2010年08月08日
女子野球日本代表合宿二日目
あれから22年。本日、猪木対藤波の邂逅が!

今から22年前、1988年8月8日――。
僕は、当時18歳だったこの日のことを生涯忘れない。
この日、横浜文化体育館で、
チャンピオン・藤波辰爾対挑戦者・アントニオ猪木
両雄の息詰まる闘いが繰り広げられた。
結果は両者徹底的に攻め続けた上での60分フルタイムドロー。
試合終了後、長州力が突然現れて、
猪木を讃えるために、自ら肩車した姿がありありと浮かぶ。
また、この日のテレビ中継を当時プロレス中継から離れていた
古舘伊知郎アナが実況を務めたことも思い出深い。
「藤波〜、猪木を愛で殺せ!」
「2人の猪木が闘っている!」
「もういいじゃないか猪木と叫びたい!」
当時18歳のボンクラ少年は古舘節に大興奮したものだ。
猪木の引退がいよいよ現実のものとなるのか?
悲願の「猪木越え」をついに藤波が達成するのか?
テーマ性も抜群だったし、古舘氏の実況も最高だったし、
試合内容も文句のつけようがないものだった。
僕は昨年猪木氏にインタビューをして一冊の本を書いた。
そして現在、集中的に藤波氏に話を聞いているし、
今月中には、長州力氏にも話を聞くことになっている。
当時の僕が、今の僕の状況を聞いたなら、
絶対に「ウソも休み休みに言え」と信じないだろう。
さて、あの88年8月8日から22年を経た本日。
僕は今日、猪木氏と藤波氏と会う。
しかも、場所はあの日試合が行われた横浜で。
あの2人が久々にゆっくりと話し合う。
そこでは一体、どんな話が展開されるのか?
さっき、藤波さんに電話をかけてみたら、
「楽しみだねぇ〜」と本人も大いに期待していた。
……うーん、興奮して寝られそうにない、寝不足なのに(笑)。
あの日の試合のビデオが手元にある。60分見直してみようかな?
2010年08月07日
「30が35になり、45に」〜女子野球日本代表直前合宿〜

本日(7日)、千葉・柏のJR東日本硬式野球部グラウンドまで、
朝早く起きて、(いや、原稿が終わらず一睡もせずに)出かけた。
目的は、女子野球日本代表のW杯直前合宿の取材のため。
そして、監督、コーチ、そして選手、関係者の方々に、
ベネズエラに行けなくなったことの謝罪&激励のため。
先日まで全日本大会が行われており、選手たちの疲労もあったため
この日は軽めの練習内容で投手陣はノースロー調整だった。
久しぶりに会う選手たちは、いずれも真っ黒に日焼けしており、
さらにたくましさを増していた。
(「たくましさ」なんて、若い女子に使う言葉じゃないけど)
驚いたのは「ファール打ち」の練習をしていたことだ。
内角への速球を逆方向へファールを打つ練習に、
各選手たちは悪戦苦闘している姿が印象的だった。
この練習の真意がわからず、大倉孝一監督に尋ねると、
「追い込まれた後でもカウントを整えるためですよ」とのこと。
たとえ2−1と追い込まれても、ファールで粘り続けて、
次第に2−2、2−3とすることで少しでも打者有利に
持ち込みたいという、実にいやらしい狙いだった。
(日本代表は、ここまで来たのか!)
その話を聞いて、僕は本当に驚いた。
これは選手たちの高い技術が必要なかなりの高等戦術だ。
監督が言うには、これは単にカウントを整えるだけでなく、
相手チームに「日本代表はイヤらしいチームだ」という
暗黙のプレッシャーをかける目的もあるという。
でも、当然、問題点、反作用もある。
変にファール狙いをすることで中途半端なスイングに終わったり、
当てに行くことに意識が向かって凡ゴロを打ってしまったり、
そもそもフォーム自体を乱すことにもなりかねない。
それでも、大倉監督は選手たちの力量と野球脳を信じて、
この練習を行うことを決めたのだった。
2006年・台湾で行われ、準優勝に終わった第二回W杯では、
大倉監督は「伝えたいことの30しか伝わっていない」と言った。
2008年・日本で行われ、見事に優勝した第三回W杯では、
「伝えたいことの35ぐらいは伝わったかな」と笑った。
そして、今回、みたび同じ質問をした。
――伝えたいことはどれぐらい選手たちに伝わりましたか?
すると大倉監督の白い歯がこぼれた。
「ようやく45ぐらいは伝わったんじゃないのかな?」
30が35になり、45になった。
その象徴がファール打ちの練習なのかもしれない。
ますます、ベネズエラに行けないことが悔やまれてきた。
明日も同地で、紅白戦などの練習が行われる予定。
明日は夕方から取材だけど、午前中だけでも駆けつけたい。
女子プロ野球 第2回トライアウト決定!
女子野球日本代表の取材を終えて帰宅すると、
仕事場にファックスが届いていた。
「日本女子プロ野球リーグ
第2回 合同トライアウト開催決定!!」
いよいよ本日から後期が始まる女子プロ野球の
来季に向けた動きが正式に発表された。
9月17日 10:00〜
わかさスタジアム京都
受験料2000円/合格人数5〜10名
昨年は、関西と関東で行われたトライアウトは、
今年は関西での一回のみで行われる模様。
エントリー方法などは、公式ホームページを!
※告知です。
ただ今発売中の『週刊ベースボール』に、
女子プロ野球選手のシンデレラストーリー
不定期連載6
三浦伊織(京都アストドリームス)
の原稿を書きました。
どうぞよろしくお願いいたします。
2010年08月06日
雌伏――2008年の由規――

