2016年01月

2016年01月21日

40代ライターの生きる道〜昼間から暗いお話〜

ラクダに乗って、いざピラミッドへ!

今日は完全フリーにして、昼過ぎから映画を見て、夕方からダラダラ呑んで、自堕落に過ごそうと思っていたのに、結局は日曜日締め切りの原稿、さらに1ヵ月後締め切りの原稿と2本分の原稿を仕上げた。ワーカホリックなのだろうか?

……以下、暗い話。

今から6年ほど前のこと、もうすぐ40代に突入するというときに、パッタリと仕事がなくなった

リーマンショックの影響も大きく、仕事をしていた雑誌が休刊になったり、出版社の緊縮経営により、お世話になっていた編集者がリストラされたり、自主退職されたり……。出版社が倒産し、多額の未払い原稿料に泣かされたのもこの頃のことだった。出版社内では社員編集者がダブついているため、外部ライターを使わず、自分たちで原稿を書くケースも増えた。

それから、しばらくの間苦しい時期が続き、自分なりの打開策を見つけて、何とかここまで生き延びた。粗製乱造とバカにされ、揶揄されようとも、40代の間は手あたり次第にいろいろなテーマの本を矢継ぎ早に出版することを決めた。

それでも、あのとき以来、「仕事がなくなる怖さ」が潜在的に植えつけられてしまったようだ。住宅ローンは完済し、子どもも車もないので教育ローンも自動車ローンもない。自由に取材して執筆できて、多少のお酒を飲めるだけの財力さえあればいい。法外なぜいたくさえしなければ何とか生きていけるとは思う。

それでも、あのとき感じた恐怖感はいまだに拭えない。今でも、ふとした瞬間に「求人広告」を読み込んで、「45歳はもうダメなのか」とか、「未経験者はNGか……」とか、つい「転職した自分」を想像してしまうことはしばしばだ。

ひとまず、今年は3冊の新刊を出版し、来年以降も出版予定はある。けれども、明日はどうなるかわからない。自分で選んだ自由業ではあるけれど、潜在的失業者であることには変わりない。けれども、後に続く有望な若手ライターたちの手本となるべく――たとえそれが反面教師であろうとも――、真っ直ぐ、前を見据えて、道を切り拓かなければ。そこが渡世人の辛いところよ。僕も、寅さんの気持ちが理解できる年齢になったようだ(笑)。

先日、若手ライターからの相談に乗ったとき、(偉そうなこと言えないよな、オレ自身がこんなに不安だらけなのに……)と考えた。そのことが頭から離れなかった。で、この暗い長文。お目汚し失礼しました。



shozf5 at 17:30|Permalink ボーッとしながら考える 

2016年01月20日

ファンクラブ界のより良き発展を目指して

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2014年、『プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!』という本を出版した。調子に乗って、特許庁にノコノコと出向き、「12球団ファンクラブ評論家Ⓡ」で商標登録までしてしまった。そんなこともあって、幸いにして多くの方に読んでいただき、その後もファンクラブ関連の仕事が増えた。

そして2014年以来、各球団のファンクラブ担当者に会いに行き、今取り組んでいること、今後の展望、そして課題や問題点などを聞いている。これまで、巨人、DeNA、楽天、日本ハム、そして西武と5球団を訪れた。拙著では好き勝手に、「この球団はここがいいけど、ここがダメだ」と書いた。

ということもあって、対面して話をするのは意外と気が重い。出会った瞬間に、「てめぇ、この野郎、勝手なことばかり書きやがって」と胸倉をつかまれるのではないかという不安がある(多少、誇張)。少なくとも、FC担当者にとっては、決していい気分ではないだろう。

ところが、実際に各球団のFC担当者に会ってみて、話を聞いていると、決まって最後にこう言われた。

「今日は、厳しいことを言われてお叱りを受けるのではと覚悟していました」

……なるほど、彼ら彼女らも緊張していたのだ(笑)。確かに、好き勝手なことばかり書いて、しかもそれがマスクをかぶった中年男だとなれば、僕よりも彼らの方の緊張の方が大きいだろう(笑)。そう気づいてからは、各球団事務所を訪問することの緊張が、ずいぶん軽減された。

今年、某球団のFCが大きく改善された。その担当者から、こんなことを言われた。

「うちの上司があの本を読んで、“FCをもっともっと改善しろ!”と言われました。その結果、やりたかったことがいろいろとできるようになりました。どうもありがとうございました」

