2009年07月

2009年07月31日

名物応援団長・岡田正泰氏、没後7年……

岡田のオヤジさん


本日(30日)も、性懲りもなく、神宮球場へ。
昨日に続き、今日も、負けちゃった。

でも、今日は、神宮に行ってよかった。
すっかり忘れてしまっていたけれど、
この日は、ヤクルトの名物応援団長・岡田正泰氏の命日だった。

ヤクルトの応援名物「東京音頭」や、
「少ない観客を少しでも多く見せるため」の傘の応援。
いずれも、故・岡田のオヤジの発案したものだった。

僕らの世代だと、『がんばれ!!タブチくん!!』で、
フライパンを片手に応援している姿が印象深いはずだ。

僕も、大学時代に、岡田さんの近くで応援をしていた。
すると、「兄ちゃん、今日こそ勝てるよ」と、
優しく、声をかけていただいたことを覚えている。


亡くなったのは、2002年の7月30日だった。
……翌日、神宮に行くと、いつもの場所に花束があった。
この日、ヤクルトの志田がプロ入り初ホームランを放った。

会社を抜け出して、神宮に駆けつけていた僕は、
ちょっと酔った頭で、ぼんやりと考えていた。


(ヤクルトの選手の活躍を見続けてきた岡田さんだったけど、
 志田のホームランだけは見られなかったんだな……)



――――あれから、すでに7年も経ったのか……。


今日の試合は負けはしたけれど、応援団が奏でるテーマは、
池山や広沢、飯田に杉浦など懐かしいテーマばかりだった。
気がつかなかったけれど、大杉勝男のテーマもやったのかな?


そして、今日の試合の最後の打者となった相川のときには、
やっぱり、当然のように若松勉のテーマ曲が奏でられた。

ちょっと酔っていた僕は、目頭が少しだけ滲んでしまった……。



※上の写真は、現役応援団の許可を取って撮影したもの。
「モノさえ取らなければ、いくらでも撮っていいよ」
と言われたので、両手を合わせて写真を撮らせてもらった。


ツバメ軍団オカダ

※この写真は、昔懐かしい、当時の応援旗。









shozf5 at 00:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0) スタジアムでビール! 

2009年07月30日

いよいよ、第5回全日本女子硬式野球選手権大会開催!

優勝の瞬間(写真は08年W杯優勝の瞬間)









いよいよ、8月1日から5日までの予定で、
愛媛・松山の坊っちゃんスタジアムとマドンナスタジアムにて、
第5回全日本女子硬式野球選手権大会が開催される。

今年は、特に取材というわけでもなく、
懐かしい人たちと会い、女子野球三昧の日々を過ごそうと、
先月あたりから画策して、準備万端、この日を迎えた。

一応、多少の仕事が入ったので、取材道具一式も持参。
とは言え、何十ページも書くわけではないので、
のんびりとビール片手に、のんびりスコアでもつけながら、
参加27チームを、少しでも多く観戦しようと思う。

これまでに取材を通じてお世話になった、
懐かしい人たちに会うのが、実に楽しみ。
もちろん、夜のお誘いも決して拒まない。

「いつ、何どき、誰の挑戦でも受ける」、
これこそ、僕がアントニオ猪木に教わった、
最大のモットーなのだから(大げさ)。
すでにいくつか呑む約束だけは取りつけた(笑)。


明日行われる日本代表チームとボーイズリーグ女子選抜との
練習試合を取材して記事にすることになったので、
僕は明日の昼には、松山入り。

NPBの加藤コミッショナーも来場するとのことなので、
ぜひ、「女子野球について」の見解を聞きたい。

加藤コミッショナーは、昨年のW杯にも、
球場まで来場するほど、女子野球に関心が深い。

女子野球発展のためには、プロ野球の協力は不可欠。
「ウイン・ウイン」と言えるほど、女子野球にまだ力はないけれど、
それでも両者が共存できるいい関係作りの一因を模索したい。



……さぁ、最後の原稿も終わった。
時間もちょうどいいことだし、神宮でも行くか。
でも、今日はピンクのポロシャツは着ていかない(笑)。




shozf5 at 17:01|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 今日も元気に女子野球! 

ドクター・コパの神通力……

傘の花











つい先日、こんなブログ記事を書いた。

こちらをどうぞ!

