2009年06月

2009年06月29日

ヤクルト40周年ポスター、ほれぼれするなぁ〜!


青木!









今年は、スワローズがヤクルトになって40周年。
ということで、開幕早々、メモリアルイベントがたくさん。

復刻ユニフォームはもちろん、球場内でも、
過去の映像がふんだんに流されていて、
それを見るだけでも、僕はビールが進む。
若松勉氏に、金ヤンの始球式も見に行った。

そして、特に秀逸なのが、
過去の名選手と現役選手とのコラボレーションポスター。
もう、これを見るだけでたまらない。

今まで、携帯の待ち受け画像なんて、
どうでもよかったのに、ここ最近は、
以下の画像を、その日の気分によって使い分けている。



以下に、個人的で趣味で全部掲載する(笑)。
詳しい説明は、いちばん最後に。


若松&青木宮本&池山由規&荒木福地・飯原・田中&飯田館山・川島&安田・松岡金田&石川古田&相川




















































































































写真、上から
1.ほれぼれするなぁ〜。若松&青木の2ショット!
2.こちらは、池山&宮本!
3.由規&荒木!2人は「11」番同士!
4.俊足カルテットの飯田&福地、飯原、田中!
5.松岡、大好きだったなぁ〜。安田・松岡&館山・川島!
6.新旧「エース」の金田&石川!
7.そして、最後は、古田&相川!



うーん、たまらん(笑)!!!!!!!!



shozf5 at 18:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0) スタジアムでビール! 

2009年06月26日

オダギリジョーと小田切譲 〜2人の男のインタビュー〜

あまり声を大にして言うことでもないし、
誰かに聞かれたことがあるわけでもないので、
誰も知らないと思うけれど、


もし、「一番好きな俳優は?」と問われれば、


僕は、何の迷いもなく、


「オダギリジョー」と答えるだろう。


90年代の日本映画界を牽引したのが浅野忠信なら、
00年代のそれは、間違いなくオダギリジョーだと思う。

オダギリジョーの出演作もほとんど観ているし、
彼についてのロングインタビュー記事は、
気がつけば手に入れて読んできた。





……今日、そのオダギリジョーインタビューをした。
07年に、彼は、自らが脚本を書き、映画を撮った。
初監督のみならず、撮影、音楽、編集も自らが行った。

しかし、公開されたのは、今年になってから。
しかも、新宿の劇場で限定3日間。
さらに、その作品は、15歳未満禁止映画指定を受けている。



その映画は、一見すると不可思議に思える映画だ。
今回、取材用にDVDを借りて、じっくりと観た。

一度観ても、何のことやらよくわからず、
二度目は、彼のこれまでの発言を丹念に拾い、
この映画に関するコメントを整理した上で観た。
すると、おぼろげに見えてくるものがあった。

それは、かいつまんで言えば、


「そう、易々とわかられてたまるか!」


監督のそんな意地悪な視点が見えてきたのだ。


三度目は、気になるシーンをチョイスしながら観た。


すると、ますます、


「安直に“答え”を求めるんじゃない!」


という監督の声が聞こえてくるような気がした。
すると、不思議なことに、初見では気がつかなかった
細部が生き生きと輝いて見えてきたのだった。

人に「面白い映画でしたか?」と問われれば、
自信を持って「ハイ、おススメです」とは言えない。

けれども、「オダギリジョー」という特異な役者が、
「小田切譲」という名で、映画を撮ることの意味を噛みしめて
本作を観ると、いろいろなことが見えるように思う。



インタビューでは、
「オダギリジョー」と「小田切譲」という2人の男について、
そして、2人の男の間に横たわるものについて、
かなりしつこく聞き、かなり丁寧に答えてもらった。

先ほど書いた「意地悪な視点」についても、
かなり自覚的、確信犯的だったことも印象深かった。

映画に対して、ストイックに生き、
映画について、哲学的に考える。

そんな彼の姿は、事前の想像以上で、
ますます、そんな彼の姿に魅了された。





自分が好きな人、尊敬する人にインタビューをするのは、
正直、照れくさくて、あまり得意ではないけれど、
基本的に「会って嫌いになる」ということが、
ほとんどない僕にとって、今日のインタビューは、
まさに、彼の魅力の一端に直に触れたようで、
本当に楽しいインタビューとなった。


幸いだったのは、
編集者が僕の自由に質問させてくれたこと。

単なるおバカ映画だから、お気楽インタビューでいい。
女性誌なんだから、もっとミーハー的視点でインタビューを。

そんな要求も強制もなく、唯一のリクエストが、


好きに聞いて、好きに書いていい。


ということで、たっぷり取材の醍醐味を味わった
インタビュアー冥利に尽きる一日となった。

ちなみに、映画のタイトルは『さくらな人たち』といい、
7月に発売される。興味のある方は、ぜひ!