この球団だけではなく、一昨年よりも昨年、去年よりも今年と、各球団のFCは目覚ましく改善されている。そこに、何かしらあの本の影響があるのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。

12球団すべてのファンクラブに入会するという馬鹿げたことを始めて、世間からは白い目で見られもした(笑)。それでも、多少はいい効果を生み出しているのかもしれない。そんなことを考えながら、12年目のシーズンが始まろうとしている。昨日、中日FCの特典グッズが届いた。


shozf5 at 10:12|Permalink 執筆、執筆、執筆…… 

2016年01月19日

僕にはありあまる、ボブルヘッドがありあまる

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本日は拙宅にて、編集者、デザイナー、カメラマンとともにバタバタしながらぶっ通しで7時間ほど撮影をした。仕事場に積み上げられた十数個の段ボールを一つひとつすべて取り出して、テーマごとに並べながらひたすら撮影しまくる。

先日、お知らせした3月末発売の新刊の撮影で、これから急ピッチで原稿を仕上げていく。来月はプロ野球キャンプ取材もあるし、海外取材も決まっている。バタバタしているのは相変わらずだけど、今回の本は書くべきことが決まっているし、肩に力が入らずに楽しんで書けるタイプの原稿なので、そんなに心配はしていない。

手元のボブルヘッドを、一体一体、「ああでもない、こうでもない」と並べながら、カメラマンとデザイナーが格闘している横で、僕は未開封のTシャツを一枚ずつ取り出していく。Tシャツだけで30枚以上はある。これから数年はTシャツに困らないはずだ(笑)。その横では、編集者が20枚近いレプリカユニフォームを一枚ずつ丹念にチェックしている。いい大人が夢中で、一心不乱に物事に取り組んでいる姿はなかなか心地いい。

この感覚、以前も感じたことがあるな……)

ある種の既視感に襲われて、すぐに気がついた。2年前の今頃、大の大人が集まって、バカみたいに大量の野球グッズに囲まれながら撮影をした。そう、プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!の撮影だった。

年賀状用写真


2年経っても、まったく成長のない自分に嘆息しながら、それでも前を向いてやるしかないのだ。ということで、もうすぐ発売されます。タイトル、発売日などはまた改めて。どうぞよろしくお願いいたします!






shozf5 at 20:06|Permalink 執筆、執筆、執筆…… 

2016年01月16日

僕にはありあまる、八重樫幸雄がありあまる

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ここ数日、八重樫幸雄氏が頭から離れない。先日、初めて彼にインタビューをして、その個性的な佇まいと話の面白さに圧倒されて以来、寝ても覚めても、僕の頭の中には「八重樫幸雄」の笑顔でいっぱいなのだ

故・大杉勝男さんとの仲睦まじいエピソード、弱小時代のチームの雰囲気、不遇だった頃の若手時代。訥々と語られる話題はどれも最高だった。

でも、あえて呼び捨てにするけれど、現役時代の八重樫が好きではなかった。ピッチャーと正対するような、極端なオープンスタンスもカッコ悪いと思っていた。守っても、もっさりしていてパスボールも多く、ろくに配球のことなどわかりもしないのに、「ここでスライダーはないだろ」としたり顔で彼を非難し、「ヤクルトが弱いのは八重樫のせいだ」と思っていた。

後に古田敦也が入団し、ヤクルトが黄金時代を築いたときに、「やっぱりキャッチャーは大事なのだ」と八重樫時代を頭に思い浮かべて、納得していたものだ。

ヤクルトに入団する前に、スカウトたちが古田を称して、「メガネのキャッチャーは大成しない」と言っていたのは、八重樫という前例があったからだ。僕は、そう信じていた。

……ところが、時間の経過とともに、そして、自分も大人になり、やがて中年になるに連れて、僕の中での「八重樫像」が少しずつ変化していった。それまで、「八重樫」と呼び捨てにしていたけれど、気がつけば「八重樫さん」と呼ぶようになっていた

70年のプロ入り以来、ずっと大矢明彦の陰に隠れて、ほとんど出番をもらえなかった。入団当時はスリムな体形で、俊足を誇っていた。打撃センスと走力を買われ、ときの監督たちはみな、「内野手にコンバートしたい」と考えた。それでも、八重樫さんはキャッチャー道を貫き続けた。

