2016年01月05日

ヤマトに猛虎に新日本! この正月に読んだ本

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年末年始は映画を見たり、本を読んだり、久々にノンビリと過ごした。この間に読了して面白かったのは、『「宇宙戦艦ヤマトをつくった男 西崎義展の狂気』(牧村康正+山田哲久・講談社)、『1985 猛虎がひとつになった年』(鷲田康・文藝春秋)、『新日本プロレスV字回復の秘密』(長谷川博一・KADOKAWA)

「ヤマトをつくった〜」の西崎義展氏の、文字通り「狂気」は、彼がすでに亡くなっていること、残された遺族とラ紫崎本人が没交渉であり、むしろ憎まれていたからこそ、より筆も進んだのだろう。それにしても、毀誉褒貶の激しい人物であったようだけど、氏の「ヤマト愛」は本物だと思う。共著にする意味が最後までよくわからなかったけど、一気に読了できた。

「1985 猛虎が〜」はオーソドックスな構成。阪神日本一の85年シーズンを、前年の84年オフからスタートし、85年2月から11月まで、さらに「その後」を描く。ほぼすべての主力選手の「証言」に加え、マネージャーやグラウンドキーパー、フロント組も登場する点が面白かった。僕は、あまり表に出ない「裏方」に関心、興味があるタイプなのだろう。

「新日本プロレス〜」は、帯にあるように「倒産寸前の危機的状況から、奇跡的な復活を遂げた衝撃の舞台裏に迫る」内容。と言っても、経営分析のようなお堅いものではなく、格闘技路線を採り入れることで迷走を始めた90年代後半から、どん底だった05、06年、そしてブシロード体制となった12年からの快進撃を(ほぼ)時間軸に沿って関係者の「証言」から振り返る。「野球人気回復のヒントになるのでは?」という思いで手にとった。マニアと新規ファンへの目配りなど、参考になる点も多々あったと思う。

気になったのは本の表紙に著者名が表記されていないこと。奥付を見て、先輩ライターの本だと知った。「著者名がなくても売れる」という判断なのだろうけど、書き手に対する敬意がまったくなく、失礼だし残念に思う。








shozf5 at 11:26|Permalink 映画、音楽、そして本 

2016年01月04日

パ・リーグ6球団福袋をすべて購入してみた!

昨年末の、楽天福袋先行予約から始まり、年明けの新春初売りセールまで。ひたすらパソコンのの前で球団公式ネットショップにアクセスをして、無事にパ・リーグ6球団の「新春福袋」を購入

そこにどんな意味があるのか? それは問わないで下さい(笑)。もちろん、この閉塞した現代社会に風穴を開ける意義などないことは重々、承知しています。今春発売する次回作に詳しくは書きますが、無事に購入できたことにホッとしています。

すべての商品が届くのは今月中かな? 月末までのささやかな楽しみができた。それにしても、せっかく年末に大掃除したのに、今年もまた段ボールの山ができていく……。

ソフトバンク福袋

【ソフトバンク】8900円(税込)+送料500円

日本ハム福袋

【日本ハム】5000円(税別)+送料0円
※日本ハムだけ税別(消費税・400円)

ロッテ福袋

【ロッテ】5000円(税込)+送料0円

西武福袋・5000円

【西武】5000円(税込)+送料525円

オリックス福袋

【オリックス】6000円(税込)+送料670円

楽天福袋

【楽天】5000円(税込)+送料400円




shozf5 at 12:12|Permalink スタジアムでビール! 

2016年01月01日

2016年も素晴らしい1年でありますように!

ラッキーヱビス


年末にいただいた「幻の銘酒」をいただきながら、ノンビリと実家にて過ごしています。持参した本を読みながら、ダラダラするつもりです。

多くの方々に支えられながら、ここまでやってくることができました。2016年も精力的に取材&執筆活動を続けていくつもりです。本年もご指導、ご鞭撻のほどどうぞよろしくお願いいたします!

写真は数百本に1本程度と言われている、幻の「ラッキーヱビスラベルです! 魚籠の中に鯛がもう一匹、隠れています。新しい1年も、みなさまにとって素晴らしい年となりますように。


shozf5 at 01:30|Permalink ひたすらの、呑み…… 

2015年12月31日

2015年のお礼と2016年のごあいさつ

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2015年もいよいよ暮れようとしています。みなさんにとって、今年はどんな1年だったでしょうか?

僕は今年4冊の書下ろしと1冊の文庫版の計5冊を発売するという、とても慌ただしい1年となりました。4〜5年かけて取材を続けてきたテーマが次々と発売されていき、ようやく肩の荷が下りたような気がしました。

来年3月発売の次回作はすでに取材を終え、構成もほぼ完成しているので、年明けからすぐに書き始めるつもりです。そして、夏に発売予定の新刊もすでに取材が佳境に入り、順調に進んでいます。

他にも、ここ数年取り組んでいるテーマがいくつかあります。それらが完成、発売されるのは再来年以降のことになりそうですが、これからも地道に、そして着実に取材を続け、執筆していくつもりです。

過去3年間続いた大殺界が明ける2016年。少しずつ地歩を固めていきながら、さらなる飛躍を目指して頑張っていく所存です。どうぞ、これからもお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

みなさんにとっても、2016年が素晴らしき一年となりますよう! どうぞ、幸せな年末年始をお過ごしください。

今年1年、どうもありがとうございました。来年もまたどうぞよろしくお願いいたします!



【2015年発売・新刊リスト】











shozf5 at 03:14|Permalink ボーッとしながら考える 

2015年12月27日

『Cawaii!』と、作家・中島京子の蒼き日々



昨日発売された、最新刊ギャルと「僕ら」の20年史 女子高生雑誌Cawaii!の誕生と終焉』(亜紀書房)では、直木賞作家の中島京子さんから、帯の推薦コメントをいただいた。

私たちは今までどこにも
属さなかった読者を相手に
しているんだなって気づきました


2010年『小さいおうち』で直木賞を受賞する中島京子さんは、雑誌『Cawaii!』の創刊メンバーの一人だ。『Cawaii!』編集部では、僕とはニアミスだったけど、別々の雑誌の編集者として、同時期に同じ会社に在籍していた。


僕が『Cawaii!』編集部に移動した後、創刊編集長と酒を飲んでいたときに、こんなことを言われた。

「長谷川、タヤマカタイって知ってるか?」


突然、何を言うのかと思いながら、僕は答える。

「作家の……、あの『蒲団』の田山花袋ですか?」

読んだことはなかったけれど、受験勉強の記憶をたどりながら答えた。

「そうだ。よく知ってるな。その田山花袋の『蒲団』をアレンジして中島が小説を書いたんだよ」

一足先に会社を辞めた中島さんがアメリカにわたって、帰国後フリーライターになっていることは知っていた。酒場で何度か同席したこともあって、小説家を目指していることも知っていたので、特別驚きはしなかった。

「その小説がかなり面白いんだよ。あれはかなり良くできた作品なんだ」

……そのときは、それで話題が終わった。けれども、あれから二十年近く経つというのに、このときの編集長とのやり取りはハッキリと記憶に残っている。滅多に褒めない編集長が「よく知ってるな」と発言したのが嬉しかったからだろう(笑)。

それから、しばらくして中島さんの作品は『FUTON』と題されて店頭に並んだ



僕はすぐに購入して一気に読んだ。上から目線の発言だけど、見事なデビュー作だと思った。その後、次から次へと話題作を発表し、多くの文学賞を受賞。一気に人気作家の仲間入りを果たした。

そして、2010年。『小さいおうち』が発売されたときにもすぐに買って読んだ。そのときに、「映像化されそうないいお話だな」と感じた。そして、見事に直木賞を獲得。しばらくして、あの山田洋次監督が映画化すると聞き、「当然だよな」と納得したことを覚えている。


今回、『Cawaii!』の物語を執筆するに当たって、どうしても中島さんに当時の思い出を聞きたいと思った。

(ひょっとして、中島さんはあの時代のことを話したくないのかも……)

何だか知らないけれど、勝手にそんな不安を抱きつつ、取材のお願いをするとアッサリと快諾していただけた。駆け出しの後輩に対する気遣いだったのかもしれない。

そして、お話を伺うと、当時の生々しい心境が語られ、卓見も随所に発揮された。特に、「あの雑誌は《郊外》を発見したのだと思う」という発言には、深く納得した。

それまでの既存の女性誌が扱っていた、銀座や青山、代官山ではなく、栃木のコなら上野、飯能のコなら池袋など、都内近郊の読者たちのリアルな情報を拾うことで、『Cawaii!』は草の根的な誌面作りが可能になった。「それが読者たちの共感を得たのでは?」という発言だった。

他にも、「雑誌」という概念の変容について、現在のSNSと『Cawaii!』との関係について……、本書執筆において、参考になる言葉がたくさんあった。

中島さんにお話を聞いてから、発売までに2年もかかってしまった。「長谷川クンは結局書けなかったのかな?」と心配されていただろう。ようやく完成のご連絡をすると、「ご苦労さまでした。楽しみにしています」とねぎらいの言葉をもらった。

このギャルと「僕ら」の20年史では、若き日の中島さんの迷いや葛藤にも触れた。本書は直木賞作家の蒼き日々の奮闘の物語でもあるのだ





shozf5 at 13:12|Permalink 執筆、執筆、執筆…… 

2015年12月26日

今年は書きに書きまくって、5冊を出版!