そう、ドクター・コパ氏に教わった、
御贔屓チームを勝たせるために、ファンができる方法。

前回は、コパ氏の指南通り、
ピンクにゴールドの刺繍の入ったポロシャツを着て、
ジャイアンツに対して、これ以上はないという快勝。


で、今日も、四谷での打ち合わせ後、同じポロシャツを着て神宮へ。

序盤に、青木の3ランが飛び出し、早くも「ポロシャツ効果」を
感じながら、東京の薄暮の中、おいしいビールを堪能する。


……しかし。


今年の川島亮は、どうもピリッとしない。
今年の彼の場合、5回を2失点で抑えれば恩の字。
けれども、今日は、それ以下の成績で降板。
あれよあれよと言う間に、大量失点。

……あぁ、ドクター・コパの神通力が……。
いや、他人のせいにしてはいけないか……。
神宮の夜空に、空しい花火が煌めいていた。
……ビールは、ちっともおいしくなかった。


空しい花火……




shozf5 at 00:14|PermalinkComments(2)TrackBack(0) スタジアムでビール! 

2009年07月29日

あきらめるなんて、死ぬまでないから

新しいことを始めるには、いろいろと苦労も多い。
今までとは違ったアプローチで取材活動を続けようと、
地道に準備を続けているけれど、光明はいまだ遠い。

ただ、ある程度、資料は集まり、整理も出来つつあって、
編集の方の「GOサイン」もいただいたので、
そろそろ、動き始めようかと思っているところ。

これまで、何度も「やろう!」と思いつつ、
何かと理由をつけては先延ばしの「口だけ番長」の日々。
ぜひ、「今度こそ!」と思いつつ、新たにスタートしたい。



酒も呑まずに、いろいろと考えていたら朝になっていた。
朝の空気を吸うために屋上に行き、周囲を見渡す。
富士山は見えなかったけれど、
それでも、朝靄に煙る新宿副都心は美しかった。
気がつけば、THE BLUE HEARTSの歌を口ずさんでいた。



「何か変わりそうで、眠れない夜
 君の胸は明日、張り裂けるだろう
 あきらめるなんて、死ぬまでないから……」



 
今の自分に、ピッタリの歌詞だったけれど、
曲のタイトルは忘れてしまっていた。

階下に戻り、CDラックをあさる。


……「ブルーハーツのテーマ」。


あぁ、そうだった。そうだった。
こんな思いが、ブルーハーツのテーマだったのか?


(ヒロトもまた、こんな思いで朝を迎えたこともあるのかな?)




いささか、独りよがりなセンチメンタルな朝だった。
さっそく、アマゾンでライブDVDを購入。
今もいいけど、この頃のヒロトもまたカッコいいんだよなぁ。

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shozf5 at 09:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ボーッとしながら考える 

2009年07月26日

懐かしの、『BOMB!』に『Dunk』!

BOMB!にDunk













中野ブロードウェイに住んでいて、本当に便利なことがある。
取材資料を集めようと思ったときに、必要なものは、
階下の各マニア専門店に行けば、大抵のものは、
何の苦労もなく、ほぼ10分程度で集まることだ。

オダギリジョーや浅野忠信のインタビューのときには、
お洒落雑誌や映画関係の専門店に行けば、
事前に読みたいなと思っていた資料が売っていて、事なきを得た。

今回も「おニャン子関連の資料がほしいな」と思い、
アイドル関係に強い書店に行ったら、
主要書籍や基本雑誌のバックナンバーがそろった。


で、今回は『BOMB!(ボム)』や『Dunk(ダンク)』を購入。


……いやぁ、実に面白い。
いわゆるアイドル専門誌なのだけれど、
同時に性欲に悶々としている男子中高生向けの本なので、
当時、菊池桃子主演で映画にもなった「パンツの穴」など、
「初体験」「オナニー」「女体の仕組み」などの読み物ばかり。

懐かしいなぁ。実際に自分で買ったこともあるし、
クラスの友達の家に行けば、必ず誰かが持っていたので、
食い入るように読み耽ったことを思い出した。
まさに、当時の僕は、雑誌のリアルターゲットだった。


もちろん、おニャン子もその毒牙にかかっている。
以下、おニャン子クラブ「理想の男性像意識調査」から。


Q.男の子のえっち度は、どこまでなら許せる?