本日(5日)も、原稿を切り上げて神宮へ。
で、由規のプロ入り初完封を堪能した。
スコアブックをつけていなかったけれど、
4併殺、8奪三振の快投はテンポもよく申し分なし。
先週の初完投も神宮で見たけれど、
まさか翌週にすぐに初完封をするとは!
由規には2008年のルーキーイヤーにインタビューをした。
彼にゆっくりと話を聞いたのはその一回だけだが、
笑顔が爽やかな好青年ぶりに好感をもった。
そのときに短い文章を書いた。懐かしくて読み返してみた。
2008年の7月に書かれた文章ですが、
お時間のあるときにでも、ぜひどうぞ!
おめでとう、由規!!!
雌伏 ――スワローズ・由規――2008.07
昨年のドラフト会議で、5球団からの指名を受けた黄金ルーキー。
誰もが惚れ惚れとする天性の才能の持ち主である。
しかし、そんな期待の新星も、開幕以来、いまだ1軍経験はない。
それでも、スワローズ・由規はまったく腐ることなく、
ファームの地――埼玉・戸田グラウンドで、雄飛のときを待ち続ける。
由規にとっての現在進行形の「1年目」とは、どんなものなのか?
背番号「11」、そして「22」
2人だけのキャッチボール
7月の埼玉・戸田グラウンド――。
2人の若者が力のこもったキャッチボールを繰り返している。お互いに大きく振りかぶって、容赦のないスピードボールを相手のグローブめがけて投げ込む。距離にして、ちょうどマウンドからバッターボックスぐらいだろうか? 試合本番さながらの真剣さで、それぞれが自慢の速球を投じている。
2人の若者の背番号は、「22」と「11」――増渕竜義と由規――。プロ入り2年目と1年目の新鋭は、この時点で20歳と18歳のスワローズ期待の若手投手だ。
ルーキー・由規は先輩に対して、何ら臆することなく、力のこもったボールを投げ続ける。一方、先輩・増渕は、年長者としての意地を見せつけるかのように、さらに勢いを増したボールを投じる。
周囲で見ている者がハラハラするほど、互いの意地が込められたスピードボールの投げ合いは、しばらくの間続いた。辺りには、ボールがグローブに収まる「パーン」という乾いた音と、お互いの静かな息遣いだけが響き渡っている。誰も寄せつけない、2人だけの世界が、そこにはあった。
「増渕さんは、1歳違いなので、すごく話しやすいし、いろいろなことを教えてもらっていて、すごく親しみやすい人です。もちろん、先輩としてきちんと敬っていますよ(笑)」
屈託のない笑顔で由規は言う。技術面での質問はもちろん、練習中に感じた疑問など、気になったことを由規は質問する。たとえば、それはこんな内容だ。
「1軍の試合は、どんな雰囲気なんですか?」
ルーキーからの質問に対して、「先輩」は自分の体験、感想を率直に語る。
「1軍と2軍は、1球に対する集中力が全然違うと思うよ。球場の雰囲気、お客さんの歓声も違うし、細かい難しいプレーもたくさん入ってくるから」
1軍経験のない「ルーキー」は、先輩の話をじっくりと聞いている。
また、練習終了後、夕食を終えて野手陣が夜間練習に励んでいるころ。投手陣は合宿所のリビングにあるテレビでプロ野球中継を見ることが多い。そこでも、由規は、熱心にテレビ中継に見入っている。
(自分なら、この場面、どこに投げるかな……)
このように投手目線で考えることもあれば、打者の細かい仕草に注目して観戦することもある。
(バッターは、今、どこを狙っているのかな?)
今は、技術的にも知識としても、野球に関する好奇心が旺盛な時期にある由規。
昨夏の甲子園のアイドルは、すっかり日焼けをし、体つきも一回り大きくなったように見える。ファイターズ・中田翔、マリーンズ・唐川侑己とともに「BIG3」と称され、世間の話題を一身に集めたゴールデン・ルーキー。
ドラフト終了時の会見で思わず感極まって涙を見せた「泣き虫王子」こと、由規。彼は今、ファームで雌伏のときを過ごしている――。
唐川の好投は自分にとっても
いい刺激となっています
春季キャンプでは、期待通りに1軍帯同を果たした由規だったが、7月を迎えても、いまだ1軍での登板経験はない。彼にとっての、「ルーキーイヤー」、現在進行形の「1年目」とは、どんなものなのか?
「入団前のビジョンとしては、まずは自主トレにきちんとついていって、身体を作ることを第一に考えていました。それで、その次には、1軍のキャンプに参加できることを目指して、それを果たすことができたので、次は開幕1軍を目指したんですけど……」
2軍降格を伝えられたときの心境を聞くと、「正直、テンションが下がった部分があります」と語る。
――1軍には「当然行けるものだ」という意識はありませんでしたか?
そんな意地悪な質問に対しても、真っ直ぐ、正面を見据えて率直に由規は答える。
「……キャンプの時点では、そう考えていました。でも、オープン戦で結果を出せなかったから、2軍に落とされたのは当然だし、自分でも納得しています」
――ファーム行きが決まって、「テンションが下がった」とき、どうやって気持ちを切り替えましたか?
「気持ちの切り替えはすぐにできました。オープン戦での登板内容がよくなかったので、“こんなピッチングをしていたら当然だな”と思ったし、逆に、1軍に上がるときには“こんなに変わったんだぞ”という部分を見せられるようにしなきゃいけないなと考えました。今は、そのまますぐに1軍に行かずに、2軍に落ちたことで、その分、収穫もあるんじゃないのかなと考えるようにしています。もちろん、1軍にいればそれ以上の収穫もあるのかもしれないけど……」
――「BIG3」の一角、マリーンズ・唐川投手の活躍をどう見ていますか?
「元々、あの2人に特別なライバル意識を持っているわけじゃないけど、唐川のいいピッチングは自分にとって、刺激になります。と同時に、あせりが芽生えそうになるけど、そういうときには“自分は自分なんだ”と言い聞かせるようにしています」
淡々と冷静に、そして率直に自分の言葉を探しながら質問に答える姿が印象的な取材となった。
プロ入り時に感じた
警戒心にも似た、強い「思い」
開幕前には、「新人王候補」と称されることも多かった由規だったが、彼が直面した「プロの壁」とはどんなものだったのだろうか?
「結果ばかりを追い求めすぎていたんじゃないのかなと今では思います。“どうしても開幕1軍に行きたい”とか、“絶対に1軍のマウンドに立たなくちゃいけない”とか、“成績を残さなければならない”とか、結果ばかりを気にして、新人らしさというか、がむしゃらさがなくなっていたと思います」
相当、自問自答を繰り返していたのだろう、ここまで一気に語った由規。
「それに、今思えば、“プロの世界はそう簡単に抑えられるものではない”という気持ちも強すぎたのかもしれません」
プロ入りが決まって、まずは「プロ選手としての体力をつけよう」と、由規は積極的な体重増加に取り組んだ。食事量を増やし、筋トレにも熱心に励んだ結果、高校3年の夏の時点で、73キロだった体重も入寮時には77キロに。そして、プロ入り数ヵ月後には83キロまで増加した。
「体脂肪率を考えると、まだまだ人に見せられる身体じゃないし、理想の体型ではないですよ(笑)」
そう言って笑う由規だが、体重増加は「プロとは厳しいところだ」という「思い」の強さから生まれた、彼ならではの「試み」だった。
しかし、そこには思わぬ副作用があった。
「別に身体のキレがなくなったとか、重くてしょうがないということではないんです。ただ、体重が増えたことで、ピッチングフォームのバランスが変わったのかもしれないな……、と思うようになったんです」