2015年も押し迫ってまいりました。年内に書かねばならない原稿もすべて書き終え、つかの間の休息に浸りながら、ノンビリと過ごしています。

さて、今年は書下ろし新刊4冊、以前出版したものの文庫版1冊、合計5冊を出版いたしました。


ここ数年、九州地方を中心に積極的に取材を続けてきたのが、太平洋クラブ、クラウンライターライオンズに関する物語です。

『野球小僧』誌での連載を皮切りに、同誌の休刊によって、他社である『ベースボールマガジン』誌に連載が移って、継続連載したものの、編集長交代によるリニューアルとともに連載中断。出版化を諦めつつあったときに、関係者の尽力によって、またまた別の出版社から何とか出版にこぎつけました。

まるで、西鉄から太平洋・クラウン、そして西武へと短期間で移り変わったライオンズそのもののような経緯だけに、ようやく完成した喜びでいっぱいです。


稀代の名レスラー・三沢光晴氏が亡くなって、今年で七回忌を迎えました。期せずして、生前の三沢さんにお世話になった3人が集まり、「何か三沢さんの物語を作りたいね」と話していたことが、トントン拍子にまとまり、「三沢さんの命日である6月13日までに完成させよう」と一気に取材をし、怒涛の如く書き上げました。

出版をご快諾いただいた三沢夫人、そして三沢さんの最期を看取った医師の取材協力なくしては、この物語は完成しませんでした。アクシデントが起きて、救命治療を施し、息を引き取るまで……。関係者たちの生々しい証言を基に、「あの日」を描き、そして、今もなお多くの人々に影響を与え続ける「あの日からの三沢光晴」を描いた物語です。


女子野球日本代表・マドンナジャパンを追いかけ続けて、早くも10年の月日が流れました。昨年、宮崎で行われたワールドカップ(W杯)にも大会期間中、ずっと代表に密着しました。そしてつかんだ、大会四連覇。マドンナジャパンの強さは本物でした。

けれども、なかなか世間の認知度は高まりません。「何とか力になれないか」と考えていたところ、女子野球関係者から、「ぜひ本を出してほしい」と力強く後押しされて、書き上げたのがこの本です。本書発売後も、選手たちが大会会場で販売してくれたり、本当に感謝、感謝、感謝です。

この本には、マドンナジャパン一人ひとりがどんな思いを抱えて野球をやっているのか、どんな人生を歩んできたのかが書かれています。来年2016年は韓国でW杯が行われます。もちろん、僕もまた帯同するつもりです。


2011年に発売された本書。この本によって、僕の物書きとしての人生は大きく変わりました。地味な題材でありながら、多くの人に読んでいただき、「マイナーなものに光を当てることの意義」を改めて認識した次第です。

そんな思い出深い本が、加筆して文庫化されました。それまで面識のなかった若き編集者から突然、「文庫にしませんか?」と連絡が来たときの喜びは忘れられません

この『最弱球団』があったから、今年発売した『極貧球団』が生まれました。実はこの『○○球団』シリーズ、僕の構想では全三部作の予定です。第三弾の発売はいつになるのか? もうしばらく頑張るつもりです。


そして、本日全国発売となったのが、この本です。僕はかつて『Cawaii!』というギャル雑誌の編集者でした。当時、この雑誌は売れに売れまくっていました。女子高生たちは本当にパワフルで、元気に渋谷を闊歩していました。

しかし、僕がこの編集部を去りフリーランスとなった後に、この雑誌は次第に失速を始め09年に休刊します。その知らせを聞いたとき、僕は自分の耳を疑いました。あれだけ元気だった雑誌が休刊するという事実を受け入れることができなかったからです。

そこから、旧知の先輩、後輩たちに話を聞き、この雑誌の生涯と、女子高生カルチャーを描くことを決めました。しかし、思いのほか難航して完成までに6年近くかかってしまいました。

あの雑誌が生み出したものは何だったのか? 女子高生カルチャーとは何だったのか? ギャルはどこから生まれ、どこに行ったのか? そんなことをまとめた本です。



……以上、今年刊行された5冊について振り返ってみました。ジャンルもテーマもバラバラですが、来年以降も自分の気になること、自分が読みたい本を作っていこうと思っています。

来年はすでに2冊の出版が決まっています。数年にわたって、取材を続けているテーマも3本ほどあります。2016年も元気に精力的に頑張っていくつもりです。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!


shozf5 at 19:03|Permalink 執筆、執筆、執筆…… 

2015年12月25日

新刊『ギャルと「僕ら」の20年史』、本日発売です!

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突然ですが、「みちょぱ」って、ご存じですか? 平成10年生まれの17歳。『ポップティーン』の人気モデルで、16歳のときに同誌史上最年少で単独表紙を務めた、現役バリバリのギャルだ。

「街からギャルが消えて久しいけど、どうしてなんだろう?」と思っていたところ、関係者に「かつての正統派ギャルが今も頑張っていますよ」と教えられ、のこのこと会いに行った。

ちなみに、「みちょぱ」とは本名の「美優」と『ワンピース』の「チョッパー」を組み合わせた造語(笑)。

当時16歳の彼女に、当時44歳の僕が単刀直入に聞く。


「ギャルって何ですか?」
「ギャルはどこに行ったんですか?」
「つけま重くないですか?」


僕の幼稚な質問に対する彼女の答えはシンプルで力強い。僕は内心、感動していた。

(何てわかりやすく話してくれるコなんだろう……)

彼女は言う。

「ギャルは見た目だけじゃなくて、中身もギャルマインドじゃなくちゃダメだと思う」

「ギャルマインドって、何ですか?」

「それはね……」

年を食ったバカな生徒に対して、金髪のギャル先生が優しくレクチャーしてくれた。彼女とのやり取りが面白く、内容も示唆に富んでいたので、本日発売の新刊『ギャルと「僕ら」の20年史』において、終章に登場してもらうことにした。

みなさん、「ギャル」って何だと思いますか?


ということで、新刊ギャルと「僕ら」の20年史 女子高生雑誌Cawaii!の誕生と終焉』、本日発売です。どうぞよろしくお願いいたします!





shozf5 at 18:52|Permalink 執筆、執筆、執筆…… 

2015年12月22日

新刊『ギャルと僕らの20年史 女子高生雑誌Cawaii!の誕生と終焉』、いよいよ発売です!

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かつて一世を風靡した女子高生雑誌『Cawaii!』。最盛期には40万部超の売り上げを誇りながら、2009年に休刊に。かつて僕はこの雑誌の編集者でした。20代の終わりから30代の初めにかけて、ギャルとギャル男たちと仕事をしていました。

20世紀末、女子高生カルチャーは百花繚乱の時期を迎えていました。コギャル、チョベリグ・チョベリバ、ルーズソックス、カリスマ、エンコー(援交)……。流行語大賞には彼女たちを取り巻くさまざまなフレーズがノミネートされました。

本書は渋谷発の熱いカルチャーとあの雑誌にかかわった編集者たちの群像劇です。人気読モたちやカリスマ店員たちはもちろん、4人の歴代編集長と、浜崎あゆみから絶大な信頼を得ていたものの、若くして亡くなった天才編集者、そして後に直木賞を受賞する女性編集者、そして若かりし頃の僕自身……。

ギャルカルチャーの物語であると同時に、雑誌カルチャーの物語であり、編集者たちの情熱の物語でもあります。いよいよ、今週末から書店店頭に並びます。どうぞよろしくお願いいたします!




shozf5 at 16:08|Permalink 執筆、執筆、執筆…… 

2015年12月10日

12月に、新刊が2冊発売されます!


2009年から取材を始めていた雑誌『Cawaii!』にまつわる物語。ようやく完成、出版の運びとなりました。

ギャルと「僕ら」の20年史
女子高生雑誌Cawaii!の誕生と終焉


かつて、一世を風靡した雑誌『Cawaii!』。95年の臨時増刊発行から09年の休刊までの14年間の物語。あの当時、編集者たちはどんな思いで、この雑誌を作っていたのか? あの当時、本当に元気だったギャルやギャル男たちは何を考えていたのか? 当事者たちの証言からあの時代を振り返りつつ、「ギャルはどこに行ったのか?」を解き明かしました。

以下、アマゾンの「商品紹介」からの抜粋です。

世界共通語「カワイイ」はここから生まれた! コギャル、読モ、ガングロ、ルーズソックス、 アムラー、109、ミージェーン、カリスマ店員、 プリクラ、浜崎あゆみ、板野友美―― “失われた20 年" の記憶をたどる旅!! 初代編集長から4代にわたる男性編集長と、 当時 Cawaii! 編集部員だった著者自身の歓喜と苦悩、 そして女子高生モデルやカリスマ店員の駆け抜けた時代を リアルな筆致で描き出す群像ドラマ!