A.「エロビデオまでなら許せる」(国生)
  「えっちな男の子は、嫌いです」(高井)
  「男の子がえっちなのはしょうがない」(中島)
  「男の子は、誰でもえっちでいいと思う」(福永)
  「むっつりじゃなきゃよい」(白石)


当時の正しい青少年たちは、彼女たちの答えに一喜一憂し、
「やっぱり国生はわかってる!」なんて、
ファミスタやスパルタンXをしながら、
みんなで意見を交わしあっていたんだよなぁ……。


ただ、カラーグラビアの大喜利風キャプションはいただけない。


新……にっこり笑顔の
田……楽しいおつき合い
恵……映画やドライブ
利……リッチなデートしたい



この程度なら、歌丸さんも、
苦笑しつつも座布団をくれるかもしれないけど、


城……ジョークがうまくて
之……(空白)
内……内に秘めたガッツがあり
早……サッパリした人
苗……仲良くしましょうね!



と「之(の)」をガン無視したり、


国……告白
生……正直で
さ……サングラスの似合う
ゆ……勇敢な人
り……理想よ



なんて、語呂が悪すぎるよ!
……それでも、面白いけど(笑)。




shozf5 at 20:16|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 映画、音楽、そして本 

2009年07月25日

遅れてきた「おニャン子クラブ」ブーム……

かつて、『夕やけニャンニャン』という番組があった。



ウィキぺディアで調べてみると、その放送期間は、
1985年4月1日から1987年8月31日とある。

当時の僕は、15歳目前から17歳という思春期ど真ん中。
この番組で、一大ブレイクした「おニャン子クラブ」直撃世代だ。

……でも、当時の僕は、『夕ニャン』にも「おニャン子」にも、
まったく、何の興味も関心もなかった。

同級生の中では、「新田(恵利)派」や「国生(さゆり)派」で、
「どっちが可愛いか」と、真剣な議論が繰り返されている中、
僕は、アントニオ猪木の動向や若松勉の引退騒動や、
ボブ・ホーナーの本塁打数に関心の矛先が向いている、
ただのボンクラ中学、高校生だった。

と言うのも、当時の僕は、タモリ至上主義者だったし、
たけしのオールナイトニッポンのヘビーリスナーで、
とんねるずのバカ騒ぎがあまり好きではなかったから、
この番組のMCをとんねるずが務めていたことも影響しているのかも。


そんな僕が今、ひたすら「おニャン子」関連本を読み、
当時のライブビデオを見て、再発されたCDを聞いている。
というのも、「おニャン子」関連で、インタビューをするから。

遅れてきた「おニャン子」ブームの真っただ中で、
「あの一大ブームは何だったのか?」を考えているところ。
この週末にも、さらに何本かライブビデオを見るつもり。


さて、当時、「絶対、新田恵利と結婚する!」と宣言し、
下敷きにもマジックペンで書いていた同級生のIクンは、
今頃どうしているのかな〜。




shozf5 at 02:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 取材・インタビュー…… 

2009年07月24日

昭和のプロレスラーを堪能した夜

IMG_2258IMG_2262




















この日(23日)は、新宿まで、ドラディションを見に行く。
前回大会が面白かったので、今回も楽しみに出かけた。

今回のメインは、

藤波・長州・初代タイガー 対 藤原・浜田・ヒロ斎藤

「テロリスト」藤原喜明が参戦したせいか、
前回にも増して、猪木さんの言う「闘いの凄み」があふれていた。

長州なんか、ストンピングだけで、
その「怖さ」を観客に伝えることができていたし、
ガンを克服した病み上がりの藤原もまた、
脇固めを極める瞬間のキレで、観客を魅了していた。
腹に残る手術跡さえも、新たなる凄みに見えた。

肉体は衰えても、各人の「人間力」で、
観客を惹きつけてやまないプロレスラーの魅力。
総合格闘技とは、完全に別物のプロレスの魅力。
そんなものを堪能した一日となった。

……で、そのまま新宿で痛飲という、いつもの体たらく。

shozf5 at 23:31|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 映画、音楽、そして本 

2009年07月23日

ブックライターとマガジンライター……

ブログの更新がないときは、100%過剰に呑んでいる日々。
ということで、ここ5日は、懐かしい人たちとの呑み。
いずれも、過去、お世話になった編集の方々たち。

18日は、かつての職場の後輩の結婚パーティー。
パーティーには当時の編集長である上司がいた。
その人は、今では社長になったので、現在の様子を聞きつつ、
その一方で、過去の話で懐かしく呑む。
当時は、いろいろと厳しいことを言われ、
反発ばかりしていたけれど、温かい言葉をかけていただく。
その他にも、懐かしい面々と会ったので、昔のように朝まで。