出番を与えられないまま、いたずらに時間だけが過ぎていく。やがて八重樫さんは太っていき、走力は衰え、乱視となり、メガネをかけるようになったことで若い頃のようなプレーを続けられなくなった。乱視のためボールが見づらくなったので、「よく見えるように」と、両眼でボールを見る、あのバッティングスタイルとなった。

初めてオールスターに出場したのは入団15年目。初めて打率3割に到達したのもプロ15年目のことだった。その間、決して腐らずにキャッチャー道を歩き続けた。やがて、若手の台頭でレギュラーを奪われると、その後は代打の切り札として23年間のプロ生活をまっとうした。

その後はバッテリーコーチ、二軍監督、打撃コーチ、スカウトを歴任。スワローズひと筋の人生を、今もなお歩み続けている。ともに海を渡った背番号《1》コンビ・岩村明憲、青木宣親は、八重樫さんの教え子だ。

23年間のプロ生活で積み上げた安打数は「773」。決して、超一流の数字ではない。決して、華のある超スター選手でもなかった。けれども、1970年のドラフト以来、実に45年間、スワローズとともに歩み続けている。

そんな八重樫さん、カッコいいではないか。河島英五の歌に出てくるような、不器用で、一途で、そしてはにかむような笑顔を持って……。インタビュー時の八重樫さんは、まさにそんな感じだった。

この取材時に、「昔は失礼なことばかり思っていてスミマセンでした」と謝罪をした(笑)。ようやく肩の荷が下りたような気がする。

以来ずっと、気がつけば八重樫さんのことばかり考えている。手元の古いビデオや市販されているDVDを漁ってみても、八重樫さんの雄姿はほぼ収録されていない。実際の映像を見ることができないからこそ、僕の脳内では過去の記憶が、より鮮明にエンドレスに流れ続けている。今日も、目覚めた瞬間、背番号《28》が真っ先に頭に浮かんだ。もはや、恋愛の初期症状ではないか。


shozf5 at 11:33|Permalink ヤクルト書籍関連 

2016年01月13日

3月末発売の次回作・いよいよ始動!

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本日、担当編集者、デザイナーさんと打ち合わせ。次回作の概要がほぼ固まる。早く書きたくてウズウズしていた。ようやく、執筆の時間が訪れそうでワクワクしている。

昨年、年明けと同時に半年で書下ろし新刊を4冊書き上げた。あまりにも疲れたため、「今年はもう何も書きたくない」と思っていたところ、「ひたすらパ・リーグだけを見るという仕事をしませんか?」と依頼を受けた。しかも「札幌でも、博多でも、時間の許す限り、何度でも行っていいですよ」という魅惑の依頼。

もちろん、お受けすることにした。ということで、手元のノートを見ると、6月19日のロッテ戦から始まり、10月25日の日本シリーズ第2戦まで、実に51試合もパ・リーグの試合を見続けた。もちろん、空いている時間には神宮でヤクルト戦も見ていたから、昨年は本当に野球漬けの日々だった。

その間、球団グッズをしこたま買い続けた。現在、僕の仕事部屋には大きめの段ボール箱が12個ある。さらに、選手プロデュース弁当をたらふく食い続け、球場ビールをたっぷり呑み続けた。そして、各球団のマスコット、チアたちと、いつもの覆面姿で写真を撮り続けた。

その行動に何も意味はないことは理解している。けれども、「無意味の中にこそ、真の意味は宿る」と誰かが言っていた。いや、誰もそんなこと言ってないけど、そんなこともあるのではないか?

……ということで、今月中に執筆を始めます。全体の構想はすでに固まっています。今春の開幕時には店頭に並びます。バカバカしい試みに、しばらくの間おつき合いください。どうぞよろしくお願いいたします!



shozf5 at 21:59|Permalink 執筆、執筆、執筆…… 

2016年01月10日

角富士夫氏に36年前のお礼を伝えに行く!

角富士夫氏

僕がヤクルトファンとなった決定的な試合。それが80年4月26日、神宮球場での対阪神戦。初めてヤクルトファンクラブに入会した10歳になる直前のこと。

それまでも何度か野球観戦に連れられていたようだけど、あまり記憶がない。でも、この日初めて家族全員で神宮に行き、そのまま赤坂のホテルにみんなで泊まってすごく楽しかったことをよく覚えている。

この試合で若松勉は4打数2安打。その雄姿に一気にファンになった。そして、もう一人のヒーローが角富士夫。4対4の同点の場面でサヨナラホームランを放ったのが角さんだった

