2011年07月07日

スタルヒン野球葬の悲劇・ユニオンズ取材雑記2

スタルヒン野球葬請求書 (2)

1957年1月12日午後10時38分――。
史上初の300勝投手・スタルヒンは交通事故で不慮の死を遂げた。
享年四〇。あまりにも早すぎる突然の死だった。

日本帰化を望んだものの、父の犯した殺人事件の影響や、
戦前戦中の混乱期にあって、スタルヒンは終生無国籍のままだった。

戦後、巨人への復帰を願ったものの、
それもかなわず、弱小球団を転々とする。
そしてたどりついた最後の球団が高橋ユニオンズだった。

このチームで彼は史上初の300周を達成した。
それでも、連盟は特別な表彰を行わなかった。

現役続行を望んでいたが、55年オフに引退。
それからわずか一年余りの悲劇だった。

1月20日、史上初の「野球葬」が行われた。
野球界に多大な貢献をした人物だからこその「野球葬」。

先日、当時の資料を整理していたら、
スタルヒンの野球葬に関係する書類が出てきた。


それが、この写真の「スタルヒン野球葬請求書」だ。

差出人は「太平洋野球連盟 総理事 橋本三郎」で、
さらにそこには、
「金 壱萬円也 但し、スタルヒンの野球葬香典」と書かれている。
他に、「花輪代参千円」の請求書も見つかった。

パ・リーグ全球団が平等に経費を負担したのか?
それは現時点では僕にはわからない。

けれども、「野球葬」と言いながら、
実際の経費負担は最後の所属チーム・高橋ユニオンズだったのは事実だ。

自らを「球界の孤児」と自嘲気味に語っていたスタルヒン。
尽くしても尽くしても報われないスタルヒンの思い。
はたしてどんな思いで過ごしていたのか、
そんなことを考えながら、スタルヒンの死について、
先ほど原稿を書き終えた……。




PROFILE
SHOICHI HASEGAWA 
1970年5月13日・東京生まれ。
ノンフィクション・ライター
日々、旅をして、人に出会い、
話を聞き、それを文章にする。
そんな日々の雑感です。
長文になると思います。

ちなみに、上の写真は、
モハメド・アリ@北朝鮮です!
(07年3月1日付参照のこと・笑)
shozf5@gmail.com


長谷川晶一著作物
Recent Comments
楽天市場