高校時代と比べて、技術的に大きく変えた部分はない。それでも、ボールのキレ、フォームのバランスはプロ入り後、どうもしっくりこない。考えられるのは、高3時からの10キロもの体重差だった。
「減量というほど、大げさなものじゃないけど、今は体重を減らそうと思っています。80キロになった今の体重を78キロぐらいにしてみたらちょうどいいんじゃないのかな?」
また、「プロとは厳しいところだ」という、警戒心にも似た強い「思い」は、もうひとつの「試み」を生み出していた。それが、「常に正確なコントロールを身につけよう」という考えだった。しかし、これもまた由規にとって、副作用を生み出すこととなった。
「プロのバッター相手には、“コースにキッチリとボールを投げ分けなければダメだ”という思いが強すぎたのかもしれません。もちろん、正確なコントロールは大切ですけど、そう意識すればするほど、フォームがバラバラになってしまっていました。それで逆にカウントを悪くしてしまって、自分で自分を苦しめる結果になってしまったんだと思います」
それは、「プロへの対応」を意識しすぎるあまりの副作用であり、反作用だった。しかし、その「誤解」を解くべく、意識改革を施してくれたのも、増渕をはじめとする「年の近い先輩たち」だった。
「先輩たちに言われたのは、“ど真ん中に投げたからといって必ず打たれるわけじゃない”ということ、“自分の持ち味である速い球を投げたら、ある程度甘くてもそうそう打たれない”ということ。それぐらいの強気を持つことを、教えてもらいました」
正確なコントロールは、もちろん大切なものだ。けれども、それを過剰に意識することで、腕の振りが小さく、ボールを置きにいく状態になってしまっては、由規の持ち味である小気味のいいピッチング、キレのあるストレートの魅力は半減する。
「思えば、最初から高望みして欲張っていたんだと思います。まずは自信を持って腕を振ってストライクを取ること。そうしてカウントを有利にしていけば、ピッチングに安定感も生まれる。その上で、そこから細かいコントロールを意識すればよかったんだと思うんです」
プロ入りして3ヵ月。少しずつ、少しずつ、由規に光明が差し込み始めている。
自分がどこまで伸びるのか、
それが楽しみで仕方がない
来るべき日に備えて、現在、ファームで黙々と調整中の由規。7月5日現在で、8試合に登板し、5勝2敗、防御率4.78という成績を残している。
「今、5勝していますけど、その全部が全部納得できているわけじゃありません。やっぱり、勝ち運だけで1軍には上がれないので、もっとピッチングの内容を追求しなくてはいけないと思います。具体的には、まだ、調子がいいときと悪いときの波があるのが課題です。それでも、少しずつ調子が悪いなりに抑えられるようになってきているし、全部が全部悪いことばかりじゃないので、少しずつ自信はついてきています」
これまでのピッチングの中で、自身が「最も納得のいくピッチング」と語るのが5月16日、由規の地元である仙台で行われたイーグルス戦。
ここで由規は、7回を1失点に抑える好投を見せた。この日は、自慢のストレートだけではなく、スライダーでも面白いように空振りが取れた。
「試合前に、高校時代の佐々木(順一朗・仙台育英高)監督が球場に来てくれたんですけど、“どうせやるなら楽しんでやれ”と言われました。この日は、高校時代になじみのあるグラウンドだったこともあって、プロに入って初めて、高校時代のように伸び伸びと投げられました」
力強い言葉で、由規は現状を語った。
「試合で投げてみて、得ることはいっぱいあるし、牽制やフィールディングなど、八木沢(荘六)コーチ、山部(太)コーチに教わったことが試合でできると、自分のモノになったことが実感できてすごく嬉しいです。今は“自分がどこまで伸びるのか”が、すごく楽しみです」
その瞬間、この日一番の笑顔が弾けた。
今は、毎日の練習の中から、
「お守り」を集めている状態です
高校時代から、グラウンド上に限らず、日常生活においても「野球のためになることは何でも取り組んでいた」という由規。試合の立ち上がりが苦手だった彼は、「1試合」を「1日」に見立てることを思いついた。そして、苦手意識を持っていた「試合序盤」を、1日の中での「早朝」ととらえて、意識的に早起きをするように心がけた。
「今でも朝は苦手なんですけど(笑)、それでも試合の立ち上がりに対する不安はなくなりました」
そこに、改善への確かな因果関係があるのかどうかはわからない。けれども、問題があれば、それをどうにかして改善したいと、さまざまな「試み」を企図する姿勢はプロとしての矜持、そして意識の高さを示しているのではないか。
「ちょっと下らないことかもしれないけど……」
少しはにかんだ表情で、由規は続けた。
「自分は、練習などはキッチリやらないと気がすまない性格なんで、何事にも妥協したくないんです。今、取り組んでいるのは、たとえばダッシュ10本の練習があったとしたら、自分の場合11本やるようにしています。必ず、決められた本数よりも少しずつ多めにやるようにしているんです」
ここまで話すと、はにかんだ表情から、さらに照れくさそうな表情に変わった。
「そうすれば、“これだけやったんだから試合でもできる”という自信も得られますよね。これは、自分にとってのお守りのようなものなんです(笑)。日ごろから、キッチリと練習をしていれば、必ずご褒美が返ってくるんじゃないか。昔から、そう考えて満足するタイプなんです(笑)」
真夏の強い日差しが照りつける戸田グラウンドで、由規は今日も黙々と汗を流している。当初の目標だった「開幕一軍」はかなわなかったけれど、それでも、今も1軍昇格を目指す姿勢は変わらない。
「早く1軍に上がりたいという思いはずっとあります。でも、それであせってしまってはいけないし、その心のバランスが一番難しいところです」
現在、毎日の練習において、決して妥協せず、人よりも少しでも多く汗を流すことで、由規は、近い将来のための「お守り」を日々、手にしている。
1軍の先発投手陣が手薄な、現在のスワローズの台所事情。1つ上の先輩、増渕は7月6日に再び1軍に昇格し、勝敗はつかなかったものの、この日すぐに先発して6回を1失点に抑える好投を見せた。
このピッチングに、1年年下の「ルーキー」が刺激を受けていないはずがない。来るべき日はもうすぐそこに。由規にとってのルーキーイヤーはまだまだこれからだ。真夏の神宮球場のマウンドが、そして多くのプロ野球ファンが由規の雄姿を待っている――。
YOSHINORI
由規(よしのり)
1989年、宮城県出身。仙台育英高−東京ヤクルトスワローズ(07年高校生ドラフト1巡目)。本名・佐藤由規。高校2年夏に甲子園デビューを果たし、昨夏は、150キロを越えるスピードボールで甲子園を大いに沸かせる。この年のドラフトでは、大阪桐蔭高の中田翔(ファイターズ)、成田高の唐川侑己(マリナーズ)とともに「BIG3」と称され、由規には、最多の5球団が競合。即戦力が期待されたものの、ルーキーイヤーの今年は開幕以来ファーム暮らしが続く。しかし現在、好成績を残しており早々の1軍昇格が期待される。
……あの夏の戸田グラウンド。
もはやキャッチボールとはいえない剛速球を投げ続ける
由規と増渕の姿は、今でも鮮明に覚えているなぁ。
今年は増渕も安定しているし、2人の雄飛のときが、
ようやく訪れたようで、とてもうれしい。
2010年08月05日
夏の夕焼け、ビール、そして野球