20日は、育児に専念するため編集者を辞めた女性と。
当時、20代半ばの彼女とは、いろいろとぶつかったものの、
「今日は、夫も公認の呑みだから、とことん呑みたい」と言うので、
彼女とともに作り続けたページについて、
懐かしい思い出話をしながら、たらふく呑んだ。

21日は、以前、某雑誌で毎月のように仕事をした女性との呑み。
彼女は、その雑誌を辞め、現在は別の会社の週刊誌の編集者に。
この日も、大雪山系の遭難事故の取材を終え、
北海道から帰京後、渋谷にて23時過ぎからの呑み。
かつてのかわいらしい面影とは異なる、
事件記者となった現在の姿が凛凛しかった。

しかも、行った店は、かつてお世話になった編集長が、
脱サラして渋谷で新たに開いた料理屋にて。
で、その後、何件か行き、朝7時まで……。

本日、22日は、久々の年長者の編集者2人との呑み。
直木賞作家・つかこうへいさんの関係で出会ったその編集の方には、
フリーなった直後から、本当にいろいろとお世話になった。
その方の紹介で、知り合ったもう一人の編集の方とは、
某誌が休刊するまで、いろいろとお世話になった。

わざわざ中野まで来ていただき、
僕が今抱えているテーマについて、
親身になって相談に乗っていただき、
そのテーマの力になってくれそうな、
新しい人を紹介していただくことになった。

連日の酒続きで、ヘロヘロだったけど、
それでも、みんなに元気づけられた。

正直、心身ともに弱っている現在だったのだけど、
いろいろ励まされ、「やっぱり、頑張らなきゃ」と、
再び、決意を新たにした次第。

本日のタイトルは、今日、年長の編集者2人に、
その違いについて、レクチャーを受け、
自分の今後の身の振り方について、参考になったキーワード。

さて、グズグズスルナ、ナキゴトイウナ。
アセルナ、イカルナ、アワテルナ。
明日から、また頑張ります!








shozf5 at 03:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ひたすらの、呑み…… 

2009年07月20日

『週刊プロ野球 セ・パ誕生60年』は、面白すぎ!

週刊プロ野球!


















昔から、「大百科」「大全集」の類が大好きだった。
で、今、ハマっているのが、ベースボールマガジン社から
毎週発売されている。スポーツ分冊百科、

『週刊プロ野球セ・パ誕生60年』!

ディアゴスティーニなどでおなじみの
週刊タイプの分冊で、毎週、特定の一年間に絞って、
その年のプロ野球の全成績、エピソードなどを紹介。

はじめは、「原稿を書くときの参考になれば」と、
ほんの資料感覚での定期購入だったけれど、
時間があったときに、まとめて読んでみると、
実に読み応えがあって、面白い。

これまで、全50巻のうち16冊発売されていて、

1974年から1983年まで、
1958年から1963年まで、の計16冊。

80年代プロ野球は、まさにリアルタイムなので、
面白く、そして懐かしく読んだけど、
意外にも、まったく生まれていなかった時代、
50年代後半から現時点で63年までの、
さまざまなエピソードを楽しく読んだ。

現解説者で、ヤクルト、日ハム監督経験者の土橋正幸氏が、
浅草の魚屋出身だったことは知っていたけど、
まさかその写真を見ることができるとは思わなかった。

エポック社の「野球盤」の歴史コラムや、
「光の球場」東京スタジアムの歴史コラム、
「権藤、権藤、雨、権藤……」こと、権藤博氏の連投ぶり。
昔のユニフォームのデザインのカッコよさ。

そのすべてが新鮮で、単なる資料以上の価値があって、
定期購読料が3万円ぐらいしたけど、
かなり安い買い物だということに、今更ながら気づいた。

さらに、毎号2枚ずつ、伝説のプレイヤーのカードがつく。
オリジナルの専用カードアルバムも購入特典でもらえるので、
このカードのコンプリートとともに、毎週、楽しみに待ちたい。


……おっと、『プロ野球ニュース』が始まっちゃった。
ユウキ投手3勝目、おめでとう!



追伸
1961年、ルーキーイヤーの権藤博の7月前半の登板は……

7月

4日……雨
5日……権藤(完封勝利)
6日……雨
7日……移動日
8日……権藤(完投勝利)
9日……雨
10日……移動日
11日……権藤(先発5回)
12日……雨
13日……雨
14日……移動日
15日……権藤(先発5回)


……比喩表現じゃなく、ホントに「雨、雨、権藤、雨、権藤」なのね。
濃人監督、「あいつは九州男児、絶対に潰れない!」って、
根拠薄弱、無責任すぎるよ!