「あの試合のことはよく覚えていますよ。打席に入る前に武上監督から“狙っていけ”って言われてね」

現役生活20年、通算1521試合に出場。それでも、36年前の試合のことをよく覚えていた。プロ野球選手のインタビューをしていると、いつも「よく覚えているなぁ」と感心することが多いけど、角さんもまた当時の心境を生々しく語ってくれた。

荒川博監督から始まり、広岡達朗、武上四郎、土橋正幸、関根潤三、野村克也監督の下で20年間のプロ野球生活を送った。広岡監督率いる78年の初優勝にも貢献し、80年代の低迷期も味わい、野村監督の下で2度の優勝も経験した。

「ヤクルトには二つの流れがありますよね。《野村監督以前》と《野村監督以後》と……」

高校卒業後、現在に至るまでスワローズ人生ひと筋の角さんの話は、今度の新刊執筆に向けて大いに参考になった。36年前のサヨナラ試合。あの試合がなければ、僕はこんなにヤクルトに夢中になることもなかっただろう。「あの試合があったから、今があります」、そんな思いを込めて「ありがとうございました」と伝えた。

「いやいや(笑)。でも、そう言ってもらえると本当に嬉しいです」

ヤクルトOB、現役選手取材、まだまだ続きます。


shozf5 at 09:12|Permalink ヤクルト書籍関連 

2016年01月06日

『哀愁のスワローズ全史』、絶賛取材中!

松岡弘氏

昨年12月1日から、今夏発売予定の『哀愁のスワローズ全史(仮)』の取材を本格的にスタートした。これは、僕にとって初めてとなる「極私的ドキュメンタリー」だ。

スワローズファンになって40年近いときが流れた。1970年生まれの僕にとって、78年の初優勝はボンヤリとした記憶しかない。しかし、80年代の低迷時代のことは今でもくっきりとハッキリと覚えている。僕がようやく物心つき始めた80年代のヤクルトは本当に弱かった。多感な時期にひいき球団がとてつもなく弱かったという事実は、間違いなく僕の人格形成に影響していると思う。

安田猛氏 (2)


僕は当時のスワローズからいろいろなことを学んだ。いいことばかりではなく、反面教師としての学びも多かった。好意的に言えば「弱くても弱くても戦い続ける健気さ」だけれど、現実的には「負け犬根性が身に着いた組織のダメダメさ」「なすすべもなく巨人にやられる無様さ」など、困難な現実から得たものの方が多かった。それでも、一縷の望みとかすかな希望の光を求めて神宮球場に通い続け、ささやかなその夢さえも、なかなかかなうことはなかった。だからこそ、たまの勝利がとても嬉しかった。

関根潤三氏


そして迎えた90年代。野村克也監督の下、ヤクルトは92、93、95、97年と4度のリーグ制覇、3度の日本一に輝いた。80年代とは正反対のスワローズ快進撃。決して腐らず、投げ出さず、じっと耐えていればいいこともあるものだ。そんなことを実感する夢のような日々だった。

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12月1日から始まった取材は、12月だけで8人にお話を聞いた。当時、選手たちはどんなことを考えていたのか? それは、僕の予想通りのコメントもあれば、まったく想像もしなかった苦汁の日々を振り返るコメントもあった。そして、明日からは怒涛の如く80年代、90年代のスワローズ戦士たちにお話を伺う日々が始まる。個人的な思い入れが強いので、現場では完全にインタビュアーの主観が勝ってしまうことだろう。

インタビューは徹底的に客観的であるべきだ――。

そんな思いが胸の奥には根強くあった。だからこそ、「ヤクルトはテーマにすまい」とずっと思っていた。ところが、ふとしたきっかけで、「完全主観のインタビューがあってもいいではないか」と考えるようになった。

徹底客観から、完全主観へ――。

その経緯は本書の中で詳述するけれど、そう考えられるようになった瞬間に、「猛烈にスワローズを書きたい」と思い始め、すぐに懇意にしている編集者に相談すると、トントン拍子で企画が通過。出版が決まった。

もちろん、OBたちだけではなく現役選手、首脳陣たちにもお話を伺う予定でスケジュール調整をしている。OBたちと現役選手たちをつなぐ「スワローズ」という一本の糸。今年上半期は楽しい日々が始まることになりそうだ。


shozf5 at 11:03|Permalink ヤクルト書籍関連 

2016年01月05日

ヤマトに猛虎に新日本! この正月に読んだ本

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年末年始は映画を見たり、本を読んだり、久々にノンビリと過ごした。この間に読了して面白かったのは、『「宇宙戦艦ヤマトをつくった男 西崎義展の狂気』(牧村康正+山田哲久・講談社)、『1985 猛虎がひとつになった年』(鷲田康・文藝春秋)、『新日本プロレスV字回復の秘密』(長谷川博一・KADOKAWA)