なぜ、僕が「ギャル」なのか? 実は僕はかつて、この雑誌に少しだけ関わっていました。40万部強の部数を誇っていた全盛時代、20代だった僕もまた、この雑誌の編集部で奮闘していました。だからこそ、後の休刊には言葉を失うほど驚きました。

そこで、かつての先輩、後輩、仕事仲間たちを訪ね歩いて、この雑誌の遺したもの、果たせなかった夢、どうして休刊となってしまったのか……。取材を通じて強く印象に残ったのは、若くして亡くなった「天才編集者」の雑誌にかける執念のような思いでした。彼の遺したページを振り返りつつ、彼が生きた証を記録したつもりです。

そんなことをまとめた物語です。どうぞよろしくお願いいたします。


また、本日から以下の新刊も発売されます。
こちらは、単著ではなく、共著となります。僕は、今季限りで引退した前日本ハム・木佐貫洋氏の物語を書きました。丁寧に受け答えをする木佐貫氏の誠実な態度がとても印象的でした。こちらも、どうぞよろしくお願いいたします。


shozf5 at 11:01|Permalink 執筆、執筆、執筆…… 

2015年11月12日

ときは流れる。季節は巡る――台湾・天母棒球場

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プレミア12をテレビ観戦。昨日のメキシコ戦は台北の天母棒球場で行われた。中田翔の大活躍、メキシコの粘り強さなど試合も面白かったのだけれど、どうしても両軍ベンチ、観客席、スコアボードなど、球場設備が気になって仕方なかった。

2006年の夏、僕はこの球場に10日間通い続けた。「第2回女子野球ワールドカップ」が行われていたからだ。僕にとっては初めての女子野球国際大会取材。前年に初めての「女子野球本」を出したばかりで、選手との関係も今よりもずっと希薄ではあったけれど、某スポーツ誌の依頼を受けて、台湾へと旅立った。

結局、この大会で日本はアメリカに敗れて準優勝に終わる。決勝戦は0対10から10対10に追いつくものの、11対13で敗れ去った。その後もずっと女子野球取材を続けているけれども、この一戦は僕にとって「生涯忘れられない試合」となった。

この試合で印象的だったのが二番手に登板した中島梨紗だった。大会全6試合中5試合に登板。他の投手陣が満身創痍だったこともあって、この大会での中島は身をちぎるようにして投げ続けた。その鬼気迫る姿は見る者に畏怖の念を抱かせるに十分なものだった。

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……第1回プレミア12を見ていて、9年前の夏の光景がありありと浮かんできた。今日のドミニカ共和国戦からは桃園球場に戦いの舞台が移る。予定では今後、今大会では天母での試合は行われない。

あの夏の中島梨紗の奮闘を、僕は決して忘れないだろう。その彼女も、今季限りでの現役引退を決めた。ときは流れる。季節は巡る。


shozf5 at 11:12|Permalink 今日も元気に女子野球! 

2015年11月09日

1980年2月23日〜12球団ファンクラブ評論家Ⓡの原点〜

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昨年、プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!』(集英社)という本を出版した。

タイトルの通り、2005年から2014年にかけての10年間にわたって、全球団のファンクラブに入会してみた顛末をまとめたバカバカしい内容のものだが、思いのほか話題になって多くの人に読んでもらうこととなった。

さて、お手元にある方は、ぜひ46ページをご覧になってほしい。そこには、「僕とファンクラブの35年闘争(笑)」と題されたミニコラムがある。

ここでは、僕が初めてヤクルトのファンクラブに入ったのが1980年であること。そして、そのきっかけは当時購読していた『朝日小学生新聞』に掲載されていた「ファンクラブ特集」を見て、母が入会を勧めてくれたことを記した。


今日、来年発売する新刊の資料を集めるために朝から国会図書館で調べ物をしていた。必要な資料をある程度見つけた後に、ふと『朝日小学生新聞』のことを思い出した。拙著で書いたように、この記事が掲載されたのは「80年の開幕前」であることは間違いない

ということで、1980年1月からの『朝日小学生新聞』を請求して、この記事を探してみることにした。1月1日の元日号から始まり、丹念に記事を拾っていく。この年開催予定のモスクワ五輪について、前年に話題になった機動戦士ガンダムの記事などが続き、そして2月23日7面、ついにその記事が見つかった!

この記事を目にした途端――自分でも驚くほど鮮やかに――9歳当時の情景が脳裏に浮かんできた。特に深く考えることなく、ヤクルトファンクラブに入会した僕は、まだ小学校3年生だった。そこから35年が経ち、45歳の中年男性となった(笑)。

まさか大人になって、全球団のファンクラブに11年間も入会し続け、特許庁に出向いて「12球団ファンクラブ評論家Ⓡ」で登録商標を取得するとはまったく思ってもみなかった(笑)。国会図書館の片隅で、僕はしばしの間、感慨に浸っていた……。











shozf5 at 23:07|Permalink スタジアムでビール! 

2015年09月09日

『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』が文庫本に!

最弱球団 高橋ユニオンズ青春記
長谷川 晶一
彩図社
2015-09-16


2011年に発売した『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』が、9月16日、文庫版として発売されます。
すでに絶版となっていたのですが、今回、若い編集者の熱意によって、文庫化が実現しました。

今回、本文に加筆を行い、出版後の反響や、新たに連絡先が分かったOB選手のその後を描いた「高橋ユニオンズは終わらない」を最終章として書き下ろしました。

この出版を記念して、9月27日には『プロ野球ニュース』でおなじみのユニオンズOB・佐々木信也氏とのトークイベントをQVCマリンフィールドで行います。トークイベント後には、佐々木さんとともに、この日行われるロッテ対ソフトバンク戦を一緒に観戦する催しです。

詳しくはこちらまで!

もろもろ、どうぞよろしくお願いいたします!




shozf5 at 17:34|Permalink 『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』関連 

2015年07月09日

最新刊『マドンナジャパン 絆でつかんだ四連覇』新発売!


女子野球本としては2年半ぶりの新作となる『マドンナジャパン 絆でつかんだ四連覇』(亜紀書房)が、7月24日頃から発売されます。

詳細は改めてご報告します。どうぞよろしくお願いいたします!


shozf5 at 12:08|Permalink 今日も元気に女子野球! 

2015年06月19日

『2009年6月13日からの三沢光晴』、重版決定!



先週10日に発売された新刊『2009年6月13日からの三沢光晴』(主婦の友社)。おかげさまで、発売前から予約が殺到し、発売3日目となる12日にはすぐに重版、増刷が決定しました

また、多くの方からの反響、感想をいただき、作者としてとても嬉しく思っています。以下、いくつかご紹介させていただきますので、ご覧いただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。


突き刺さる秒針の動きと、その後に息づく人間像――『2009年6月13日からの三沢光晴』を読んで
プロレスライターとして活躍中の鈴木健氏のブログです。こちらからどうぞ。

「2009年6月13日からの三沢光晴」を読んで
プロレスファンにはおなじみのキャスター・三田佐代子さんのブログです。こちらからどうぞ。

人間的な彼らのなんと魅力的なことか/2009年6月13日からの三沢光晴
漁師JJさんによる人気プロレスサイト「多重ロマンチック」です。こちらからどうぞ。


今後も、書評がいくつか掲載される予定です。随時、ご報告いたしますので、引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

shozf5 at 09:20|Permalink 執筆、執筆、執筆…… 

2015年06月18日

『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』文庫化決定!



不思議なこともあるもので、昨日、今日と高橋ユニオンズ関連の動きが、突然活発化している。

まずは昨日のこと。2011年に出版した拙著『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』はすでに絶版となっているのだけれど、大幅に加筆を行って、今秋に文庫化されることが決まった


4月に開催された「東京野球ブックフェア」において、「限定10部、最後の販売」と銘打って販売したばかりで心苦しいのだけれど、この「最後の販売」がきっかけとなって、ある編集者から「ならば文庫化しませんか?」とご提案を受け、本決まりとなった。

改めて、資料部屋からユニオンズの資料を引っ張り出していたところ、本日立て続けに2件もユニオンズ関連の出来事が。

1件は、高橋オーナーのお孫さんから「ユニオンズOBの連絡先が新たにわかりました」とのメール。そこには某選手の電話番号が書かれてあり、「長谷川さんのことも伝えてあります」とのこと。さっそく電話してみると、「いろいろとお話したいことがあります」というので、来週、ご自宅まで伺うことになった。


そしてもう1件は、以前取材した方から封書が届いた。そこには兵庫の丹波新聞の記事が同封されていた。今年の5月14日付のコラムに拙著が紹介されている記事だった。

あんなに地味な作品だったのに、それでもこうしてまだまだしぶとく息づいていることが嬉しい。この作品がなければ、今週発売の『極貧球団』も生まれなかった。出版から4年経って、突然の動きに驚いているけれど、僕にとっても思い入れの深い作品なので、新たな気持ちで取り組みたい。

以下、その新聞記事より。

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こちらは、今週20日発売の最新刊『極貧球団 波瀾の福岡ライオンズ』です。どうぞよろしくお願いいたします。



shozf5 at 15:39|Permalink 『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』関連 

2015年06月16日

『極貧球団 波瀾の福岡ライオンズ』、ついに発売!