ちなみに、この年の土橋正幸の名言、

「世間が、優勝、優勝というから、
 腕が折れるまで投げたくなる」


さらに、この年、78試合に登板し42勝を挙げた、
故・稲尾和久氏の名言、

「オレは、ちょっとやそっとじゃ
 壊れる身体ではない」


確かに、この世代の人から見たら、
楽天・岩隈とか、もどかしくて仕方ないだろうなぁ……。





shozf5 at 23:09|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 映画、音楽、そして本 

2009年07月18日

『海峡を渡るバイオリン』を読んで……

海峡を渡るバイオリン (河出文庫)海峡を渡るバイオリン (河出文庫)
著者:陳 昌鉉
販売元:河出書房新社
発売日:2007-10
おすすめ度:5.0
クチコミを見る


引き続き、読書にいそしむ日々。
こちらも、未読だった『海峡を渡るバイオリン』を読了。

アマゾンによるあらすじは、以下の通り。

内容(「BOOK」データベースより)
「東洋のストラディバリ」の異名をもつ、バイオリン製作者・陳昌鉉。彼は十四歳で韓国から日本へ渡り、差別や貧困を乗り越えながら、独学でバイオリン作りの道を歩んでゆく。日韓両国の戦後史を背景に、世界的な名匠になるまでの波乱の半生を描き、漫画化やドラマ化もされ大きな評判を巻き起こした感動のノンフィクション。


本書の主人公・陳昌鉉氏の、類まれなる行動力、
枯れることのない好奇心には、ただただ驚かされ、
あまりにも突飛で「そこまでやるか」と笑えもした。

それでも、やはり現実を動かすのは、
熱き想いと行動力だと、改めて痛感。

「一流のバイオリン職人に」という、彼の一途な思いの熱さと、
在日韓国人として、朝鮮戦争、日韓国交正常化など、
抗うことのできない時代の波と彼とのかかわりが、
巧みに織り交ぜられていて、こちらも興奮して読んだ。




先に、このブログで書いた『収容所から来た遺書』が、
リアルタイム性を重視した三人称の文体だったのに対して、
こちらは、完全な「聞き書き」形式の一人称文体。

僕自身、これまでスポーツ選手やビジネスマンなど、
10人ほどの有名人の「ゴーストライター」として、
「私は〜」と一人称で単行本を書きおろした経験はある。

こちらは、その人物の考え方が、
よりヴィヴィッドに伝わりやすい反面、
当人が体験していない事実に対しては、

「後に聞いたところでは、○○○○○だったという」

とか、

新聞や書籍、手紙の引用などで、
何とか、世界観の広がりを作り出すしかなく、
「ある人物」を描くには最適だけれど、
当人が関与していない「ある出来事」を描くには、
現場の生々しさなどが薄れてしまう感は否めない。


そして、登場人物が存命の場合は、
こうした方法も生かしやすいけれど、
はたして物故者の場合はどうだろうか?

すでに亡くなった人を、あえて生々しく一人称で書く。
それも、また何らかの効果を生み出すものだろうか?

先にも、書いたが、

「ある時代」の「ある人」や「ある出来事」を書く場合、
どのようにリアリティを獲得したらいいのだろう?

という悩みは今も消えない。
もうしばらく、過去読んだ本、未読の本にあたってみたい。









shozf5 at 16:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 映画、音楽、そして本 

2009年07月17日

『収容所から来た遺書』を読んで……

収容所(ラーゲリ)から来た遺書  文春文庫収容所(ラーゲリ)から来た遺書 文春文庫
著者:辺見 じゅん
販売元:文藝春秋
発売日:1992-06
おすすめ度:5.0
クチコミを見る


最近、ちょっと迷っていることがあって、
過去に読んだ本や、読みたかった本を集中的に読んでいる。

「ある時代」の「ある人」や「ある出来事」を書く場合、
どのようにリアリティを獲得したらいいのだろう?