「ヤマトをつくった〜」の西崎義展氏の、文字通り「狂気」は、彼がすでに亡くなっていること、残された遺族とラ紫崎本人が没交渉であり、むしろ憎まれていたからこそ、より筆も進んだのだろう。それにしても、毀誉褒貶の激しい人物であったようだけど、氏の「ヤマト愛」は本物だと思う。共著にする意味が最後までよくわからなかったけど、一気に読了できた。

「1985 猛虎が〜」はオーソドックスな構成。阪神日本一の85年シーズンを、前年の84年オフからスタートし、85年2月から11月まで、さらに「その後」を描く。ほぼすべての主力選手の「証言」に加え、マネージャーやグラウンドキーパー、フロント組も登場する点が面白かった。僕は、あまり表に出ない「裏方」に関心、興味があるタイプなのだろう。

「新日本プロレス〜」は、帯にあるように「倒産寸前の危機的状況から、奇跡的な復活を遂げた衝撃の舞台裏に迫る」内容。と言っても、経営分析のようなお堅いものではなく、格闘技路線を採り入れることで迷走を始めた90年代後半から、どん底だった05、06年、そしてブシロード体制となった12年からの快進撃を(ほぼ)時間軸に沿って関係者の「証言」から振り返る。「野球人気回復のヒントになるのでは?」という思いで手にとった。マニアと新規ファンへの目配りなど、参考になる点も多々あったと思う。

気になったのは本の表紙に著者名が表記されていないこと。奥付を見て、先輩ライターの本だと知った。「著者名がなくても売れる」という判断なのだろうけど、書き手に対する敬意がまったくなく、失礼だし残念に思う。








shozf5 at 11:26|Permalink 映画、音楽、そして本 

2016年01月04日

パ・リーグ6球団福袋をすべて購入してみた!

昨年末の、楽天福袋先行予約から始まり、年明けの新春初売りセールまで。ひたすらパソコンのの前で球団公式ネットショップにアクセスをして、無事にパ・リーグ6球団の「新春福袋」を購入

そこにどんな意味があるのか? それは問わないで下さい(笑)。もちろん、この閉塞した現代社会に風穴を開ける意義などないことは重々、承知しています。今春発売する次回作に詳しくは書きますが、無事に購入できたことにホッとしています。

すべての商品が届くのは今月中かな? 月末までのささやかな楽しみができた。それにしても、せっかく年末に大掃除したのに、今年もまた段ボールの山ができていく……。

ソフトバンク福袋

【ソフトバンク】8900円(税込)+送料500円

日本ハム福袋

【日本ハム】5000円(税別)+送料0円
※日本ハムだけ税別(消費税・400円)

ロッテ福袋

【ロッテ】5000円(税込)+送料0円

西武福袋・5000円

【西武】5000円(税込)+送料525円

オリックス福袋

【オリックス】6000円(税込)+送料670円

楽天福袋

【楽天】5000円(税込)+送料400円




shozf5 at 12:12|Permalink スタジアムでビール! 

2016年01月01日

2016年も素晴らしい1年でありますように!

ラッキーヱビス


年末にいただいた「幻の銘酒」をいただきながら、ノンビリと実家にて過ごしています。持参した本を読みながら、ダラダラするつもりです。

多くの方々に支えられながら、ここまでやってくることができました。2016年も精力的に取材&執筆活動を続けていくつもりです。本年もご指導、ご鞭撻のほどどうぞよろしくお願いいたします!

写真は数百本に1本程度と言われている、幻の「ラッキーヱビスラベルです! 魚籠の中に鯛がもう一匹、隠れています。新しい1年も、みなさまにとって素晴らしい年となりますように。


shozf5 at 01:30|Permalink ひたすらの、呑み…… 
PROFILE
SHOICHI HASEGAWA 
1970年5月13日・東京生まれ。
ノンフィクション・ライター
日々、旅をして、人に出会い、
話を聞き、それを文章にする。
そんな日々の雑感です。
長文になると思います。

ちなみに、上の写真は、
モハメド・アリ@北朝鮮です!
(07年3月1日付参照のこと・笑)
shozf5@gmail.com


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