先週10日発売の『2009年6月13日からの三沢光晴』に続いて、今週20日には『極貧球団 波瀾の福岡ライオンズ』が発売されます。

こちらは、1973〜76年まで存在した太平洋クラブライオンズ、そして77〜78年までのクラウンライターライオンズ、両チームの6年間を関係者40数名の証言で描いた物語です。

経営母体が脆弱で、「いつ潰れてもおかしくない」という状態の中で、関係者たちは奮闘を続けました。その中で、東尾修、基満男、竹之内雅史、真弓明信、若菜喜晴、永射保、ビュフォード、レポーズ、ハワードら、個性的な選手を多く輩出しました。

話題作りのために、ロッテとの遺恨騒動を演出。当初はうまくいっていたものの、やがて制御不能の混沌とした状態に陥ったこともあれば、アメリカの名将、レオ・ドローチャー招聘をぶち上げたものの、オープン戦が始まっても来日せず、結局、監督就任断念の憂き目を見たこともありました。


弱ければ、弱いなりに思い切ったプレーをしようという選手の矜持。貧しければ、貧しいなりに話題を生み出し、少しでも観客動員につなげたいというフロントの奮闘。「九州の田舎球団」と言われながらも、選手たちはたくましく戦い続ける。


弱く、貧しく、たくましく――。


西鉄ライオンズと西武ライオンズ、二つの名門球団に挟まれた太平洋クラブ、クラウンライター。この苦難の6年間があればこそ、後の栄光がありました。野球史において、ほとんど顧みられることのない6年間にスポットを当てた物語。どうぞ、ご覧下さい!


shozf5 at 11:59|Permalink 執筆、執筆、執筆…… 

2015年06月09日

新刊『2009年6月13日からの三沢光晴』発売です!



早いもので三沢さんが亡くなって、今度の6月13日で6年が経つ。七回忌に向けて、新刊『2009年6月13日からの三沢光晴』(主婦の友社)が6月10日に発売される。

あの日、現場にいたレスラー、マスコミ、そしてご遺族の許可を得たうえで、三沢さんの最期を看取った3人の医師たちに話を聞いて、「あの日の三沢光晴」と、「あの日からの三沢光晴」を描いた。


リング禍が起きた6月13日午前2時、三沢さんは「ある女性」に電話をかけていたことが関係者への取材でわかった。この電話から始まり、三沢さんが亡くなった翌朝までを描いた第一部。

そして、「あの日」から6年が経ち、遺された人々の中に今も息づいている「三沢イズム」を描く第二部。

第一部を聞く場面では、取材をしていて、何度も息苦しくなった。思い出したくない過去を蒸し返す心苦しさもあったし、三沢さんが亡くなる経緯が生々しくもあったからだ。

一方の第二部においては、6年が経つというのに、それぞれの人々の中に有形無形で「三沢の教え」が息づいているのがよくわかった。

本書では「三沢さんの死」を通じて、今も多くの人に影響を与え続けている「三沢さんの生」を描いたつもりだ。

ぜひ、多くの人に読んでもらいたいと心から願っています。どうぞよろしくお願いいたします。


以下、「アマゾン」の内容紹介より。


稀代の名レスラー・三沢光晴がリング上の事故で命を落とした2009年6月13日。当日、会場にいた選手、マスコミ、そして治療にあたった医師の証言から、あの日起こった出来事の真相に迫る。死因は即死とも思われる頸髄離断だったが、ICUでは一度心拍が再開していたという。広島大学病院の救命医があの日のICUでのことを初めて明かす。そして最後の対戦相手となった齋藤彰俊は事故から数カ月後、三沢が生前に残したメッセージを受け取っていた。「社長からのメッセージを受け取って、すべて受け止めて現役を続けるという自分の決断は間違っていないと思えました」という齋藤は「答えは自分で見つけろ」という三沢のメッセージを胸に今も歩み続けている。また、小橋建太、潮豪、丸藤正道、鈴木鼓太郎、浅子覚、西永秀一ら深い関係を持つ人物たちにとって2009年6月13日からの三沢光晴はどう息づいているのか? 

目次

序 章 三沢光晴からの電話

【第一部 2009年6月13日の三沢光晴】
第一章 午後三時、会場入り
第二章 午後八時四三分 バックドロップ
第三章 午後一〇時一〇分 最期の瞬間
第四章 翌朝七時、齋藤彰俊の決断
第五章 それぞれの六月一四日

【第二部 2009年6月13日からの三沢光晴】
第六章 二〇一五年、春――あれから六年
第七章 レスラーたちのそれから
第八章 三沢光晴からの伝言

終 章 オレのマブダチ


shozf5 at 21:29|Permalink 執筆、執筆、執筆…… 

2015年02月21日

『マドンナジャパン光のつかみ方2』発売決定!

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2012年のカナダ・エドモントン大会の舞台裏をまとめた『マドンナジャパン光のつかみ方』発売から2年。この間に侍ジャパン女子代表・マドンナジャパンは2014年の第6回女子野球ワールドカップ日本・宮崎大会も制覇してV4を達成。

そして今夏、ついに『マドンナジャパン光のつかみ方』の第二弾、『マドンナジャパン絆が生んだ4連覇』(仮)の発売が決定しました!

正直なことを言えば、「前作で書きたいことは書いたから、今回は出版は難しいかな?」と弱気になっていたところ、関係各位の多大な後押しを受け、第二弾の発売が決定。みんなの情熱を意気に感じて、胸の奥に眠っていた「書きたい!」という思いが沸々と湧いてきた次第。

そして、この2月。次回作『太平洋・クラウンライオンズ書籍(仮)』執筆の合間を縫って、マドンナジャパン選手たちに会い、じっくりと話を聞き続けた。全20名の選手のうち、すでに半数強のインタビューを終えた。

昨年9月の大会以来、久しぶりに選手たちにじっくりインタビューをした。同じ時期に同じ空間で過ごしながら、それぞれが考えていたことは微妙に異なり、さまざまな想いがそれぞれの胸にしまわれていた。そして、すべての選手が、それぞれの葛藤を抱えていた。

・ファーストミットを使うか、使わないか?
・セットにするか、ワインドアップにするか?
・フォームを変えるか、そのままでいくか?
・投手起用なのか、野手起用なのか?
・話題優先なのか、実力主義なのか?
・プロ入団か、アマのままでいるか?
・現役続行なのか、引退なのか?


なかには、「代表になりたくなかった」と発言した選手もいた。あるいは「美人すぎる野球選手」と話題になった選手もいた。外からはうかがい知ることのできない、彼女たちの内面を再び描こうと、現在、残りの取材も続行中。前作『マドンナジャパン光のつかみ方』の続編としての位置付けで、前作で紹介した選手たちの「あれから2年」を中心に、新たに加わった選手たちの物語を描いていくつもりです。

発売は7月中旬予定。どうぞご期待ください。引き続き、よろしくお願いいたします!




shozf5 at 12:04|Permalink 今日も元気に女子野球! 

2015年02月13日

『読む野球』第7号、阪急エース陣と中嶋聡の物語!

山田久志氏 (2)


本日、『読む野球』第7号が発売された。この号でも巻頭企画を書かせていただいたが、今回のテーマは、


中嶋聡〜プロ29年生、その蒼き日々


今年29年目を迎える中嶋聡捕手の阪急時代を中心に、山田久志、佐藤義則、今井雄太郎、山沖之彦各氏に「蒼き時代の中島聡」についてお話を伺い、そして中嶋聡選手本人に、阪急・オリックス時代を振り返ってもらって、30000字の長編物語を執筆しました。

自身の引退試合であり、阪急のラストゲームにプロ2年目の中嶋を指名した山田久志、仰木監督に干されていた中嶋を救ってくれた佐藤義則……。今井雄太郎、山沖之彦、両投手とも、「阪急の仲間として、アイツには頑張ってほしいんですよ」と白い歯をこぼした。

それにしても、山田久志氏さんのお話は面白かった。彼が語る一流選手のダンディズム、ファンへの接し方、いずれも大選手の佇まいにあふれていた。

『読む野球』は、次号に向けてそろそろ動き始めます。これからも、興味深いテーマをじっくりと掘り下げていこうと思っています。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします!



























shozf5 at 14:57|Permalink 執筆、執筆、執筆…… 

2015年01月22日

大豊泰昭氏からのラストメッセージ

大豊氏一本足


1月18日、中日ドラゴンズなどで活躍した大豊泰昭氏が亡くなった。51歳という若さだった。

一昨年秋、僕は大豊氏にインタビューをした。テーマは「一本足打法について」。王貞治氏はもちろん、片平晋作氏、駒田徳広氏など、一本足打法に挑戦した方々に会って、一本足打法とは何なのか? なぜ、今ではあのようなフォームの打者はいないのか? そんなことを尋ね歩いていた。