この時期の神宮は最高だ。
僕の好きなものが全部揃っている。
目の前には青木宣親がいて、
この後には花火も控えている。
完璧すぎる夏の夕暮れ。
太陽はもうすぐ沈もうとしている。
あぁ、緊張の長州力取材に向けて

ここ数日、ちょっと呑み過ぎの日々。
ベネズエラ行きに向けてカツカツの生活を送っていた
ことの反動が一気に出た感じ。半生、反省……。
さて、それでも楽しい毎日を送っていた。
月曜日(2日)は、藤波辰爾ロングインタビュー。
藤波さんに話を聞くのは、これで7度目。
毎回3時間ほどじっくりと話を聞いている。
インタビュー終了後、某週刊誌の編集者と中野で痛飲。
火曜日(3日)は新宿で書籍編集者と打ち合わせ。
これから取材が始まる新テーマについて、
意見交換をし、取材内容の確認を行った。
そのまま新宿に残り、藤波辰爾興行を観戦。
今月、藤波辰爾&長州力へのインタビューがあるため、
その事前取材を兼ねつつ、
藤波辰爾&ウルティモ・ドラゴン組
VS
長州力&初代タイガーマスク組
一部では「ベテラン互助組合」とも揶揄されているけれど、
それでも「昭和レジェンド」対決には興奮させられた。
特に、長州の威圧感、存在感は際立っていた。
藤波さんとは気さくに取材ができるようになった。
一方、「最近、丸くなった」とよく言われる
長州さんに対しては、やはり緊張感は拭えない。
はたして、どんなインタビューになるのか?
期待と若干の緊張とともに、その日を迎えたい。
この日は、そのまま新宿に繰り出し、
懐かしい人に会ったりしながら、久々の朝までコース。
ごぶさたしていた各店に行きボトルを入れてきた。
水曜日(4日)は、久々の(?)二日酔い。
書こうと思っていた原稿もさっぱりはかどらず。
ということで、昼からプールでウォーキング。
少し回復したので、そのまま神宮へ。
さすがにビールは呑めなかったので、
キリン氷結を数杯。意外と呑めた。
試合は、先週に引き続き川端慎吾の大活躍。
今回もお立ち台での彼の姿に快哉を叫ぶ。
で、地元に戻って軽く一杯。
でも、やはり体調は戻らず焼酎二杯で帰宅。
昨日までは疲れが残っていたけど、
今朝の目覚めは爽快。
今日は、ここ数日の遅れを取り戻すべく原稿に没頭する(予定)。
2010年08月03日
女子野球ワールドカップ・お詫びです……