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出演:河本準一(次長課長)
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shozf5 at 23:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 取材・インタビュー…… 

2009年06月25日

今日もまた、言い出せなくて……

原稿を書いていて、息詰まると近所の吞み屋に顔を出す。
ちょっとだけ酒を入れて、再び、原稿に取り掛かる。
で、中野ブロードウェイの近辺は、吞み屋の宝庫。

ボトルが入っている店も何軒かあるし、
新規開拓でも、それはまたそれで楽しく呑める。
今日は迷った挙句、なじみの店に顔を出す。

暖簾をくぐると、顔なじみの常連さんがいた。
カウンターはいっぱいだったけれど、
ちょうど、彼の横だけ空いていたので隣に座る。

「こんばんは」

といつものアイサツを交わし、僕は生ビールを頼む。
隣のオジサンが何をしているのか、詳しくは知らない。
オジサンもまた、僕が何をしているのかは
詳しくは知らないけれど、
それでも、何か文章を書いていることは知っている。

というのも、僕はよくその店で、
書きかけの原稿と赤ペンを片手に、
ああでもない、こうでもないと、推敲しているからだ。

ということもあって、オジサンは僕に対して、


「何かスポーツ関係の原稿を書いている人」


という認識を持っているらしい。


で、一杯目の生を飲み干す頃、オジサンに声をかけられた。


「負けちゃったね……。ビックリしたよ」


僕は何のことかわからず、オジサンの顔をうかがう。


「まさか、アメリカがスペインに勝つなんて」


わかっている人にはこれだけで十分なのだろうけれど、
僕には、何のことかサッパリわからなかった。


「えっ、何がですか?」


と聞こうとするや否や、オジサンは、


「サッカー不毛の地のアメリカが勝つなんて」


と言うので、ようやくサッカーのことだと理解する。


その後、すぐに、


「最終的に、コンフェデはどうなるのかな?」


と聞いてくるので、


(あぁ、コンフェデレーションカップが行われているのかな?)


と何となく、想像できた。


その後も、オジサンの問いかけは続く。


「新聞でしか読んでないんだけど、2本のシュートで、
 2得点ということは、やっぱりスペイン優勢だったのかな?」


(知らないです)


と言おうとするや、すぐに、


「どう、優勝の行方は?」


と逆質問を受けた。
僕は、今、何回戦が行われているのかも知らないし、
そもそも、そんな大会が行われていることすら知らない。


どうにも答えようがなくて、黙っていると、


「やっぱり、プロならではの視点があるから、
 そう簡単には答えづらいんだろうねぇ〜」


とオジサンは、深々とうなずいている。


(……何のプロ?)


そんな戸惑いを抱いているうちに、
オジサンは、今後の展望を語りだした。



……実は、これ、初めてのことじゃないんです。
以前は、ラグビーのU20の大会について、
その前は、バスケのbjリーグの行く末について、
オジサンは、いつも、僕にさまざまな問いを投げかけます。

僕は、日々の日刊スポーツぐらいしか情報源がないので、
まったく、的確な答えもできず、
それなりの固有名詞も知らないので、
いつも曖昧なまま、ただうなずいているだけ。
それなのに、彼はいつも、僕に「プロ視点」の答えを求めます。




今日も、そんな一日でした。
僕は、今日もまた「スポーツ、詳しくないんです」と
自らの立場を説明することができなかった。


以前は、「いつかきちんと釈明しよう」と思っていたけれど、
今では、「もう、このままでいよう」と開き直った次第。

それにしても、オジサン、スポーツ、詳しすぎ。
今日は、バレーボールのAクイックの誕生秘話を
延々と教えてくれました。どうもありがとうございます(笑)。




……ということで、これから、原稿を再開します。









shozf5 at 22:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ひたすらの、呑み…… 

2009年06月24日

ヤクルト館山昌平選手インタビュー

プロ野球が、交流戦直後の小休止に入り、
ちょっと寂しい思いをしていたものの、
本日、東京ヤクルトの館山昌平選手インタビュー。

連勝神話、不敗神話を構築中の好投手に、
今シーズン好調の理由……などは聞かず、
かなり搦め手からの異色質問に終始。

それでも、話の節々からは、
「やっぱり勝つ人は違うな」と思わせる、
哲学的な分析を多数聞くことができた。


元々、野球脳、野球偏差値の高い人だという評判通り、
すべての投球に根拠があり、すべての練習に意味がある、
そんなことを感じさせてくれるインタビューとなった。


自分の「理想の投球フォーム」が頭にあり、
連続写真で「何コマ目にこの姿勢」のような、
自分だけの、修正基準を持っているという、
まさにプロならではの凄みに驚かされた。