そんな思いを抱えつつ読んだのが、この本。
本の存在は知っていたものの未読だった。


アマゾンによるあらすじは以下の通り。

内容(「BOOK」データベースより)
敗戦から12年目に遺族が手にした6通の遺書。ソ連軍に捕われ、極寒と飢餓と重労働のシベリア抑留中に死んだ男のその遺書は、彼を欽慕する仲間達の驚くべき方法により厳しいソ連監視網をかい潜ったものだった。悪名高き強制収容所に屈しなかった男達のしたたかな知性と人間性を発掘して大宅賞受賞の感動の傑作。


もう夢中になって読み進めてしまうほど、
内なる静かな興奮を感じつつページを繰った。

亡くなった祖父がシベリア抑留経験者だったので、
(生前にもっと話を聞いておけばよかった……)
そんな思いを感じつつ、事実の持つ重みを受け止めた。


さて、内容の素晴らしさはともかく、
この作者は、意図的に現在の視点から、
過去を振り返る会話文を排除している。

つまり、

A氏は、当時を振り返る。
「あのときのことは一生忘れないでしょうね……」
それを聞いたB氏も、深々とうなずいた。
「私は今でも、夢で思い出すんですよ……」
辺りを夕闇が支配し、遠くでカラスが鳴いていた。


まったくでたらめに書いてみたけれど、
単純に言ってしまえば、上記のような表現は一切ない。


まるで、作者が「そこにいて実際に見たかのように」、
淡々と情景描写を中心に物語は進む。

よっぽどきちんと取材がなされていないと、
こんな書き方は不可能だ。

以前、全米ダンス選手権で優勝した女子高生の物語を書いた時、
僕は、大会会場にはいなかったにも関わらず、
「まるでそこにいたかのように」、
決勝での彼女たちの演技について描いたことがある。
以下、長くなるが引用したい。


ざわついていた場内に一瞬の静寂が訪れた。
 日本からやってきた23名の【小悪魔】たちは、幾重にも織り成すきらびやかな光彩を放つ中、まばゆいばかりのスポットライトを浴びていた。
 少女たちは、天に祈りをささげるように胸の前で手を組み、静かに目を閉じて、音楽が鳴るのを待っていた。
 二階の観客席には、二年間に渡り23名の面倒を見続けてきた、厚木高校教諭の伊藤早苗がいる。前夜に母を亡くしたばかりの伊藤は祈る思いでステージを見つめている。
 その近くには前田千代がいた。およそ半年に渡って、【小悪魔】たちを劇的に変化させた、「女神」だ。前田の生み出す華麗な踊りの数々、その的確な指導が23名の少女たちを、この華やかな舞台まで導いたのだと言っても過言ではない。
 一階観客席にはタンバリンを手にする笹沼美由紀の母の姿もあった。二年前、内気な性格を変えようとダンスを始めた自分の娘が、今、世界の頂点に立とうとしている。アメリカ人の中に交じり固唾を飲んで、娘を、そして、23名を見守っていた。

「ワン、ツー、スリー、フォー……」
 静まり返った場内に、副部長・中山奈々恵のカウントが響き渡る。
「ファイブ、シックス、セブン……」
「ついにここまで来たんだ」
 祈りをささげる姿勢のまま、城所小百合は感動のあまり涙が出そうだった。
「あぁ、早く踊りたい」
 中山は音楽が鳴るのを今か今かと待ち望んでいた。
「いつも以上にみんなの顔がキラキラしているな」
 宮粼唯はこれから始まる踊りがどこまで上手くできるのか期待に震えていた。
 そして、ヒザに爆弾を抱える小島千瀬。いまだ癒えぬ腰痛をおしてこの大会に臨んだ長岡まゆみもステージの上にいる。ようやく23名が全員そろった。
 23名全員で立つ、初めてのステージがいよいよ始まる。
「エイト、ナイン……、ワン!」
 音響係を担当していた二学年上の部長だった福島彩子がスイッチを押した。福島も別のチームで今大会に出場するために渡米していた。
 静寂が支配していた会場に、音楽が鳴った。
 23名の一糸乱れぬアクションがスタートした。

 こうして、少女たちの「135秒」が始まった――。



文章は、さらに続き、彼女たちの規定演技時間「135秒」を、
原稿用紙にして20枚ほどで描いた。

これは、何度も映像を見直したことと、
ここに登場する23名他関係者に、
「135秒」の間に何を思い、どう動いたかを、
しつこく聞くことで、僕の頭の中に、
しっかりとした「絵」が思い浮かんだから書けたのだった。