本当に、申し訳ありません……。
来週から、女子野球日本代表チームは、
第四回ワールドカップに向けてベネズエラに旅立ちます。
僕は、彼女たちの奮闘を見るべく、
ベネズエラ行きの準備をしていました。
これまで、女子野球関係者たちとの話の中でも、
「ベネズエラに見に行く」という前提で僕はお話をしてきました。
でも、結論を言えば、ベネズエラには行きません。
これまでいろいろと仕事の調整をしてきたのですが、
どうしても外せないインタビュー取材があり、
結果的に、行くことができなくなりました。
全行程は無理でも、カラカスで行われる
決勝リーグだけでも見に行くつもりでしたが、
取材の日程が複数日にまたがることになり、
ベネズエラ行きを、本日断念しました。
代表選手たち、そのご家族たちとお話をしていて、
「ぜひベネズエラで応援してください」というご期待を
ひしひしと感じていて、それに応えたかったのに、
結局、日本にとどまることを選んでしまいました。
ベネズエラ行きに向けて、新しいパソコンを買い、
『地球の歩き方 ブラジル・ベネズエラ』も買っていたのに、
結局は、日本にとどまるという体たらく……。
10月に1冊、本を出します。
11月に2冊、本を出します。
12月に1冊、本を出します。
12月の本だけが自著で、その他は他者名義の本です。
11月の分の1冊は、すでに(ほぼ)書き終わりました。
10月分の1冊と11月分の1冊は8月中に書き終えます。
確かに、ハードなスケジュールですが、
それでもベネズエラで書けるように取材も終えていました。
それなのに、どうしても外せない取材があり、
今回の決断に至りました。
現在行われている松山の全日本大会にも行かず、昨日まで
ベネズエラ行きに向けて、ひたすら原稿を書いていました。
でも、結果的にベネズエラに行かないのなら、
松山に行けばよかったと、後悔しています。
結局、仕事のダンドリで判断ミスをしました。
……情けないです。
言い訳がましくてすみません……。
日本から、日本代表チームの戦いを応援します。
過酷な条件下での奮闘を期待しています。
今週末に行われる日本代表チームの最終合宿には
何としてでも駆けつけるつもりです。
それぐらいしか、できない自分がもどかしいです。
本当に、お騒がせして申し訳ありませんでした。
追伸
出版社・編集者のみな様へ
「8月は日本を離れるので」という理由で、
いくつかのお仕事をお断りしてしまいました。
でも、上記に書いた理由で8月は日本にいます。
いろいろとご迷惑をおかけしてすみませんでした。
オオカミ中年の戯言、失礼いたしました……。
2010年07月30日
川端慎吾がお立ち台! 妹・友紀の原稿も書きました!

昨日までの神宮では、至福の時間を過ごすことができた。
ただ、個人的にはどうにも切羽詰まった状況が続いている。
なかなか日程の調整がつかず、
8月の予定がまったく確定しない状態。
……うーん、ホントに困った事態だ(苦笑)。
さて、昨日までのスワローズ戦では、
川端慎吾の活躍が目立った。
28日の試合ではお立ち台にも上がった。
このブログでも何度か書いたように、川端は
「史上初の兄妹プロ野球選手」だ。
妹は、京都アストドリームスの四番・川端友紀選手。
彼女は、前期終了時点で堂々の首位打者。
僕自身のことで言えば、今季、これまで、
「兄・慎吾」の原稿は一度も書かなかったけれど、
「妹・友紀」の原稿は、何度も書いてきた。
ちなみに、今発売中の『週刊ベースボール』には、
川端友紀選手について、1Pの原稿を書いています。
もしよかったら、ぜひご覧ください!
さてさて、スワローズファンの僕としては、
これからは「兄・慎吾」の原稿をたくさん書きたいものだ。
2010年07月28日
今日も祝杯!

今日のインタビューは4時間に及んだ。
かなり体力を使ったけど、楽しい時間だった。
取材終了後、そのまま神宮へ。
ビールと花火とヤクルトの勝利。
さぁ、どこに呑みに行きますか(笑)。
2010年07月27日
「ねぇ、何時に終わるの……」

神宮で野球を見てたら、前の席の少女がしばしば話かけてきた。
で、7回ぐらいで、彼女が僕に行った。
「ねぇ、何時に終わるの?」
……まるで、(これから、もっといいところに行かない?)と誘われているような妖艶な口ぶりだった。
……考え過ぎですね。ただ飽きただけですね。
ちょっと、呑み過ぎました。
ナイスゲーム!明日も表参道で取材なので、神宮に来ます!
暑いけど快適!

