2011年09月25日

三度目の『象が空を』、そして、蒼き独白……

夕陽が眼にしみる―象が空を〈1〉 (文春文庫)
夕陽が眼にしみる―象が空を〈1〉 (文春文庫)
クチコミを見る

最近、とみに眠りが浅い。だから呑む。
5時頃まで呑んで、床に就いても昼前には起きてしまう。

今週、新刊が発売されたばかりだし、
本来なら次の本も執筆を終えている予定だったから、
元々、この時期は遅い夏休みとしてどこか海外に行こうと思っていた。
でも、原稿を書き直すことにしたため、旅行は取りやめた。

だから、仕事は特別忙しいわけじゃない。
だったら、すぐに書き直す作業に取りかかればいいものを、
まったく筆が進まない。
というより、何を書けばいいのかまったくわからない。

だから、ついつい呑んでしまう。
これはアルコール依存症の初期段階なのだろう。

先週は、新刊発売記念として、いろいろな人に祝福されて呑んだ。
元々、酒好きだし、酒癖が悪い方ではないと自認しているけれど、
みんなと別れて一人になると、突然、投げやりな思いになってくる。

元来、湿っぽい酒は嫌いだし、愚痴まみれの人と呑むのは嫌い。
なのに、一人になると、どうもそんな心境に支配されてばかり。


……病んでるね(笑)。


積極的に人に会いに行くのも億劫だし、
映画を見るために人混みに出るのも面倒で、
それでも、酒場と神宮球場にだけは一人で出かけて。

そんな感じでここ数週間を過ごし、
きっと、これから数週間もそんな感じなんだろう。


さて、病み病みの前置きはこれぐらいにして、ようやく本題。

呑みに出る以外、外に出るのが億劫なので、
何も書けない代わりに、何かのヒントを探すべく、
古い蔵書ばかり読み続けている。

特に、最近立て続けに読んでいるのが沢木耕太郎の作品群。
その中でも印象に残ったのは、『路上の視野』『象が空を』

この2作品は、いずれも氏のエッセイを集めたもので、
映画や書物の感想、日々の雑感、旅の断片に加えて、
「なぜ書くのか?」「どう書くのか?」が率直に書かれている。

僕がこれらの本を読むのは、今回が3回目。
いずれも最初に読んだのは学生の時期。
『路上の〜』は高校生の頃、『象が〜』は大学生の頃。

2度目に読んだのは、いずれも2003年の夏。

このとき、僕は会社を辞めた。
目の前に広がる膨大な時間に喜びと怖れを感じつつ、
ニューヨークや韓国、沖縄に旅立ち、
カバンの中に、沢木氏の著作を入れて旅先で読んだ。

そして、今回が3回目。

前回読んだ際に、僕はさまざまな付箋を貼っていた。
その個所はいずれも、ノンフィクションライターとしての氏が、
日頃、心がけていること、腐心していることばかりだった。


それはたとえば、こんな個所だ。

インタヴューには、相手の知っていることばかりでなく、
「知らないこと」まで喋ってもらうという側面が明きらかに存在する。
そんなことをいうと、知らないことなど喋れるはずがない、
と反論されるかもしれない。

だが、質問を投げかけられることで、
その人が自分でも意識していなかったことを
自身の内部に発見して喋ったり、
思いがけないことを口走ったりするということは、
必ずしも稀なことではないのである。



あるいは、「本来、人はインタヴューに応じなくてもいいのだ」という
指摘をしている、こんな個所もある。

会ってくれなくて当然、かりに会ってくれたとしても、
すべてのことに誠実に喋ってくれなくても当然なのだ。

しかし、にもかかわらずインタヴューに応じてくれる人たちがいて、
思いがけないほど深い反応を示してくれる人たちがいる。

それは恐らく、インタヴュアーの背負っているメディアの力以上に、
インタヴュアーの、その人を、その事件を、
理解しつくしたいという情熱に感応するためではないかと思うのだ。



さて、今回。

以前は付箋をつけなかったけれど、印象的な一文に出合った。
これこそ、僕が現在悩んでいたことだった。

それまでのルポルタージュに不満を抱いていた沢木は、
その原因が、書き手の顔が見えないこと、
つまり書き手である「私」がどんな人間なのか、
その事象を前にしたときに、笑顔のか渋面なのか、
そうしたことがはっきりと伝わらないからだと気づく。

そして、目指したのが以下のスタイルであり、
やがては、そのスタイルからの卒業だった。

私は、文章の中の生き生きとした「私」の獲得に全力を注いだあげく、
やがてその「私」に中毒するようになり、
今度はいかにこの「私」から脱していくかに
腐心せざるを得なくなった。



僕は今、書き直しに直面しているこの作品において、
「生き生きとした私」を描くか、それとも消し去るか、
まったく立ち位置を決めかねている。

いや、それぞれの方法論について、何の手立てもないまま、
呆然と立ち尽くしている状況にあるのが本当のところだ。


再び、沢木氏の2冊の本を持って、どこかに旅に出ようか?


2冊とも500ページを超える厚い本なので、
それぞれ3冊ずつに分けられている文庫版を買うことにした。

新刊はもう販売されていなかったので、
古書をアマゾンで買うことにした。明日にでも届くはずだ。

おそらく、現実的には旅に出ることはないけれど、
それでも、フリーになった当初のように、久しぶりに、

「オレは何者にでもなれるし、何者にもなれないかもしれない」

そんな蒼い気持ちを思い返す、心の旅には出てみたい。



shozf5 at 22:37│ 映画、音楽、そして本 
PROFILE
SHOICHI HASEGAWA 
1970年5月13日・東京生まれ。
ノンフィクション・ライター
日々、旅をして、人に出会い、
話を聞き、それを文章にする。
そんな日々の雑感です。
長文になると思います。

ちなみに、上の写真は、
モハメド・アリ@北朝鮮です!
(07年3月1日付参照のこと・笑)
shozf5@gmail.com


長谷川晶一著作物
Recent Comments
楽天市場