交流戦期間中、雨中での登板が2試合続いた。
その2試合とも、かなり精緻に見ていたのだが、
その裏には、初めて知るプロのプロたる由縁があり、
「もっと、もっと、野球を知りたい」と
取材後に、そんな気分にさせられたインタビューとなった。






shozf5 at 23:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0) スタジアムでビール! 

2009年06月23日

単純な近況報告……


ここ最近、原稿を書く日々。
三沢さん追悼本を読んだり、映画を見たり、
ジムのプールでボンヤリしたり、
女子野球、ヴィーナス・リーグの決勝を見たり、
日本酒をチビチビやったり、いくつか取材をしたり……。

そうそう、昨日はスカパー!で、
NOAHの後楽園ホール大会を見たけど、
寂しさを感じつつも、残された選手の奮闘は、
見ていて、熱いものを呼び起されたなぁ。

ひとまず、今週中には一段落するので、
あとしばらく、頑張ります。
以上、単純な近況報告でした……。


shozf5 at 21:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ボーッとしながら考える 

2009年06月18日

スタジオライフを、初めて観た!

ドクターコパさんとの、久々の再会の後、
そのまま新宿に行き、紀伊國屋ホールで芝居観劇。

演目は、スタジオライフの「LILIES」

以前、仕事で世話になった方に招待を受けて馳せ参じた。

1985年結成の、伝統あるスタジオライフという劇団。
実は、前住んでいたマンションのすぐ近くに事務所があった。
今、住んでいるところも以前とそう変わらないので、
今でも「ご近所劇団」のイメージが強い。

そのため、近所の商店街には、舞台告知ポスターが
いろいろなところに貼られている。

ポスターを見て、「男性だけの劇団」ということ、
そして、「ヴェニスに死す」や萩尾望都の「トーマの心臓」など、
耽美的作品が多いことは、何となく知っていた。
そして、ポスターの雰囲気から「同性愛」の匂いが、
かなり強烈にただよっていることも感じていた。
で、今日、その程度の予備知識だけで紀伊國屋へ。

内容は、上記リンク先を参照してほしいけれど、
事前の予備知識通りの超耽美的な物語だった。


遠目に見ていると、演じている役者のたたずまいから、
小栗旬と小池徹平が何度も激しいキスを繰り返しているように見えた。
何の脈絡もないけど、以前、取材のために読んだ
ボーイズラブの世界を、ふと思い出した。

小池徹平っぽい役者が、入浴しているシーン。
そこに、小栗旬っぽい役者が、着衣のまま飛び込み抱き寄せる。
その瞬間、徹平っぽい彼のお尻が露わになる。
僕の前にいた女性は、かなり大きな音で、
「ゴクリ」と唾を呑みこんだのには驚いた。

観客は女性ばかりで、男は数えるほどしかいなかった。
このホールでは、何度もいろいろな芝居を見たけど、
ここまで男女比が偏っていたのは初めての経験だった。

日頃、まったく縁遠い世界だったので、
新鮮な舞台経験をしたように思う。





shozf5 at 01:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 映画、音楽、そして本 

2009年06月17日

ドクター・コパさん、元気だったなぁ〜!

本日(17日)、銀座にてドクター・コパ氏の取材。

10年ほど前、僕はコパさんにとてもお世話になった。
当時、所属していた雑誌で、たびたび風水特集を企画し、
そのたびにコパさんに登場してもらっていた。
その雑誌に所属しつつ、それとは別にムックまで作った。

僕が26歳のとき、初めてマンションを買った。
物件を選んでいるときはもちろん、
購入後、部屋のインテリアまで、
コパさんにいろいろアドバイスをもらった。

「26歳でのマンション購入。長谷川君は偉い!」
そう言って、いつも褒めてもらっていた(笑)。


その後、社内で異動があり、雑誌が変わったことによって、
コパさんに取材を頼むことはなくなったけれど、
フリー6年目にして、ようやく、取材でコパさんに再会。

以前のように、今でも、すぐに取材意図をすぐに理解すると、
あとは、時折、ユーモアを交えつつ、立て板に水の解説が続く。


(コパさん、全然変わってないなぁ……)