取材が早めに終わったので、まだ日の高い神宮へ。
カープの打撃練習を見ながら、最初のビール。
今日は花火の打ち上げもあるので、ますますビールが進みそう。
「心が折れてしまった」元アイドルからのメール
昨日(26日)、一通のメールが届いた。
送り主は、先日インタビューをした元アイドル。
グラビアアイドルとして人気絶頂だった彼女は、
33歳のときに突如、芸能界を引退。
その理由は「心が折れたから」だという。
引退して6年が経ち、今は新たな仕事で頑張っている。
現役当時、彼女の姿は何度も雑誌で見た。
僕と同学年の人だけれど、大人っぽい美人で、
もし学生時代に同じクラスだったとしたら、
とても気軽に声などかけられない高嶺の花タイプ。
昨年から「元アイドル」の人たちに話を聞いて、
それを短い物語にしたためている。
現在までに12人に話を聞き、12編を書き上げた。
本人からメールをいただいたのは初めてのことだった。
取材時に「長谷川さんのブログを読みました」と言われて、
とても驚いたけれど、メールをもらったことにも驚いた。
内容は、僕の書いた原稿についての感謝の言葉だった。
それは丁寧な言葉遣いの心のこもった文面だった。
メールを読んでいて、こちらこそ感謝の気持ちでいっぱいになった。
取材時の彼女の言葉に、僕は取材現場で感動していた。
グラドル時代には戻りたくないし、
生まれ変わっても違う人生を歩みたいけれど、
それでも、自分の過去を誇りたい――――。
彼女の言葉には、そんな清々しい姿勢が満ち溢れていた。
その姿は今でも美しいし、とてもカッコよかった。
連載12回目にして、新局面が訪れた気がする。
「元アイドル」取材は、これからも続く。
これからも真剣に取材をし、文章を紡いでいきたい。
2010年07月26日
映画『君が踊る、夏』を見て、パソコンを買って

本日(26日)、午前中に原稿を書き終わったので、
午後は、久々にのんびり過ごすことにした。
先週の土曜日から屋上のプールが使えるようになったので、
様子を見に屋上に行ったものの、あまりにも暑かったから断念。
近くのジムのプールに行くことにする。
で、15時半から有楽町で試写があることを思い出したし、
来月、長期の旅行に出ることになりそうなので、
新しいパソコンを買おうと思い、有楽町に出た。
映画『君が踊る、夏』
難病に冒された少女が冒頭に登場したので、
ヘビーな話かと思い、ちょっと気が滅入ったけれど、
ストーリーも演出も「お涙頂戴」になっておらず、
2時間ちょっと、夏の日の青春を楽しませてもらった。
溝端淳平は、かなり濃い顔であまり好きではなかったけど、
今作では清々しい青年を好演していた。
また、友情出演ながら、藤原竜也がいい存在感を発揮していた。
トラブル前の東方神起が主題歌を歌っている点にも注目したい。
9月11日からロードショー公開の予定。
で、試写終了後、有楽町のビックカメラへ。
ブラブラ見ていて、気に入ったものを買おうと思ったら、
「お取り寄せです」とのことなので、新宿のビックカメラへ移動。
ここでは同じものが「お持ち帰りできます」とのこと。
で、新機種を手に軽く呑み、先ほど帰宅。
……という、何ともノンビリとした一日でした。
2010年07月23日
伝説のバット職人取材!

本日、朝から岐阜・養老のミズノテクニクスへ。
ここを訪れるのは3回目かな?
取材用の部屋には「歓迎長谷川様」のボードが飾られていてビックリ。
色々取材してきたけど、初めての経験。
イチロー選手、松井選手などのバットを作る職人の方にお話を聞く。
インタビューも3回目。以前伺ったことについて、改めて現状を再確認。
久しぶりに、そのひと言ひと言に気持ちを大きく揺さぶられた。
2010年07月22日
ようやく、一段落!

先ほど、無事に岐阜羽島に到着。
明日の取材用の資料を持って呑み屋へ。
いわゆる繁華街がなくて、ようやく居酒屋を見つけた。
これから軽くつまんで今日は早めに切り上げよう。
今日は疲れた。気がつけば7時間以上のロングラン取材だった。
福井から鯖江へ!

二本目のビールを飲み終える頃、電車は福井県の鯖江に。まだ明るい空には薄暮の月。
富山から乗って、石川県を経由して、福井県を通過して京都へ。
手元に路線図がないのでよくわからないけど、なかなか楽しい行程だなぁ。
帰ったら路線図を見てみよう。
気がつけば、石川県!

さっきまで、富山県にいたと思っていたら、急に都会になった。
で、ここは石川県・金沢。
これから、特急で米原へ。
取材が長引き、昼食を食べていない。腹へったなぁ〜と思っていたら、ちょうど車内販売が。
と言うわけで、遅めの昼食を(笑)。
「石動」って読めます?

本日、午前中に富山・福野というところで最初の取材。
続いて、午後は福光というところで二本目の取材。
4時間かけて色々なお話を聞いた。
で、これから大慌てで岐阜まで移動。
1時間に一本の電車に何とか間に合いほっとひと息。
「石動」は途中の駅で、読み方は「いするぎ」だって。
2010年07月21日
いい感じの鮨屋に……

今晩は富山・砺波に宿泊。
ホテルにチェックインしてシャワーを浴び食事に。
絵に描いたようなシャッター通りで19時過ぎなのに真っ暗。
ようやく見つけたいい感じの鮨屋に入る。
入ってすぐに当たりだとわかった。
日本酒、焼酎の品揃えが豊富。
大将の話によると創業昭和8年だそう。
「福が来る」という、ふくらぎの刺身でまずは一杯!
柏崎を過ぎて……

すっかり忘れていたけど、僕は15年ぐらい前に原発の取材で柏崎に来たことがあった。
先日の福井取材では美浜原発の近くを通った。
以前、故つかこうへいさんが「原発に『普賢』や『文珠』なんて仏の名前をつけるなんて、どこまで人間は思い上がっているんだ!」と怒っていたことを、ふと思い出した。
気がつけば、新潟・長岡!