大病を患ったことは聞いていたけれど、目の前に現れた大豊氏の痩せ細った身体に言葉を失った。現役時代の偉丈夫なイメージとはほど遠く、それはまさに病人そのものだったからだ。

それでも、大豊氏は饒舌だった。話しているうちに、身振り手振りを交え、さらに静かに立ち上がると一本足打法の極意を実演を交えて伝授してくれた。「体調はあまりよくない」と聞いていたから、内心ではハラハラしていたけれども、一度、構えに入ると見事にビシッと決まったのが、本当にカッコよかった。

波乱万丈の野球人生に加えて、ときおり交えるユーモア。歯に衣着せぬ毒舌などがバランスよくミックスされていて、お話はとても面白かった。ただ、ときおり見せる、寂しそうな発言が切なかった。

大豊氏


ハッキリとは明言しないものの、「外国人が外国で暮らすことの厳しさ」、「閉鎖的な日本野球界の弊害」をにじませる発言も、ちらほらと漏れてきた。


最新刊『プロ野球、伝説の表と裏』にも書いたけれど、彼が漏らしたこんなセリフが胸に刺さる。


「台湾からやってきた僕が世の中で認めてもらうためにはホームランしかなかった。みんなを満足させられるのはホームランだけだった。僕は14年間で277本のホームランしか打っていません。でもね、僕のホームランはその一本、一本が涙と汗と血の結晶でした。一本のホームランを打つことに必死でした」


一本足打法修得は、本当につらく厳しい道のりだったという。大豊氏は「生まれ変わったら二本足で打ちたい」とも言っていた。それでも、一本足打法のおかげでホームラン王も獲得できたことも大豊氏は重々、承知している。

長時間に及んだインタビューの後、彼はなおも話し続けてくれた。たわいもない雑談もまた絶妙な話術で時間の経つのを忘れさせてくれるほどだった。

この雑談の中で、自費出版で写真集を作ったことを聞いた。「一部、購入させて下さい」と頼むと、「お金はいいよ」と大豊さん。そんなわけにもいかないので、お支払いすると「押し売りしたみたいでゴメンね」と笑顔。

そして、大豊さんは言った。

「実はね、こんなものを書いてみたんですよ……」

そこには、きれいな字で大豊さんの「打撃理論」がまとめられていた。

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感心して読んでいると、僕にひと言、「よかったら差し上げますよ」と言った。

A4六枚、すべて直筆による力作だったために恐縮していると、「ぜひ、もらって欲しいんです」と笑顔になった。

今となっては、どうしてそんなことを言ってくれたのかわからない。原稿を書く際の参考のためだったのか、それとも、書籍化を希望していたのだろうか?

文章の最後には、こう記されている。

「さぁ……、自分の感性と慣性を磨こう。自分の能力を信じて努力する。夢は簡単に実現できないが、あきらめと中途半端だけはやめよう。厳しく、楽しく、頑張ろう」

努力の人が、静かに逝った。早すぎる死を悼んで、合掌。






shozf5 at 16:40|Permalink 忘れられぬインタビュー 

2015年01月06日

【太平洋・クラウン書籍・執筆余話01・基満男氏】

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2011年から取材を続けてきた太平洋クラブ・クラウンライターライオンズ関連取材。1973〜1978年まで、太平洋4年、クラウン2年の合計6年間という短期間だけ存在したプロ野球チーム。これまでにOB、フロントなど、のべ40数名のインタビューを行った。そして、ようやく今春、一冊の書籍として刊行されることが決まった

この年末年始は、これまでに行った膨大なインタビュー原稿を整理し、構成を考える作業に没頭。年明け早々、韓国取材があったため、実に慌ただしかったもののようやく構成も見えつつある。この物語は、ずっと「早く書きたい」と思いつつ、あえて自分を焦らしてきたため、おそらく書き始めたら、あっという間に執筆完了となるような気がしている

この6年間、チームに在籍した基満男氏――。
基さんには11年12月、そして14年12月、二度にわたって福岡でお話を聞いた。基さんのお話は実に面白い。現役時代から一匹狼で、人とつるむことをしなかった性格そのままに他の選手に対する批判がかなり厳しい。特に、同僚だった竹之内雅史氏に対する舌鋒は鋭い

開口一番、「オレはアイツのことは好きじゃない」と言い放つと、その理由を詳しく話てくれた。後に、竹之内さんに基さんの発言を告げると、「いかにもアイツらしいよ」と豪快に笑った。そんな竹之内さんもカッコよかった。

詳しくは、これから本書で執筆していくつもりだけれど、ひとつだけエピソードをご紹介したい。

「オレは、“竹之内はラクやなぁ、幸せな選手やなぁ”って、ずっと思っとったよ」

その理由を聞くと、

「気持ちよくバットを振って、当たればヒット、外れればゴメンナサイで済むやろ、アイツは。でも、そんなのがホントにプロか?」

ファンは、当たればホームラン、ダメなら三振という豪快スイングを喜ぶもの。でも、基さんによれば、「素人のファンならばそれでもいいけど、本物の玄人の目から見れば、あれは自分本位のバッティング」とのこと。そして、基氏はこう締めくくった。

「ヒットを打つやろ? でもな、本当に大切なことは、自分で喜ぶか、それとも相手ピッチャーを泣かすか? どっちかっちゅうことよ」

自分で気持ちいいスイングをして豪快な一発を打って喜んでいるうちは、まだ素人。一方で、相手ピッチャーに散々、苦労させた上で、その決め球を平然と打ち返すのが本物の玄人。それが、基氏の考えだった。

竹之内さんには竹之内さんの考えがあり、言い分があるのだけれど、それは別の機会に触れたい。基さんも、竹之内さんも、「本当のことならば、どんどん書いていいよ」と言ってくれたのがありがたい。

そして、基さんは2人の打撃について端的に言った。

「……つまりは、野球観がまったく違うんだよ、竹之内とは」


基さん、竹之内さんをはじめ、太平洋・クラウン戦士は実に個性的な面々ばかりだった。今後、少しずつ、このブログにて、執筆中のこぼれ話を記していきたいと思う。どうぞよろしくお願いいたします。



※2014年12月5日に新刊、『プロ野球、伝説の表と裏』を発売しました!






shozf5 at 20:01|Permalink 『太平洋・クラウン』書籍関連 

2014年12月31日

「1993年の伊藤智仁」――その反響を受けて

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12月5日に発売したばかりの最新刊『プロ野球、伝説の表と裏』(主婦の友社)。発売以来、多くの感想をいただいた。その中でも、特に反響が大きかったのが、第4章「1993年の伊藤智仁だった。

数年前に、『マツコ&有吉怒り新党』の「新三大○○」のコーナーで、伊藤智仁が採り上げられたことがある。詳しくは、こちらのリンクを。

僕も「有識者」の一人として、この番組にちょっとだけかかわったのだけれど、番組スタッフによれば、この回は類を見ない反響を呼んだのだという。僕自身も、周囲から「番組見たよ」とか、「感動的だった」としばしば声をかけられた。


元々僕自身がヤクルトファンであり、伊藤智仁氏と同じ1970年生まれということもあり、「いつか伊藤智仁を書きたい」とずっと思っていた。そして、今回、ついにその願いがかなった。これまでに何度か伊藤さんにインタビューをしてきたけれど、彼が一貫して言い続けていることがある。

「人は僕のことを《悲運のエース》と呼ぶけれども、
 僕は決して《悲運》なんかではない」


1993年前半――伊藤はまるで、夏の日の花火のようにまばゆいばかりの閃光を残して消えていった。後に故障に苦しみ続けて引退していったことも多くのファンは知っている。その姿があまりにも鮮烈すぎたからこそ、人は彼を「悲運のエース」と呼ぶのだろう。

本書の取材において、古田敦也氏は「伊藤のスライダーはすごかった。それは自信を持って言えます。僕が保証します」と力強く語った。

同じく、チームメイトだった石井一久氏も、「僕にはプロでライバルという存在はいなかった。でも、プロに入って一番すごいと思ったのは(伊藤)智さんでした。後にも、先にも、あんなすごいボールは見たことがありません」としみじみと語った。

本書では伊藤本人を含めて、彼とゆかりのある人物8名に話を聞いて物語をまとめた。「どうして、伊藤の雄姿は、今もなお人々の胸を打つのだろう?」、そんなことを胸に秘めながら、原稿を書いた。

2014年も、多くの人にインタビューをして、たくさんの原稿を書き、『プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!』(集英社)を含めて、2冊の本を出版した。これまで、12冊の本を出版してきたけれど、今回の伊藤智仁の物語もまた、ずっと忘れられない物語となりそうだ。願わくば、ぜひ多くの読者にも伊藤の物語を共有してほしい――。そんな切なる願いでいっぱいです。











shozf5 at 11:56|Permalink 執筆、執筆、執筆…… 

2014年12月08日

新刊『プロ野球、伝説の表と裏』、いよいよ発売です!



プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!からおよそ半年。久しぶりの新刊が発売となりました。

野茂英雄氏にフォークの握りをしてもらった写真が表紙のプロ野球、伝説の表と裏(主婦の友社)です。

ムック『読む野球』に掲載したものから4編を選び、追加取材をし加筆して構成しました。4編の物語で全27名の方々にお話を伺いました


第一章 「ドクターK」の真実
第二章 一本足打法の光と影
第三章 福本を、刺せ!
第四章 1993年の伊藤智仁



第一章では、野茂英雄、阿波野秀幸、立花龍司、吉井理人、光山英和、鈴木啓示、藤江均

第二章では、王貞治、片平晋作、大豊泰昭、荒川博、駒田徳広

第三章では、福本豊、神部年男、東尾修、堀内恒夫、大熊忠義、柴田勲、梨田昌孝

第四章では、伊藤智仁、古田敦也、石井一久、立浪和義、篠塚和典、宇佐美康広、谷川哲也、秋吉亮

本書の取材、執筆を通じて、「ときが流れたからこそ、明らかになること、口外できること」、そんなものがたくさんあるのだということを再確認しました。どうぞよろしくお願いいたします。

年明けには全然別テイストの新刊2冊の出版も控えております。来年もまた頑張ります。どうぞよろしくお願いいたします!

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shozf5 at 10:28|Permalink 執筆、執筆、執筆…… 

2014年08月20日

「12球団ファンクラブ評論家」「女子野球評論家」で商標登録されました!

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おかげさまで、拙著『プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!』は、発売以来好評で、版を重ね続けております。思いもよらぬ反響にとまどいつつ、喜んでいます。

さて、この本の「著者プロフィール」の欄に、次の文言があります。


「現在、『12球団ファンクラブ評論家』の肩書きで商標出願中」


もちろん、誰もこんな肩書きを名乗りたいとは思わないだろうし、今後も名乗りを上げる人はいないことは承知しています(笑)。

でも、弁理士の友人と呑んでいた際に、商標登録の話題となり、「よし、出願しよう!」と酔った勢いで決断し、およそ半年をかけて、ついに受理されました。



出願費用や登録費用に、意外と多額の出費となりましたが、これからは、堂々と12球団ファンクラブ評論家、そして、女子野球評論家と名乗っていこうと思います。それに何のメリットがあるのかはわかりませんが、まぁいいでしょう(笑)。

どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします!





shozf5 at 15:40|Permalink 執筆、執筆、執筆…… 

2014年05月20日

構想10年、取材10年、執筆10日! 新刊・『プロ野球12球団ファンクラブ全部に10年間入会してみた!』、5月26日発売です!



8ヵ月ぶりの新刊が5月26日に発売されます!
集英社からの発売で、タイトルは、

『プロ野球12球団ファンクラブ全部に
10年間入会してみた!』


長いタイトルで恐縮ですが、さらにサブタイトルもあります。

〜涙と笑いの球界興亡クロニクル〜

このメインタイトルとサブタイトルで、
内容は十分伝わるはずです(笑)。

2005年から今年、2014年までの10年間、
僕は12球団すべてのファンクラブに入会しました。

当初から「本にしよう」という下心があったわけではなく、
もちろん、誰かに命令されたわけでもなく、
本当に単なる遊び心、悪乗りで始めたものでした。

しかし、始めてみたところ、これが実に楽しい。
最初は「1年だけで終わりにしよう」と思っていました。
ところが、いざ始めてみると辞める理由が見つからない
むしろ、「こんな楽しいこと辞められるか!」と心変わり。

その集大成を、一冊の本にまとめてみました。
内容は、

・2005〜2014年までの年度別総括
・球団別ファンクラブ通信簿
・特典グッズ名品&迷品ベスト10
・ファンクラブ事件簿
・年度別ファンクラブ・オブ・ザ・イヤー
 グッズ・オブ・ザ・イヤー
・プロ野球ファンクラブあるある
・大躍進、DeNAファンクラブ担当者インタビュー


などなど。

これまで10冊のノンフィクション作品を出版してきました。
しかし、本書は今までの10冊とは異質なものとなりました。
まず文体が違います。さらに内容の大半がほぼ主観(笑)。

気軽に読める読み物ながら、それでも各球団の問題点や、
野球界が抱える課題が浮き彫りになるように書きました。

構想10年、取材10年、執筆10日!

「文系野球」の新たな地平を目指しました。
ぜひぜひ、お読みいただければ幸いです。
どうぞ、どうぞよろしくお願いいたします!




shozf5 at 02:41|Permalink 執筆、執筆、執筆…… 

2014年05月13日

「美人すぎる野球選手」騒動の中で……

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今回のマドンナジャパン候補選手の中で、
「美人すぎる」とか、「可愛すぎる」とか、
様々な表現で話題になった女子選手がいた。

これらの報道の影響なのだろう、僕のところにも、
「彼女の情報を教えて下さいよ!」と連絡がきた。
でも「よく知りません」と曖昧にして答えなかった。

なぜなら、彼女について知りたがっている内容が、
あまりにも下品で、下らなかったからだ。

騒動の渦中にあった頃、彼女に連絡をした。
やはり、予想通りの事態が起こっているようだった。
インターネット上には適当な噂や悪口が渦巻く。
彼女は小さく笑いながら言った。


「私、ミジンコメンタルなんで、
 かなりへこみました……」



かつて、片岡安祐美、川端友紀が通った道だった。
以前話を聞いたとき、片岡、川端両選手は言った。


「私を通じて女子野球が注目されるならば、
 たとえ、どんな話題でも構いません……」



こうして迎えた侍ジャパン女子代表候補、岡山合宿。
2日間にわたる3試合の強化試合が行われた。
今合宿で初めてプロから6選手が合流。
それぞれが、圧倒的な実力を見せつけた。

そして、2日目の2試合目が終了後、
別室に集められ、代表候補32名が22名にしぼられる。

話題になっていた彼女は、今回は候補から外れた。
彼女に密着していた報道陣は落胆したものの、
それでも、カメラは執拗に彼女を追い続ける。
おそらく「涙のシーン」が欲しかったのだろう。

それまで気丈に振舞っていた彼女だったけれど、
最後の最後で、大粒の涙がこぼれ落ちた。
泣かせるための誘導尋問のように、僕には見えた。
4台のテレビカメラはその姿を撮り逃さない。
こうして、彼女のインタビュー撮影は終わった。

僕はその様子を遠巻きに見ていたけど、
彼女が近づいてきたので、声をかけた。


「大変だったね、ミジンコメンタルは強くなった?」


精一杯の笑顔で彼女は言う。


「ハイ。ミジンコよりはましになったと思います!」


そして、このときも以前と同じことを口にする。


「それでも、女子野球が少しでも注目されるなら、
 いろいろあったけど、いいことだと思います」



これもまた、片岡、川端選手から聞いた内容と、
まったく同じ言葉だった。僕は大げさではなく、
彼女は「日本の宝」だと思っている。
この日の経験を糧にした彼女の2年後に期待する。

今回、彼女は女子野球のために本当に頑張った。
背負わなくていい責任を胸に、本当に奮闘した。

shozf5 at 10:13|Permalink 今日も元気に女子野球! 

2013年09月18日

新刊・『夏を赦す』、いよいよ発売です!

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いよいよ今週、足かけ6年かけた作品が発売される。

『夏を赦す』(廣済堂出版)

夏を赦す
長谷川 晶一
廣済堂出版
2013-09-21



以下、アマゾンの「内容紹介」から。

元日本ハム・岩本勉には誰にも言えない秘密があった。
かつて、彼は「岩本勉」ではなく「大山勉」だった。

彼には長い間、ひそかに胸に秘めていた想いがあった。
家族のこと、仲間たちのこと、そして自身のこと……。

平成最初の夏、阪南大高校野球部に不祥事が起きた。
その「事件」は3年生20名の運命を変えた。
岩本は「後ろめたさ」を抱えたままプロ入り。
その後、16年の現役生活をまっとうし、
岩本の同級生たちもそれぞれの人生を生きた。

四半世紀を過ぎて、今明らかになる事実と秘密。
奪われた夏から始まる元球児たちの再生の実話。



6年前に岩本勉と知り合い、「いつか書こう」と思いつつ、
なかなか筆が進まず、ようやく完成した作品。

今月9月でフリーになってちょうど10年。
僕にとっての10作目は特に思い入れのある作品となった。


上の写真を見てほしい。
小さくてわかりづらいけれど、右下には「89・7・7」とある。

平成最初の夏、1989年7月7日、ある事件が起きた。

この写真は、その事件後に撮られたものだが、
岩本をはじめとする被写体たちは、この時点では、
このとき何が起きていたのか、誰も知らなかった。

このときから、彼らの人生は大きく変わった。
「失われた夏」から始まる元球児たちの奮闘の歴史。

岩本本人、そして家族、同級生、恩師……。
多くの方にお世話になって、ようやく完成しました。
どうぞ、よろしくお願いいたします!

shozf5 at 13:11|Permalink 執筆、執筆、執筆…… 

2013年04月23日

世代を超えた女子球児たちの競演!