そんな懐かしい思いを抱きつつ、取材は無事に終了。
同行した編集のK氏も、「すっかり感化されました」と、
帰社途中に、コパさんの本を購入したという(笑)。

取材場所となった銀座の自社ビルは、
完成時に花を贈って、パーティに参加して以来。
そのすぐ近くの呑み屋には、しばしば顔を出しているのに。

最近、三沢さんのことで、ふさぎがちだったけれど、
取材を通じて、コパさんに元気をもらった気がする。


思えば、10年前。僕は、月刊誌の編集をしつつ、
コパさんの本を作り、同時に三沢さんの本を作っていた。

今思えば、真面目に、熱心に働いていたなぁ〜、
給料が増えるわけでもないのに(笑)。







shozf5 at 23:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 取材・インタビュー…… 

2009年06月16日

ここ数日のこと……

三沢さんが亡くなって以来、仕事が手につかない。
相変わらず、「映像」を見る心境にはないけれど、
それでも、「活字」では、三沢さんを思い返している。


……とは言え、フリーの物書きとしては、
自分に与えられた仕事はきちんとやらねばならない。


13日(土)は、埼玉の庄和球場に行き、
ヴィーナス・リーグの決勝リーグを見た。
昨年のW杯でMVPに輝き、今春から平成国際大学に
入学した野口霞投手のピッチングを見た。

正直言えば、身体のキレや球の勢いは
昨夏のほうが断然すごかった。
本調子を取り戻すのは、これからなのだろう。

女子野球随一の運動神経を誇る「小さな大投手」、
太田さやか投手も肩の故障が癒え、好投を見せた。
一時期、野球を辞めるかどうか深刻に悩んでいただけに、
この日の快投はうれしかった。

試合前の中野菜摘選手にも会った。
野口さんと同じく、鹿児島神村学園を経て
今春、尚美学園大学に入学。
テレビ番組でもたびたび取り上げられる彼女は、
いつもの笑顔で、今の状況を話してくれた。

第二試合まで見て、その後、西武ドームに行き、
埼玉西武ライオンズ対広島東洋カープ戦を観戦。
思ったよりも移動に時間がかかってしまい、
GG佐藤のホームランは見られなかった。


14(日)は、三沢さんの報せを知った人たちから、
電話をもらい、思い出を話し続けた。
皆、電話越しに涙を流しており、
改めて、その存在の大きさを知った。


15日(月)は、三沢さん関連の本を読みながら、
その一方で、漫画『カイジ』を終日、読んだ。
今週、映画『カイジ』関連のインタビューをするので、
その下準備を兼ねて読んだのだが、
“たかが”「ジャンケン」を、一大ギャンブルに仕立て上げ、
息詰まる心理戦を描いた、その世界観の構築力に驚嘆。
「限定ジャンケン」、いやぁ、実に面白かった。

途中、一本、中野で打ち合わせ終了後、
散歩に行き、東京スポーツを購入。

もちろん、三沢さんが一面だったけど、
バックドロップ直後の写真が大きく掲載されており、
あまりにも生々しくて、正視できなかった。

最終22面には、これまでの名勝負集が。
昨日の、当ブログで記した98年10月31日、
小橋との43分29秒の激闘が中央に大きく掲載されていた。
プロレス大賞を獲得したこの試合は、
やはり、多くの人の記憶に焼きついているのだろう。



……さて、今週も、ポチポチと取材が始まる。
少しずつ、取材&執筆の日々に戻っていこう。






shozf5 at 11:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ボーッとしながら考える 

2009年06月15日

『三沢光晴の「美学」』に酔いしれて……

なおも、三沢さんについて書く。
三沢さんの死を知って以来、資料部屋に行き、
三沢さん関連書籍、雑誌を読み続けている。

三沢さんにインタビューしたときのMDも見つかったし、
当時の試合ビデオもいっぱいあったのだけれど、
ちょっとまだ辛くて見る気がしないので、
もっぱら活字で、三沢さんを偲んでいる。