今日は何もない日だったので、飛行機に乗らずに電車でのんびり移動。
昨日、深酒したため車中はずっと爆睡。
これから特急北越8号で2時間かけて富山の高岡へ!
2010年07月16日
野球雑誌(紙)寄稿、お知らせ!
昨日(15日)、北海道取材より無事に帰京。
3泊4日で、道東・道南を巡り順調な取材ができた。
今回の取材テーマとはまったく関係なかったけれど、
3泊目の夜には、女子野球日本代表の新キャプテンの
金由紀子選手と食事をしながらゆっくり話ができた。
いろいろな方のお世話になり、かなり効率よく、
充実した日々を過ごすことができてホントに良かった。
この取材の成果は、秋に発売予定の新刊で!
さて、現在発売中の野球関連の掲載記事をご紹介。
野球小僧 2010年 08月号 [雑誌]
販売元:白夜書房
発売日:2010-07-09
クチコミを見る
現在発売中の『野球小僧』では、
・福岡ソフトバンクホークス・杉内俊哉インタビュー
・女子プロ野球パーフェクト名鑑
・高橋ユニオンズ連載第3回
以上、三本の記事を書かせてもらった。
特に、「女子プロ野球名鑑」は、
『野球小僧』でしかできない企画だし、偉そうに言えば、
僕にしか書けない企画となったと自画自賛したいと思う。
選手たちのテクニカル分析を試みた原稿です。
ぜひ、ご興味のある方はご覧ください。
ホームラン 2010年 07月号 [雑誌]
販売元:廣済堂出版
発売日:2010-06-15
クチコミを見る
続いて『ホームラン』では、
・糸満高校・宮國椋介&島袋洋平(表紙)
・静岡高校「時計じかけのヒマワリが咲く」
・戦国沖縄を勝ち抜け 中堅校の挑戦
以上、三本の記事を書かせてもらった。
現在、沖縄の県予選はベスト4まで進んでいる。
今回、取材した糸満高校は順当に勝ち進んでいる。
以前取材した我喜屋監督率いる興南高校もベスト4入り。
今週末の決勝戦では、糸満対興南が実現するかもしれない。
糸満・宮國と興南・島袋の投げ合い、ぜひ見たいなぁ。
そして、野球専門新聞『ベースボール・タイムズ』では、
長嶋監督時代のジャイアンツの一軍マネージャの回顧録、
・94年奇跡の1年「ミスター越しの風景」
を連載させてもらっている。
今回は、桑田真澄の100勝を描いた。
以上、野球関連誌(紙)の告知でした。
どうぞ、お手にとって見てやってください!
3泊4日で、道東・道南を巡り順調な取材ができた。
今回の取材テーマとはまったく関係なかったけれど、
3泊目の夜には、女子野球日本代表の新キャプテンの
金由紀子選手と食事をしながらゆっくり話ができた。
いろいろな方のお世話になり、かなり効率よく、
充実した日々を過ごすことができてホントに良かった。
この取材の成果は、秋に発売予定の新刊で!
さて、現在発売中の野球関連の掲載記事をご紹介。
野球小僧 2010年 08月号 [雑誌]販売元:白夜書房
発売日:2010-07-09
クチコミを見る
現在発売中の『野球小僧』では、
・福岡ソフトバンクホークス・杉内俊哉インタビュー
・女子プロ野球パーフェクト名鑑
・高橋ユニオンズ連載第3回
以上、三本の記事を書かせてもらった。
特に、「女子プロ野球名鑑」は、
『野球小僧』でしかできない企画だし、偉そうに言えば、
僕にしか書けない企画となったと自画自賛したいと思う。
選手たちのテクニカル分析を試みた原稿です。
ぜひ、ご興味のある方はご覧ください。
ホームラン 2010年 07月号 [雑誌]販売元:廣済堂出版
発売日:2010-06-15
クチコミを見る
続いて『ホームラン』では、
・糸満高校・宮國椋介&島袋洋平(表紙)
・静岡高校「時計じかけのヒマワリが咲く」
・戦国沖縄を勝ち抜け 中堅校の挑戦
以上、三本の記事を書かせてもらった。
現在、沖縄の県予選はベスト4まで進んでいる。
今回、取材した糸満高校は順当に勝ち進んでいる。
以前取材した我喜屋監督率いる興南高校もベスト4入り。
今週末の決勝戦では、糸満対興南が実現するかもしれない。
糸満・宮國と興南・島袋の投げ合い、ぜひ見たいなぁ。
そして、野球専門新聞『ベースボール・タイムズ』では、
長嶋監督時代のジャイアンツの一軍マネージャの回顧録、
・94年奇跡の1年「ミスター越しの風景」
を連載させてもらっている。
今回は、桑田真澄の100勝を描いた。
以上、野球関連誌(紙)の告知でした。
どうぞ、お手にとって見てやってください!
2010年07月14日
続いて北海道大学へ!

ある教授にお話を伺うために初めて北大へ。
あまりの広さにビックリ!
野幌森林公園へ

本日は朝から巨大森林へ。
7年前に植えたバットの木・アオダモがどのくらい成長したのか見に来た。
あの日、ヤクルトの若松監督や古田選手たちが植えたアオダモは3メートル近くまで成長していた。
2010年07月13日
こんなところにも!

夜のすすきのをふらふら酔いながら歩いていたら、ここにも二宮さんが!
北海道の人はかなり二宮ファンなのかな?
夕張から札幌へ!