話が逸れてしまったけれど、
この『収容所から〜』は、全編この調子で描かれていた。
この本が書かれた当時で、すでに戦後40年が過ぎていた。

40年近く前の出来事を、「まるで見たように」書く、
その力量に、本当に驚かされた。
感動と反省と力不足を痛感する、そんな読書体験となった。




shozf5 at 23:09|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 映画、音楽、そして本 

2009年07月16日

ドクターコパから、すべての野球ファンへ


昨日(15日)は、夕方から神宮へ。
この時期は、夜風が実に気持ち良く、
ビールを呑むのには最適な季節。
試合内容さえよければ何も言うことはナシ。

で、昨日は、宿敵ジャイアンツに対して、
20安打13点の、超快勝!!!!!!!!
実は、その伏線は、ドクターコパのアドバイスにあったのだ。



先日、久しぶりにドクターコパに取材した際、
「野球と風水」をテーマにいろいろと話を聞いた。

球場立地やユニフォームカラーから見た、
各チームの戦力分析と改善ポイントについて、
いつものコパ節が冴えわたっていたのだが、
その際に「ファンとして、贔屓チームのためにできること」も聞いた。

コパさんからのアドバイスは単純明快。


「今年のラッキーカラーである、
 ピンクやゴールドの服を着て球場に行け!」



で、昨日、神宮に出かける際、このアドバイスを思い出し、
ピンクのポロシャツ(ポロの刺繍はゴールド!)を着て、
神宮の外野席に陣取ったのだった。

もう効果てきめん。
初回から、打つわ打つわの怒涛の攻撃。
館山がピリッとしなかったのは残念だけど、
それでも、リーグトップの10勝を挙げた。

みなさんも、御贔屓チームの応援の際には、
ぜひ、今年のラッキーカラー(ピンク、ゴールド、イエロー)を
身にまとって、出かけてみてはいかが?

(ホントはスワローズファン以外には教えたくなかったんだけど)
さらに詳しく知りたい人は、こちらに出ています。

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shozf5 at 17:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0) スタジアムでビール! 

2009年07月15日

初めての、胃カメラ……オエッ


先月受けた健康診断の結果、さまざまな「要再検査」が出た。
これといった自覚症状もなかったので、
あまり深刻に受け止めてはいなかったけれど、
上部消化器官だけは、「再検査」ではなく、
「精査を要する」と書かれてあった。


食道は「ヘルニア」
胃は「噴門部粘膜不調」「胃体部ポリープ疑い」
十二指腸は「十二指腸球部潰瘍瘢痕」


その説明は、初めて聞く言葉ばかりで、
一見すると、おどろおどろしい印象ばかり。

食道にも「ヘルニア」があるなんて知らなかったし、
「瘢痕」なんて、初めて聞いた言葉だよ。
辞書で調べてみると、

「切り傷・火傷(やけど)・潰瘍(かいよう)などが治ったあとに残る傷あと」だって。

知らないうちに潰瘍になり、
知らないうちに治っていたのかな?


ということで、ここ最近、病院通いを続けていた。
で、本日、人生初めての内視鏡検査に挑戦。


肛門から入れるのか? 鼻から? それとも口から?


不安ばかり募る中、診察台に横になる。
眼鏡を外しているので、カメラの詳細はよく見えない。
コンタクトをしてくればよかった、と少し後悔。

それにしても、口の中にジワジワと押し込まれていく
管状のカメラの姿は、体内に侵入するエイリアンのようで不気味。


途中、何度か、「オエッ」という感じになりつつも、
ベテランらしき老看護婦の「お上手よ」とか、
「こんなに上手な人は見たことない」という、
激励の言葉に勇気づけられ、5分ほどの検査は無事終了。


異常があれば、内壁細胞を採取して、
さらなる検査が待っていたのだけれど、
幸いにして、「異常はナシ」とのこと。

写真に撮られた、真ピンクのきれいな内壁は、
我ながら、ほれぼれするほど美しかった(笑)。

ということで、禁酒生活も無事終了。
と言っても、昨日一日断酒しただけだけど……。
今日は、メチャクチャ暑いし神宮で一杯呑むかな。


追伸
控室で検査結果の説明を待っている間、
僕の後に検査を終えた老婆(おそらく70代後半)は、
「こんなに上手な人は見たことないって言われたの」
と嬉しそうに僕に話していた。