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……すっかり、放置ブログとなってしまった(笑)。

この間、7月発売新刊の最終執筆に励み、
某著名人のゴースト本を構成&執筆し、
年末に出版した『マドンナジャパン光のつかみ方』
トークイベントを小西美加、川端友紀選手と開催。
それなりに忙しい日々を過ごしていた。

そして、5月に某局で放送されるテレビドキュメンタリーの
制作のお手伝いをすることになり奔走していた。

60分番組なので、数エピソードが含まれるのだけれど、
その中のひとつに「現役女子プロ野球選手」と、
戦後すぐに勃興した「女子プロ野球選手」たちとの、
「世代を超えたキャッチボール」を一つの柱として企画。

そして、舞台を4月20日、神宮球場に定めた。

この日、女子プロ野球公式戦が行われるため、
戦後の女子球児たちに集まってもらい、
試合前のひととき、キャッチボールに興じてもらおう。
そう考えて、関係各位に協力を仰ぐと、
みんながとても好意的に協力を申し出てくれた。

その一方で、おばあちゃんたちに声をかけてみると、
「ぜひやりたい!」とあっという間に15名が集まることに。

下は66歳、最年長は81歳という超高齢集団(笑)。

当時のユニフォームはもうないけれど、それでも、
思い思いのユニフォームとグラブを持ち寄って、
当日、神宮球場に集まってくれた。

彼女たちはかつて、後楽園球場や神宮球場で
プレイをした経験を持つ人たちばかりだ。
実現すれば、半世紀超ぶりの神宮帰還となる。

体調のご都合などで2名が欠席したものの、
全13名の「戦後女子球児」たちはみな興奮顔。

しかし、この日はあいにくの雨。
試合前に雨脚は激しくなり、18時前には中止が決まった。

それでも、日本女子プロ野球機構(JWBL)は、
このイベント実現に向けて献身的にサポートしてくれた。

結局、神宮球場でキャッチボールをすることはかなわなかった。
しかし、室内練習場脇のブルペンでイベントは決行された。

現役選手たちと戦後女子球児たち。
総勢30名超の新旧野球「少女」たちの競演。
その光景を見ているだけで、胸が詰まった。

簡単な準備運動の後、イベントは始まった。

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時間にして15分ほどだろうか?

(どれぐらい投げられるのだろうか……?)

事前に、そんな不安を抱いていたけれど、
みな10〜15メートルほどの距離を普通に投げている。
ステップを使って、軽快にスローイングしている人もいる。

私服姿では背中が丸まっていた人も心なしかしゃんとしている。
杖をついて現場にやってきた人も、杖なしで身体を動かしている。

現役選手たちからも「お元気ですね!」「ナイスボール!」と、
おばあちゃんたちに激励と賞賛の言葉がかかる。

真っ暗な夜空からは、相変わらず雨が降り続き、
風は4月のものとは思えぬほど冷たかったけれど、
それでも、そこには何とも言えない幸せな空気が充満していた。

※番組については、詳細が決定したらご報告します。

マドンナジャパン 光のつかみ方――世界最強野球女子
マドンナジャパン 光のつかみ方――世界最強野球女子 [単行本(ソフトカバー)]



shozf5 at 10:34|Permalink 今日も元気に女子野球! 

2013年01月14日

W杯3連覇への道・最終回【ついに、3連覇達成!】

取材・文/長谷川晶一、写真/報知新聞社
http://www.facebook.com/madonnajapan.hikari

六角好守

日本のマウンドには、ここまで3試合に登板して2勝1セーブと抜群の安定感を誇っている磯崎由加里(尚美学園大学)、アメリカの先発はジェニファー・ハンターが登板。先発の磯崎は、前日と同様スローカーブを多投するものの緊張のためなのか、それとも疲労のせいか、何度もピンチを迎える。

2回表・二死満塁の場面。ここでベンチから新谷博監督(元西武など)がマウンドへ駆け寄った。磯崎はこの回だけで二つの死球を与えていた。

(やばい、代えられるのかな?)

磯崎がそんなことを考えていると、新谷は短く言った。

「打ち取る気がないならやめてくれ」

それが、新谷の第一声だった。この場面を新谷は振り返る。

「ピッチャーの持つ《弱気》というのは、“ストライクが取れない”という怖さから生まれるんです。ピッチャーは誰でもフォアボールが怖い。だからストライクゾーンに投げて、そして打たれる。そうなると、相手バッターではなくストライクゾーンと戦い始めることになる。打たれてもいいんです。でも、“バッターに負けたくない”という闘志がなくなったのなら、僕はもう投げさせません。あの場面でマウンドに上がったのは、“お前は何のためにマウンドにいるの?”ということをもう一度、磯崎に思い出させるためでした」

新谷監督による激励が奏功し、この場面は見事にアメリカの2番打者を三振に切って取った。3番に入った「世界一の強打者」タマラ・ホルムズに打順が回れば、大量失点の可能性があっただけに、この場面を無事に切り抜けられたのは大きかった。

試合が動いたのは3回裏・日本の攻撃。二死走者なしから2番・六角彩子(侍)が振り逃げで出塁。続く三浦伊織(京都アストドリームス)、西朝美(アサヒトラスト)の連打で満塁にすると、ここで5番・川端友紀(京都アストドリームス)の死球で先制。さらに、6番・金由起子(ホーネッツ・レディース)がライト前に2点タイムリーを放って、日本は3点を奪い取る。

金タイムリー

日本の先発・磯崎は自軍の攻撃を見ることなく、ひたすらブルペンでピッチング練習を続けている。「投げれば投げるほど調子がよくなる」という磯崎は、試合途中でもしばしばブルペンに入る。このときもまたブルペンで本番さながらの投球を続けていた。

その後も磯崎の老獪な投球は続いた。

相変わらず走者を出すものの、なかなか得点に結びつかないアメリカ打線。先制した直後の4回表・アメリカの先頭打者にヒットを許したが、すぐにセカンドゴロに打ち取りダブルプレー。5回表も一死からヒットを打たれたものの、後続を断った。特にこの回は「世界一の大砲」として名高い、タマラ・ホルムズを見事に空振り三振に仕留めた。これは、タマラにとって今大会最初にして唯一の三振だった。

「まさに、狙い通り。思い描いていた通りの三振です」

キャッチャーの西が笑えば、磯崎も笑顔で振り返る。

「あの三振は西さんとの思いが完全に一致した三振でした」

盤石の信頼関係が築かれていた日本バッテリーの安定感は抜群だった。また、この日もサードを任された六角彩子の守備は鉄壁だった。どんなに強い当たりでも、どんなに難しいバウンドでも、六角は完璧なプレーでことごとくアウトにしていた。埼玉栄高校の同級生である磯崎のために、六角は鉄壁の守備で磯崎をサポートした。以前、磯崎が行っていたことがある。

「マウンドからサードの六角の姿が見える。それだけで安心できるんです」

6回裏・日本の攻撃が終わり、いよいよ最終回が始まる。マウンドに向かう際に磯崎は「最終回も頑張りましょう」と西に声をかけようとしたが、西が見当たらない。不思議に思っていると、西がダッグアウト裏から現れた。西は笑顔で磯崎に声をかける。

「よし、最終回! 気合い入れていこう!」

実は5回裏・日本の攻撃。ショートゴロを放った西は、一塁にヘッドスライディングをした際に、古傷の左ひざを傷めていた。平然とダッグアウトに戻ったものの、重大な異変が起きていることはすぐにわかった。左ヒザ靱帯を断裂したまま、だましだまし野球を続けてきた西でも、今までにない痛みを感じていたからだった。

西ヘッドスライディング

6回表・アメリカを三者凡退に抑えると、西はすぐにベンチ裏に引っ込んだ。トレーナーには「やばいかも」と短く告げた。ナインを動揺させないためにも、アイシングを施す姿は見られたくなかった。西の胸の内にあったのはただ一つの想いだった。

(この大会でぶっ壊れてもいい。あと1イニングだけ、あと1イニングだけでいいから、何とかもってほしい……)

悲壮な決意を抱いている西の状態を知らない磯崎が最終回のマウンドに上がった。しかし、この回も磯崎はピンチを招いた。プレッシャーのかかる準決勝と決勝に連日先発。前日は7回完投、そしてこの日も6回を無失点に抑えて7回に入っていた。重圧はさらに増し、疲労は極みに達していた。

先頭打者にヒットを許したものの、西がランナーを刺殺。何とかツーアウトまでこぎつけた。西陽の射しこむテラス・フィールドには3塁側日本スタンドから「あと一人」コールが響き渡る。しかし、「このコールを聞いて、勝ちを意識して力んだ」という磯崎は、ここから2番にファースト内野安打、3番にフォアボールを与えて、二死1、2塁としてしまう。この場面で、初回に続き新谷監督がマウンドへと上がった。

(あぁ、今度こそ本当に代えられるんだ……。代わりたくないな……)

