキー・竹本由紀夫、散々だったよなぁ。
そして、最大の誤算はヤクルトに復帰したマニエル

この年、開幕前に「シーズン1号はいつ?」クイズがあって、
全然出ないで、まったく尻すぼみ企画になっちゃったんだよな。


この年のチーム最年長は、神部年男か。
おっ、48ページには、野村克晃が出ている。
後の団野村さん。プレーを見た記憶は全然ない。

img150



1982


さぁ、続いて1982年版

この年のルーキーは、宮本賢治だ! 当時はニキビが多かった。
そして、現監督・小川淳司の入団もこの年。

まったく活躍しなかったけれど、森長隆もこの年入団か……。
オレ、この年のファン感謝デーでこの人にサインもらったなぁ。
アレ、どこに行っちゃったんだろうなぁ……。

この年の外国人は、ラリー・ハ―ロー、デビッド・デントン

ハーローは開幕戦でのズッコケタイムリーエラー、
デントンは、ド貧乏のボロボログラブのテスト生

今の僕には、この程度の思い出しかない。


前年に盗塁王を獲得した青木実が、大きく掲載されている。
セカンド盗塁シーンの連続写真は、なかなか美しいフォーム。

特集企画には「角富士夫選手の追っかけレポート」が。
これを読むと、角は自動車免許を持っておらず、
池尻大橋から表参道経由で外苑前に「通勤」しているという




……さぁ、連載3回目は【1983〜1985年版】です!







shozf5 at 10:22│ スタジアムでビール! 
PROFILE
SHOICHI HASEGAWA 
1970年5月13日・東京生まれ。
ノンフィクション・ライター
日々、旅をして、人に出会い、
話を聞き、それを文章にする。
そんな日々の雑感です。
長文になると思います。

ちなみに、上の写真は、
モハメド・アリ@北朝鮮です!
(07年3月1日付参照のこと・笑)
shozf5@gmail.com


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