98年10月31日の日本武道館大会。
メインイベントは、王者・小橋健太(当時)対三沢光晴。

試合は、43分29秒、左右のワン・ツー・エルボーで、
三沢さんが第20代の三冠王者に輝いた。

週プロ・98.11.17号












当時の「週プロ」の記事を読んで、この試合が鮮明に思い出された。
本当に、すごい試合だった。

ターンバックルに顔面から打ちつけられたとき、
「三沢さん、死んじゃうんじゃないか?」と本気で心配した。
馬場さんも「すごい試合だった」と総括していた。


そして、この試合の後、僕は三沢さんと呑んだ。


昨日も書いたように、この頃、三沢さんの本を作っていたので、
このときも、三沢さんの友人たちとともに、朝まで呑んだのだった。
43分もの激闘を終え、満身創痍にもかかわらず、
それでも三沢さんは笑顔で、淡々と呑み続けていた。

いつか、もう少し気持ちの整理ができたなら、
この試合を改めて、見直してみたい。



資料部屋にあった本の中では、
2002年に出版されたムック『三沢光晴の「美学」』が面白かった。

週プロスペシャル・2003












三沢さん本人のロングインタビューや、
ゆかりの人たちのインタビューが満載されていて
過去の写真などもかなり充実している。

その中でも特に、今は亡き冬木弘道のインタビューがよかった。
若い頃、地方会場で地元ヤクザと揉めたときのこと。

冬木引退興行開催を決定するにあたって、
初めて三沢さんが「公私混同」したこと。

社長としての「ビジネス」と、先輩後輩としての「友情」を
巧みに折り合いをつける三沢さんの心意気について。

いろいろ、いいエピソードが満載だった。


これらのエピソードは直接見聞した事ではないけれど、
三沢さんの取材を通じて、あるいは酒場でのやりとりで、
「男気」と「ユーモア」と「ダンディズム」を感じさせる
そんなエピソードはいくらでもあったことを思い出す。

『三沢光晴の「美学」』、改めてゆっくりと読み直したい。
そして、その「美学」に酔いしれつつ、静かに酒でも呑みたい。



shozf5 at 12:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 忘れられぬインタビュー 

2009年06月14日

馬場さんが亡くなったときのこと 〜三沢光晴インタビューから〜


さらに、三沢さんについて書きたい。

これまで三沢さんには何度も話を聞いている。
ここ最近はごぶさたしてしまっていたが、
最後にきちんとインタビューをしたのが数年前。

「かなしみ」というテーマで、色々な人に、
自らの「悲しみ」、「哀しみ」について、
語ってもらう企画で登場してもらった。

短い文章なので、以下に、その全文を掲載したい。
文中にある「馬場さん」についてのエピソード。
三沢さんが亡くなった今読むと、改めて感慨深い……。





かなしみ

「今、若者が頭に血が上るとすぐに、“殺す”とか
口走るようだけど、そんな言葉はオレには使えない。
人ひとりの人生を殺すとか、殺さないとかね。

そこまで育つためにいろんなことがあっただろうし、
それを全部、オマエは背負えるのか? その覚悟はあるのか?
それは、オレだって背負える自信はないし、実際に背負えない。

その辺の人生の重さ、命の重さ、人の痛みを考えてほしい。
ケンカして、頭に血が上っているときに、
そこまで冷静になるのは難しいかもしれないけどね。

泣くことはあるか、って?
うーん、ケガの痛みでは泣かないし、
悔し泣きも、高校以来ないし……。

身内が亡くなったこともないので、
人の死というものはあまりピンとこないんだけど、
(ジャイアント)馬場さんが亡くなったときに、
すごく泣いたことを覚えています。

亡くなってから3日後ぐらいなんですけどね。
ふとした瞬間なんです。
友だちとカラオケをしていたとき。

そのときは(松山)千春さんの歌で、
ドラマ『みにくいアヒルの子』の主題歌なんかを歌っていて、
ふと涙がこぼれたんです。
最初は、ポロッと。そのうち、声を出して……。

酒を呑んでいたっていうのもありますけど、
その日は朝方までずっと泣いていました。

でも、泣くときはあんまり我慢しない方がいい。
泣くだけ泣いて、サッパリする、それって大事ですよね。

わかりやすく言うと、女性とケンカして、
いつまでもヒクヒクしてる女って、
自分が悪くても何かムカついてきますもんね(笑)。

でも、何で3日後なんだろう?
きっと、“実感”の問題なんでしょうね。
いて当たり前の人がいない。二度と会うことができない。
それを実感するのに3日という時間が必要だったんですかね。

