2011年10月15日

太平洋クラブライオンズ、そしてクラウンライターライオンズ!!  ――二番煎じと言わないで(笑)――

太平洋クラブライオンズ集合

高橋ユニオンズの物語を書こうと取材、執筆を続けている間、
ひそかに、気になり続けた球団があった。

それが、クラウンライターライオンズだった。
このチームは昭和52年と53年の二年間だけの幻のチーム。

拙著『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』で触れたように、
高橋ユニオンズは昭和29年から31年までの、
わずか三年間だけ存続したチームだった。

しかし、年数だけを見れば、クラウンライターライオンズの方が短い。
このチームが存在していた頃、僕は7歳から8歳の時期。

当時はパ・リーグの情報が少なかったし、
僕自身はヤクルトファンだったため、
このチームのことはかすかに記憶に残っている程度だった。

でも、高橋ユニオンズの物語を書いている間、
このクラウンライターライオンズが気になって仕方がなかった。

……そして、ユニオンズ書籍発売からしばらく経った今、
次なるテーマとして、このチームを取り上げてみようかな、
そんな思いが芽生え始めている。

ということで、当時の資料や関連書籍を片っ端から集めてみた。
それらを読んでいて、感じたことがある。

クラウンライターの二年間を語るには、
その前身の太平洋クラブライオンズから、
いや、さらにその前身の西鉄ライオンズの末期から、
きちんと検証する必要があるのではないか、
そう考えるようになった。


上に掲げた写真は太平洋クラブライオンズの集合写真。
薄いワインカラーという驚きのカラーリングに加え、
背番号ならぬ胸番号という斬新なデザイン!!

写真には、現阪神監督の真弓や名球会投手の東尾、
さらに若菜や基など、僕が現役時代を知っている選手もいる。

ユニオンズと比べれば、はるかに資料も多いし、
当時を知る方も、ほとんどが健在だ。

ユニオンズ執筆時に感じていたジレンマ、

「もう少し誰かが早く取材していれば、
もっといろんな話があったはずなのに……」


そんな悩みも、このチームならば少ないことだろう。

これから、来年にかけて本格的に取材してみよう。
ユニオンズのときに味わった燃えるような興奮と感動が、
太平洋とクラウンライターでも感じることができるだろうか?

お楽しみは、まさにこれからだ!







PROFILE
SHOICHI HASEGAWA 
1970年5月13日・東京生まれ。
ノンフィクション・ライター
日々、旅をして、人に出会い、
話を聞き、それを文章にする。
そんな日々の雑感です。
長文になると思います。

ちなみに、上の写真は、
モハメド・アリ@北朝鮮です!
(07年3月1日付参照のこと・笑)
shozf5@gmail.com


長谷川晶一著作物
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