ツーアウトになり、ブルペンからすべての投手が引き揚げていたものの、ヒットを打たれるとすぐに中島梨紗(侍)、そして里綾実(福知山成美高コーチ)が再びブルペンへと向かっていた。磯崎は覚悟を決めた。しかし、新谷の言葉は意外なものだった。

「お前ら、一体、何がしたいんだ?」

それが、このときの新谷の第一声だった。磯崎も、西も新谷の教え子だった。

「オレはお前たちに、フォアボールの出し方なんか教えてないぞ」

それは、ぶっきらぼうな性格で「いつも誤解されてばかりいる」と嘆く、新谷なりの精一杯の優しさだった。

「あと一人だ。弱気になるな、思い切っていけ!」

この間、わずか1分足らず。それでも、新谷の言葉によってマウンド上ですべてのプレッシャーを背負っていた磯崎の気持ちは大きくやわらいだ。

――そして。

アメリカの2番・エベレット・ケイトリンの打球は力なくセカンドの中野菜摘(尚美学園大学)の前に転がった。中野は無難にさばき、ファーストの金由起子へと転送。その瞬間、マドンナ・ジャパンの大会三連覇が決まった。

優勝の瞬間

会場となったテラス・フィールドはしばし歓喜の舞台へと変わる。新谷監督から始まり、清水稔コーチ(元三菱重工神戸監督)、志村亜貴子キャプテン(アサヒトラスト)の胴上げが続く。選手たちの瞳は潤んでいる。緊張の糸がぷつりと切れたのか、それまでは平然とプレーをしていたキャッチャーの西は、負傷した左足を引きずりながら涙をぬぐっている。

結局、連投となった磯崎は、アメリカに得点を許さずに7回を一人で投げ抜いた。今大会3勝目、通算防御率は0・33、文句のない投球で最多勝とベストナイン(先発投手)、そして大会MVPに輝いた。大会翌月には35歳になるベテランの金由起子は打点王を獲得

さらにベストナインには、救援投手部門では里綾実が、代表初選出ながら球際に強い攻守で何度もピンチの場面を救った出口彩香(尚美学園大学)はショート、プロから参加した三浦伊織は堅実な守備で外野のベストナインに輝いていた。そして、再三にわたって神がかり的な攻守を連発した六角彩子は最優秀守備選手賞を獲得した。

日本中の注目が同時期に行われていたロンドン・オリンピックに向けられている中、異国の地で懸命に戦った20名のマドンナ・ジャパンたち。世界の舞台で、その強さと華麗さ、凛々しさを存分に見せつけた。目指し続けた「世界最強」の称号は、今、確かに彼女たちの手の中にあった――。(了・文中敬称略)

新谷監督胴上げ


マドンナジャパン 光のつかみ方――世界最強野球女子
マドンナジャパン 光のつかみ方――世界最強野球女子


shozf5 at 10:30|Permalink 今日も元気に女子野球! 

2013年01月13日

W杯3連覇への道・その16【そして、決勝が始まる……】

取材・文/長谷川晶一
http://www.facebook.com/madonnajapan.hikari

出口・吉井

準決勝のオーストラリア戦を「エース」磯崎由加里(尚美学園大学)の好投で制したマドンナジャパン。休む間もなく翌19日には決勝・アメリカ戦が行われる。怒涛の9連戦の9日目。疲労が蓄積していないはずはない。宿舎では、トレーナーでもある日本女子野球協会・大倉孝一理事長たちが、懸命に選手たちのケアを行っている。史上初の大会3連覇達成は、手の届くところまできている。あと1試合。この試合に勝てば、すべてが変わる。すべてが終わる。すべてが報われる。

13時50分、宿舎であるアルバータ大学学生寮を出発する。本来は14時出発予定だった。けれども、時間に正確な日本代表選手たちは、自然発生的に10分前には全員集合するようになっていた。大会最終日、こんなところにも日本チームの団結力が表れていた。

14時、試合会場であるテラス・フィールドに到着。グラウンドでは3位決定戦であるオーストラリア対カナダ戦が行われていた。その試合を見ながら、マドンナジャパン戦士たちは思い思いにストレッチを行っている。ある者はイヤホンで音楽を聞きながら、ある者はトレーナーにマッサージを受けながら。

14時30分、試合前のミーティングが行われる。清水稔コーチ(元三菱重工神戸監督)から、スタメンが発表される。その顔触れは前日とまったく同じだった。そう、先発は連投となる磯崎。今大会、抜群の安定感を誇る磯崎が準決勝に続いてマウンドに上がることになった。

1番・中野菜摘(4・尚美学園大学)
2番・六角彩子(5・侍)
3番・三浦伊織(8・京都アストドリームス)
4番・西朝美(2・アサヒトラスト)
5番・川端友紀(DH・京都アストドリームス)
6番・金由起子(3・ホーネッツ・レディース)
7番・中村茜(7・兵庫スイングスマイリーズ)
8番・出口彩香(6・尚美学園大学)
9番・志村亜貴子(9・アサヒトラスト)
P・磯崎由加里(尚美学園大学)


志村キャプテンあいさつ

スタメン発表後、全メンバーを前に志村キャプテンが一通のメールを読み上げる。その手には、自身の携帯電話が握られている。神妙な面持ちで志村をとり囲む19名の選手たちの表情には、決戦を前にした緊張感と、ここまでの8日間で8試合を戦い抜いてきた疲労感が色濃く滲んでいた。メールの差出人は東京ヤクルトスワローズの宮本慎也だった。快晴のカナダの大空には真っ白な入道雲が浮かんでいる。日の丸のユニフォームに身を包んだ19名のマドンナ・ジャパン戦士は、キャプテンの言葉に静かに耳を傾けていた。

《まずは決勝進出おめでとう!!
アドバイスといっても戦っている人にしかわからないことがあるので偉そうなことは言えませんが……、私が言えることは、ビッグゲームは緊張して当たり前ということ。
私もそうです。緊張していることを自覚して戦って下さい! そうすれば注意度も上がり、頭が真っ白という状態はなくなります。
緊張したらダメではなく、緊張するからこそ、緊張を自覚し、確認作業を行い、いいプレーが出来ると思います。緊張しない人は、そんなこと考えず思いっきりやって下さい!
あと、このメンバーでゲームができるのもこれが最後だと思います。日本代表のプレッシャーの中、みんなで協力してきたことを頭に入れて、体全体で目一杯、表現して下さい! 素晴らしい結果になることを日本から祈っています。サッカーに負けるな、マドンナ・ジャパン!》


志村が読み終えると、選手たちの表情に生気がよみがえる。

「……えっと、最後にちょっといい?」

手にしていた携帯電話をしまうと、志村は言葉をつないだ。宮本からのメールを読み上げた後、志村は自分の言葉で「キャプテンとしての思い」をチームメイトに伝えた。

「今日の試合はこのメンバーでやる最後なんで、最高のメンバーで、最高の瞬間を味わいましょう!」

帰国後、この場面を志村が振り返る。

「以前から、決勝前にはキャプテンとして何かを言いたいと思っていました。“どんなことを伝えようかな”と考えていたときに、宮本さんのメールに“このメンバーで戦うのも最後”と書かれているのを読んで、頭に浮かんだのがあの言葉だったんです。あれは私の本心です。“本当に、このメンバーで優勝したい”という思いから出た言葉です。でも、照れくさかったし、あんまり真面目な硬い雰囲気は自分に似合わないから、“はい、名言出ました!”みたいに、少し冗談っぽくしたんです」

この瞬間こそ、志村流のキャプテンシーの完成形だった。そして、試合開始直前、新谷博監督(元西武など)はブルペンに行き、6人の投手陣に檄を飛ばした。

「今日はどんな結果になるとしても、この6人と西と直井、バッテリー全員で戦おう。この6人は世界最強の投手陣だ。誇りと自信を持っていこう! アメリカ、ナンボのもんやねん!」

ブルペンにいた大倉理事長も磯崎を激励する。

「いいか、イソ。これが最後だ、思う存分投げておいで。いけるところまでいったら、あとは里もいるし、ナカシもいるんだから」

この言葉を聞いて、不覚にも僕も胸が熱くなった。ここまで激闘を続ける磯崎の頑張る姿、来る日も来る日もブルペンで待機し続けていた里綾実(福知山成美高コーチ)、そして「ナカシ」 こと、中島梨紗(侍)の黙々と投げ続ける姿が一気に脳裏にオーバーラップしてきたからだった。

ついに、試合が始まろうとしていた。

バッテリーミーティング


マドンナジャパン 光のつかみ方――世界最強野球女子
マドンナジャパン 光のつかみ方――世界最強野球女子


shozf5 at 10:30|Permalink 今日も元気に女子野球! 
PROFILE
SHOICHI HASEGAWA 
1970年5月13日・東京生まれ。
ノンフィクション・ライター
日々、旅をして、人に出会い、
話を聞き、それを文章にする。
そんな日々の雑感です。
長文になると思います。

ちなみに、上の写真は、
モハメド・アリ@北朝鮮です!
(07年3月1日付参照のこと・笑)
shozf5@gmail.com


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