仕事をするのか、本を読むのか、ハッキリしろ!などと言ってはいけない。勤勉であれ!
北海道取材2日目

帯広から本別の取材を終えて、
ただいま札幌へ向かう途中。
昨日の雨が嘘のような快晴。
風が気持ちいい。
2010年07月12日
「いつかこうへい」な時代が 〜追悼・つかこうへい氏〜

本日から、北海道取材が始まる。
早起きして旅支度をしていたときに、
つかこうへい氏の訃報に接した。
初めてつかこうへい氏に取材したのが13年前。
以降、何度かインタビューをさせていただき、
お芝居にも何度も招待していただいた。
韓国・ソウル公演を見に行ったこともあった。
一番印象に残っているのは、インタビューを終えて、
そのまま残って舞台の稽古を見学したときのこと。
練習終了後、つか氏は「少し飲むかい?」と、
近所の居酒屋に誘ってくれた。
緊張しながらも、つか氏とともに焼酎のグラスを空けた。
やがて話題は、次第に「幸福論」の様相を呈してきた。
そして「人は何のために生まれてきたのか?」という、
つか氏の芝居や小説全般に通じるテーマとなった。
そのときのことは短い文章にしたため、
このブログでも紹介したことがある。
以下の文章を読んでもらえると嬉しい。
なぁ“幸せ”って何だと思う〜つかこうへい〜
彼が話した娘を殺すために、家に火を放った母の話。
「せめて首を絞めて殺せよ!」と怒鳴った際の表情。
つぶやくように語った「幸せの形が見えない」という言葉。
僕にとっては、忘れられない一日となった。
本人は否定していたけれど、
「つかこうへい」というペンネームには、
「いつか公平」な時代が訪れるようにという願いが
込められているという説がある。
また、表記がひらがなであるのは、
在日韓国人一世として働き尽くめの人生を送り、
ひらがなしか読めない母のためであるという話もある。
「いつか公平」の世界が訪れるために、
どんなに暗い話でもハッピーエンドで終わらせる。
そんな作家、演出家の力量に僕はいつも酔わせてもらった。
……飛行機の時間が迫ってきた。
そろそろ家を出なければならない。
僕はあわてて、書棚から一冊を取り出す。
人は幸せになるために生まれてきたのです著者:つか こうへい
販売元:光文社
発売日:1996-09
クチコミを見る
『人は幸せになるために生まれてきたのです』
僕の大好きな本だ。飛行機の中で読み返そう。
……合掌。
2010年07月08日
黄色い花束を胸に、「羊、吠える」!

一昨日は、何とも暗く、しみったれたブログだった。
毎回そうなのだけれど、新刊に取り掛かっているときは、
「オレって、すげぇ〜!」
という思いと、
「何て、オレは無能なんだ……」
という思いが交互に押し寄せ、極端な躁鬱状態になる。
ということで、いつも酒の力でリセットしようと試みる。
(新刊に関係なく呑んでいるのは承知しているけれど……)
で、一昨日は、バイオリズムで言えば鬱状態だった。
おそらく、このアップダウン状態は、
取材の佳境&原稿執筆の8月、9月状態まで続くはず。
僕は、このブログを始めるまで日記を書いていた。
けれども、このブログを初めてから日記はやめた。
だからこそ、このブログでは、できるだけ率直な思いを記したい。
新刊ができるまでの取材過程や内面の揺れ動きを、
このブログに記しつつ、それを読者の方にも共有していただきたい。
その上で、発売された本を読んでいただきたい。
それを、露悪的な悪趣味と笑わないでほしい。
一冊の本ができるまでにはさまざまな人の協力があり、
さまざまな思いを巡らせるのだけれど、
紙幅の関係で書ききれないことばかりだ。
また、日々の取材の中で、発見があり、驚きがあり、
作者自身が、何度も何度も右往左往する。
そして、いざ執筆の段になって初めて、
右往左往の果てに、何とか道を見つけ出す。
僕はこのブログの中では、あえて右往左往を記したい。
僕は、常々、ハッピーエンドの物語を作り出したいと思っている。
以前、取材をした際につかこうへい氏が、語っていた。
「どんなに救いのない話でも、
それをハッピーエンドで終わらせるのが作家の力量だ」
まさに、その通りだと、僕も思う。
僕自身が、読書によって、生きる希望や勇気を得たように、
僕の本を読んでくれる人にも、何かしらの元気を持ってほしい。
しかし、今、取材してるテーマは、
僕自身、なかなか希望を見いだせないでいる。
かつては、そこに「希望」を見たのに、
数年後、再び訪れたところ「絶望」しか見えなかった。
それでも、何とか「希望」を描きたい。
そんな思いから、あんな暗いエントリーをしてしまった。
今度発売される本では、ある種の覚悟と諦念とともに、
自分なりの「これが僕の思いです」という文章を書く。
できれば、それが「希望」の物語であるとうれしいのだけれど。
けれども、発売されるまで、執筆を始めるまでの間は、
ハイになったり、落ち込んだりを繰り返す姿を、
かつて日記に残してきたように、このブログでも残したい。
……言い訳がましくてスミマセン。
来週明けから、取材が再開する。
旅先で人に会い、話を聞き、酒を呑む。
その酒が、うまいものか苦いものか、
やってみなければわからないけれど、期待して臨みたい。
さて、何でこんなに青臭いことばかり書いているかというと、
本日、ある大学で講演会をやらせてもらったからだ。
300人以上の大学生の前で、自分の仕事について、
取材を通じて感じてきた「人は、変われる」という思いについて、
緊張しながら、偉そうに話をさせてもらった。
話をしながら、僕自身も「人は、変われる」という思いを、
もう一度、胸に抱き、明日からの取材に臨もうと誓った。
だからこそ、こんな蒼く若く気恥ずかしい決意をしたためた次第。
明日も生きるぞ、明日も人に会い、話を聞き、そして書く。
本日のBGMはミスチルの「羊、吠える」だ。
今日、熱心に話を聞いてくれた大学生のみんなに感謝したい。
本当に、どうもありがとうございました。
※写真は、本日いただいた花束。さっそく打ち合わせ部屋に飾った。