「こんなに上手な」僕のあとに、
さらに「こんなに上手な」老婆がいたとは……。
ささやかな敗北感を味わってしまった。




shozf5 at 13:55|PermalinkComments(2)TrackBack(0) ボーッとしながら考える 

2009年07月13日

琴光喜と内川聖一――。


昨日(12日)は、本当に何もない一日。
天気もよかったので、自転車で神宮へ。

途中、北新宿でずっと行きたかったラーメン屋に寄ったり、
1時間ほどかけて、のんびりと球場入り。

14時スタートの、ヤクルト対横浜戦。
通称「東横シリーズ」。
このネーミング、あまり定着していないけど……。

この日は、皇太子ご夫妻と愛子さまが、
神宮に訪れるということは知っていた。
88年以来、21年ぶりの台覧試合とのこと。
愛子さま直々の要望で実現したという。

大相撲好きで、しかも琴光喜の大ファンだという愛子さま。
「ひょっとして、ヤクルトファンなのかな」と期待するも、
報道によれば、横浜の内川選手のファンらしい。


琴光喜と内川聖一――。

幼いのに、実にいい趣味をしているなぁ、
と年齢を調べたら、まだ7歳、とのこと!
改めて、驚いてしまった(笑)。

球場内のビジョンに映し出されるご家族の姿。
その背後には、「あの人」の姿も!
そう、ヤクルトを代表する殿堂入り選手・若松勉!

それからは、グラウンドよりも貴賓席が気になって仕方がない。
背後から、皇太子ご夫妻、愛子さまに、
何かを語りかける、若松のその姿を見ていて、
「水色のネクタイが実に上品だ」と感心する次第。


ということもあって、またヤクルト負けちゃった。
しかも、五十嵐、イム・チャンヨンが打たれちゃった。

しかし、この日は今年四度目の横浜戦観戦だったけど、
いまだ勝ち星なしの0勝4敗。
……うーん、勝てないねぇ〜。



shozf5 at 12:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0) スタジアムでビール! 

2009年07月11日

サイモン&ガーファンクル@東京ドーム

昨日(10日)は、東京ドームまで、
サイモン&ガーファンクルのコンサートへ。

僕が初めてCDを買ったのは、高校入学直前のことで、
それが、彼らのベスト盤だった。

高校合格のお祝いに買ってもらったのが、
ケンウッドのフルコンポだった。
そのとき初めて我が家にCDプレーヤーがやってきた。

父が女性週刊誌の編集者で芸能担当だったので、
我が家には、各レコード会社から送られてくる
サンプルレコードが、それこそ数千枚はあった。

けれども、当時はまだCDプレーヤーは普及しておらず、
今のように「サンプル盤」と言えば、
CDではなく、レコードだった時代。


僕は初めてのCDを、サイモン&ガーファンクルにした。
今でも、そのCDは手元にあるけれど、
どうして、これを買ったのかはよく覚えていない。

その頃、ラジオ少年だったので、
坂崎幸之助のオールナイトニッポンや、
さだまさしのセイ!ヤングで、
たびたびS&Gの曲がかかっていたし、
「いい曲だな」と思ったことは覚えているけど、
それにしても、なぜS&Gなのかは、
いまだに謎だし、今後も謎のままだろう。


ということで、久々の来日ということで、
僕は仕事終りに東京ドームに駆けつけた。

会場はやはり、年配者の姿が目立つ。
オバサン2人連れや、夫婦の姿、
50代のサラリーマンが一人でやってきてもいた。

最近、最初から最後まで、オールスタンディングのライブに
多少、疲れと照れを感じ始めている僕としては、
S&Gのゆったりとしたライブは心地よかった。

最初は気になったアート・ガーファンクルの
声量ダウンやかすれ具合も、コンサートが進むにつれて、
「それも味なんだ」ということで気にならなくなった。

やっぱり、「明日に架ける橋」や「サウンドオブサイレンス」は、
会場中が盛り上がる名曲で、僕の隣のご婦人は、
「明日に架ける橋」の最初から最後まで、
ずっと涙をすすり上げ続けていた。

個人的に一番聞きたかった「ボクサー」を聞き、
大満足の心持ちで、東京ドームを後にする。





その後は、お世話になった編集者の送別会に途中参加。
で、そのまま朝方まで呑んだのは、いつも通りの体たらく。













shozf5 at 15:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 映画、音楽、そして本 
PROFILE
SHOICHI HASEGAWA 
1970年5月13日・東京生まれ。
ノンフィクション・ライター
日々、旅をして、人に出会い、
話を聞き、それを文章にする。
そんな日々の雑感です。
長文になると思います。

ちなみに、上の写真は、
モハメド・アリ@北朝鮮です!
(07年3月1日付参照のこと・笑)
shozf5@gmail.com


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