馬場さんの死で、人の命の重さや、人の存在感、
そんなことを考えさせられました。

偉そうなことを言ってるけど、このオレも仕事上、
体の痛みはよくわかるけど、他の人の気持ちの痛みは、
きっと死ぬまでわかんないでしょうけれどね……」





shozf5 at 10:41|PermalinkComments(7)TrackBack(0) 忘れられぬインタビュー 

素顔の三沢光晴 〜取材を通じて〜

僕がまだ編集者時代に、三沢光晴さんと出会った。
当時、全日本プロレスに所属していた三沢さんは、
「四天王」のリーダーとして、名実ともに輝いていた。


そして僕は、同じく編集者のS先輩とともに、
「四天王」を中心にした書籍を編集することになった。
執筆するのは、音楽ライターの長谷川博一氏。
(僕と同じ「長谷川」だけど、親戚関係はまったくナシ)

三沢さんの大ファンである長谷川さんは、
どうしても「四天王」の本を出版したく、
企画をまとめてS先輩に相談し、実現の運びとなっていた。


その取材を通じて、三沢さんには実によくしてもらった。
激闘を終えたばかりの、仲間だけが集まる呑み会にも、
何度も呼んでもらい、リング上の姿とは正反対の
素顔に触れるたびに、その人間性に魅了された。


その後、「四天王」本は無事に出版され、
幸いにも、好評を博し、売れ行きも好調だった。


そこで、今度は会社に対して、
「三沢さん単体の本を出版したい」と直訴した。
前作が売れていたこともあって企画はすぐに通った。

三沢さんに出版依頼をすると、いつもの静かな笑顔で
「あぁ、いいですよ」とニヤッとしながら快諾してくれた。


――取材は楽しかった。


回を重ねるごとに親しみは増し、酒量も増していった。

この取材過程で、ジャイアント馬場さんが亡くなった。

全日本プロレスの団体存続問題、次期社長問題、
さまざまなものが、当時「エース」の座に就いていた
三沢さんの両肩にのしかかりつつあった。
ちょうどその頃、三沢さんの取材を続けていた。

酒の席で、つらつらと自らの心境を語ってくれた。
当時、抱えていたさまざまな問題は生々しかった。
ちょうどその頃、「ノア」という言葉を耳にした。

三沢さんの中には、後に彼が旗揚げすることになる
現在の「ノア」のイメージが出来上がっていたようだった。

三沢さん単独の単行本は無事に発売され、
こちらも、多くのファンに好評のうちに迎え入れられた。


それ以降も、武道館で試合が行われたその日の夜、
三沢さんと呑む機会を、たびたびいただいた。

いつも淡々とグラスを呑み干し、
気心の知れた仲間たちとバカ話に興じていた。

あるとき、「3人で呑みたい」とS先輩とともに三沢さんを誘った。

青山の鮨屋で、三沢さんとカウンターに並んだ。
相変わらず淡々と呑み続ける三沢さん。
それは実に、ゆったりとしたいい時間だった。
その鮨屋では、何度かともに時間を過ごした。


ある日のこと。


心地よい酔いのまま、店を後にし、青山をブラブラ歩いているとき。
三沢さんが、ぶっきらぼうな口調で、僕たちにこう言った。


「いつでも、連絡してよ、……友だちなんだからさ」


この言葉を聞いて、とても感激したことをハッキリと覚えている。


三沢さんに対して、馴れ馴れしく接することは、
もちろん、その後も決してなかったけど、それでも僭越ながら、
「オレたちは友だちなんだ」という思いは、
僕の中にはしっかりと息づいていたし、
それはS先輩もまた同様だったことと思う。


その後、僕は勤めていた会社を辞めた。
そして、女子高生の奮闘を描いた最初の本を出版したとき、
「こんな本を書きました。もしよかったらお嬢さんに」と
三沢さんに、件の鮨屋で本を手渡した。

その翌年、三沢さんからいただいた年賀状には、
娘さんからのお礼の一文が添えてあった。

きっと、三沢さんが娘に命じて書かせたのだろう、
そう考えると、年明け早々、幸せな気分に包まれた。



昨日、「友だち」が逝った、という。


追悼の意を込めて、古いビデオを引っ張り出してみた。
けれども、どうしてもそのビデオを見ることができなかった。

代わりに、当時、出版された本を朝方まで再読した。
当時の三沢さんのことがさまざま思い出されて、
胸が苦しくなったけれど、それでも、
「この本を作ってよかった」と改めて思った。




三沢さん、本当にどうもありがとうございました。
どうか、安らかにお眠りください。

三沢さんが、リング内外で見せてくれた様々な男気。
少しでも近づけるように、僕も見習います。

本当に、どうもありがとうございました……。



shozf5 at 10:27|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 忘れられぬインタビュー 

三沢さん、どうもありがとうございました……


三沢光晴さんが試合中に亡くなったそうだ……。
正直なところ、まったく混乱しています。

三沢さんには、本当にお世話になりました。

錦糸町で呑んだときのこと、一生、大切な思い出にします。
三沢さんの呑みっぷり、男気、本当にカッコよかったです。

本当に、どうもありがとうございました……。




shozf5 at 00:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2009年06月12日

「10人兄弟貧乏アイドル」を読む!

先日の、小明著「アイドル墜落日記」に続いて、
本日、上原美優著「10人兄弟貧乏アイドル」を読了。

10人兄弟貧乏アイドル☆―私、イケナイ少女だったんでしょうか?10人兄弟貧乏アイドル☆―私、イケナイ少女だったんでしょうか?
著者:上原 美優
販売元:ポプラ社
発売日:2009-05
おすすめ度:3.5
クチコミを見る


読後の感想は、


「まるで、ケータイ小説の世界だな……」


というひと言に尽きる気がする。

一時期、仕事の関係でケータイ小説を買い漁り、
かなりの情熱を持って、読み漁った。

上原美優さんのこの本にもケータイ小説を想起させる
さまざまなエピソードが山盛りだった。

バラエティー番組で見せる「貧乏キャラ」だけではない側面。
すでに、ワイドショーで報道されているように、


水商売でのアルバイト体験、
レディースに所属していたこと、
集団暴行の被害にあったこと、
失恋による自殺未遂について……


実に赤裸々に描かれていた。
個々のエピソードとしては、先にも述べたように、
ケータイ小説で描かれている場面を彷彿させるものだった。

けれども、本書の特筆すべき点は、
「そうした過去を現役アイドルが語っている」という一点にある。


本書前半の「貧乏エピソード」では、
家族の在り方や「幸福とは何か」が、期せずして(?)語られていた。

しかし、中盤から後半にかけて、
彼女が思春期に突入する辺りから、怒涛のエピソードの連続。

文体が柔らかいから、多少、過激さは薄まっているものの、
それでも、現在22歳の彼女が経験してきたことの重さ、
背負っているものの大きさを考えると、衝撃度は高い。


詳しくは書かないけれど、本書のあとがきにある
「幸せの記憶」というワンフレーズ。
まさに、これこそ、彼女流の「幸福論」を表現しているのだと思う。

彼女のファンの中には、本書を読んで
「幻滅した」という人もいるかもしれない。

けれども、それ以上に「以前よりもファンになった」
と言ってくれる人が多いとと思うし、そうあってほしい。




本書とは関係ないけれど……

彼女が水商売を辞めたのが2008年3月のこと。
わずか1年あまり前のことだという。

それが、今ではテレビで注目され、
こうした自伝まで出版される状況に。
まさに、「これこそ、芸能界!」という感じ。





shozf5 at 14:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 映画、音楽、そして本 

サラリーマンナイト、楽しかったなぁ!

本日(11日)、打ち合わせ終了後、そのまま西武ドームへ。
目的は、西武対阪神戦を観戦すること。
いや、正直に言えば、試合終了後に行われる
「サラリーマンナイト」が最大のお目当て。

「サラリーマンナイト」とは、
西武が昨年から始めたファンサービスで、
試合終了後に、グラウンドを開放し、
内野では、元西武の選手がノックをしてくれ、
外野では、自由にキャッチボールができるイベント。
もちろん、サラリーマン限定


去年は、タイミングが合わずに参加できず。
でも、今年もやるということで、実際に参加してみたら、
これが、楽しいこと、楽しいこと。すっかり病みつき。

今日のノッカーは、いずれも元西武の高木大成氏、
現役続行にこだわりつつ、今春引退を表明した小関竜也氏。

ギックリ腰に悩まされており、突然の腰痛に対する不安はあったけど、
僕は、セカンドの位置で、高木大成氏のノックを受けた。
かなり緩いゴロだったので、難なくさばけたし、
一塁への送球も問題なくできて、まずはひと安心。

「ナイスキャッチー!」

と高木大成さんに言われ、
現役時代はそれほどでもなかったのに、
急に高木大成ファンになってしまった(笑)。

ノック終了後、ある雑誌のインタビューを受けた。
首からぶら下げられている「プレスパス」に、
その媒体名が書かれていたのだけれど、
それは、以前、僕も原稿を書いたことがある雑誌だった(笑)。

自分の素性を明らかにしようかどうか迷っているうちに、
質問をされたので、自分のコメントが使われるかどうか関係なく、

(なるべく、編集者が喜ぶことを、ウソをつかずに、
 原稿にまとめやすいように、
 キャッチーなフレーズで答えよう!)


と編集さんの繰り出す質問に受け答えした(笑)。

その際にも言ったけれど、これからも、
なるべく時間の都合をつけて、またぜひ参加するつもり。
……あぁ、いい汗かいた。楽しかった。


イベント終了後には、小関竜也氏のささやかな引退セレモニー開催。
突然の引退表明で、引退セレモニーが行われていないということで、
サラリーマンナイトに集まったファンたちが見守る中、
胴上げ、花束贈呈が行われた。それも、ちょっといいシーンだった。


追伸
結局、最後に自分の素姓を告白。
その方とは面識はなかったけれど、
僕のことを知っていてくれて、ひと安心。

僕はともかく、一緒に行った友人のコメントが
掲載されたらいいな、とひそかに思っています。






shozf5 at 00:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0) スタジアムでビール! 

2009年06月11日

「アイドル墜落日記」は、実に名著!

近々、アイドル関連のドキュメントを連載予定。
ということで、アイドル関連書籍を読み漁っている。

アイドル墜落日記アイドル墜落日記
著者:小明
販売元:洋泉社
発売日:2009-06-02
おすすめ度:5.0
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で、先日、読んだ小明(あかり)著『アイドル墜落日記』にいたく感動。
噂には聞いていたけれど、こんなに面白いとは!


作者の小明さんは、芸能界初の「エプドル(エプロン・アイドル)」として
デビューも、あまりにも奇をてらいすぎたためか、デビューに失敗。

仕事は増えず、円形脱毛症に苦しみ、精神にも変調をきたす中、
それでも、懸命に「アイドル」にこだわり仕事を続ける。

まるで騙し打ちのような「着エロ」撮影の数々、
それにまつわる事務所とのトラブルといったネガティブな出来事を、
自虐的に、そして、露悪的に、ユーモアをまぶして文章に綴る。


「ここまで書いていいのか?」

この本を絶賛していた旧知の編集者は僕にそう言った。


――けれども。


正直なところ、僕はそうは思わない。
文中でウソを書いているとは全然思わないけれど、
それでも、作者はまだ、核の部分は秘している。

もちろん、「だからダメだ」と言うつもりはない。
むしろ、「書かなくていいことは書かなくていい」し、
「しゃべりたくないことはしゃべらなくていい」と思う。

その上で、作者なりの倫理観や生真面目さを踏まえてできあがった、
人を惹きつけてやまない物の見方と文才に感嘆した。


「書かなきゃいけないこと」「書きたいこと」、
そして、「書いてはいけないこと」、
「自分の中で整理がついていないこと」……。

そうしたものが渾然一体となって生まれた文章の数々。
僕自身もかなり刺激を受け、楽しく(驚きながら)読んだ。

これから始める連載に向けて、僕が知りたいこと、
僕が書きたいことの輪郭が見えてくる名著だった。


追伸
彼女はよく、中野ブロードウェイにやってくるという。
実は以前、原稿に行き詰まり階下の書店に行ったとき、
彼女によく似た人の姿を見かけたことがある。
あれは、彼女自身だったのだろうか?
今となっては確かめる術もないけれど。


また、読了後に知ったことだけど、この本を編集したのが、
以前、偶然新宿の呑み屋で一緒になった編集者だった。


私がアイドルだった頃
私がアイドルだった頃
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追記
上で書いた「元アイドル連載」が一冊にまとまりました。
『私がアイドルだった頃』(草思社)です。
どうぞよろしくお願いいたします。


shozf5 at 15:09|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 映画、音楽、そして本 
PROFILE
SHOICHI HASEGAWA 
1970年5月13日・東京生まれ。
ノンフィクション・ライター
日々、旅をして、人に出会い、
話を聞き、それを文章にする。
そんな日々の雑感です。
長文になると思います。

ちなみに、上の写真は、
モハメド・アリ@北朝鮮です!
(07年3月1日付参照のこと・笑)
shozf5@gmail.com


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